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【8】



 目が覚めたのは午前七時過ぎだった。

 ぐるりと部屋の中を眺め、監禁されていることはやはり現実なのだと痛感させられる。


 溜め息をつきかけたところで突如、インターフォンが鳴り響いた。急いでドアを開けに行く。廊下には白衣姿の天馬が立っていた。


「これから仕事だ。準備ができたら昨日の研究室まで来い」


「分かりました。そういえば……ここってインターフォンが付いていますが、モニターはないんですね」


「研究員以外出入りしない場所だ、必要ない」


 無愛想に答えた彼が去っていく。

 私も室内へ戻って着替え、長い髪を一つに束ねた。


 研究室へ行くと、天馬はバインダー傍らに顕微鏡を覗いていた。その脇には、多数のプレパラートが規則正しく並んだ箱。一方麻里奈は、部屋の隅にある作業台で試験管の群れと対峙している。


 天馬に声を掛けると、彼は顕微鏡から目を離した。


「来たか。早速だが仕事に取り掛かってもらう」


 彼は立ち上がり、自分が座っていた椅子に私を座らせた。最初の仕事は彼が行っていた作業の続きらしい。


 説明を終えた天馬は部屋を出ていき、麻里奈と二人きりになった。彼女と二人きりの状態は不安だが、仕事に集中しなければ。サボっていると勘違いされたら何をされるか分からない。


 与えられた作業は、薬品や化学などの知識がなくても対応できるものだった。集中して進めていき、二時間弱で終了。


 このあとのことは麻里奈に訊いた方がいいのだろうか。そんなことを思っていると、彼女が研究室を出ていこうとした。慌てて呼び止める。


「天馬さんに与えられた仕事、終わったのですが。次は何をすればいいですか?」


 彼女はドアの前で振り返り、「あたしは知らない」と言い残し出ていった。

 ……置き去りにされて、一体どうすればいいのか。


 麻里奈が作業していた台へ歩み寄る。試験管は全て彼女が持っていってしまったが、一冊のA四ファイルが残されていた。


 激しい心音を煩わしく思いながらファイルをめくる。

《細胞を壊死させる薬品:バシクル バージョン8(完全版)》という見出しがあった。



――――


【使用例(足首へ投与した場合)】


 膝付近まで麻痺し歩行不能となる。

 三~五時間程度継続。


 手を使って移動しようとした場合など、その場から動くと振動が伝播し、当該箇所周辺の皮下組織-表皮細胞が壊死する。感染症のおそれがあるため、剥がれ落ちた皮膚・血液に直接触れないこと。


 バージョン8ではバシクルが作用するまでの時間の短縮化に成功。同時間内に壊死する範囲の拡大も確認された。このバージョンをもって本薬品を完全版とし、研究を終了する。


――――



 細胞を壊死させる……何のためにこんな劇薬を作っているのだろう。たとえば重罪人への刑罰、自白強要のための脅迫材料……いや、現行の法律で許されるはずがない。私が任された作業はこの薬品と無関係だったが、このままだといずれ――。


「何をしている」


「――!」


 振り返ると天馬が立っていた。

 咄嗟にファイルを閉じたが手遅れだ。

 読むのに夢中でドアの開く音が耳に入らなかった。


「貸せ」


 腕が伸びてくる。

 反射的に身体を強張らせ、ギュッと目を閉じていた。

 殴られるかもしれない――そう思ったからだ。


「……どうにも扱いづらいな。だから反対したんだ」


 溜め息混じりで呟く声が聞こえる。

 瞼を持ち上げると、彼は改めて私からファイルを取った。


「研究員は皆〝望んで〟ここにいる。誰かを脅して組織に入れたところで、どうせまともな成果など出せない。俺に世話を押し付けたのも悪趣味な嫌がらせだろう。馬鹿馬鹿しい」


 天馬はクシャッと頭を掻いた。勝手にファイルを見たことに対する怒りではなく、私を監禁して働かせると決めた組織に対して苛立っているようだ。


「お前にこんな愚痴をこぼしたところで無意味だったな。忘れてくれ」


「あ、あの――」


「今後、許可なく部屋の中のものを触るなよ?」


「……はい。すみませんでした」


 天馬はファイルを戸棚にしまうと、私が作業していたテーブルでデータをチェックした。


「次はこれを報告書としてまとめてもらう。パソコンに報告書のテンプレートファイルとサンプルを出しておくから、それを見て作れ」


 説明しながらパソコンスペースに向かう天馬。

 私もそれに続いた。



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