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【5】



 ガラス部屋へ入る。

 タイミングよく奥の部屋から出てきた大地と対峙した。麻里奈が「天馬はどこ?」と訊ねる。


「今から脚をもらおうとしてたとこ。麻酔が完全に効いたみたいだから」


 取りあえず安堵した。

 麻里奈も内心ホッとしたのではないかと思う。微かに息を吐く音が聞こえた。


「それ、止めにしてくんない?」


「何? 麻里奈まで天馬を庇おうっての? 柄じゃないなー」


「馬鹿な小娘と生意気な後輩研究員、どっちの味方をするのもあたしの気紛れでしょ」


「……生意気なのはどっちだよ」


「あたしは功績を残してる。あんたとは頭脳のレベルが違うんだよ」


「入った時期がちょっと早いだけで偉そうに」


「なるほどね……あんたが嘘をバラ撒いてきたわけじゃなさそうだ。どこでどう勘違いしたのか知らないけど、あたしが組織に入ったのは六年前だよ?」


「……ふーん。チームメンバーはみんな、お前は今年で三年目と思ってるけどな」


「何でそんなことになってるかね。……まぁいいや、とにかく天馬を返しな」


 大地の横を通り過ぎ、奥の部屋へ入った。狭い室内には実験器具類に加えベッドもあり、そこに天馬が寝かされている。彼はベッドに手を突いて上半身を起こした。脚は動かないようだが、他に異常は見当たらない。


 麻里奈は私の隣に並び、天馬の額を人差し指で小突いた。


「囚われの姫が王子を助けたかったんだとさ。良かったね」


「誰も助けなど求めていない」


「愛想のない奴。手を貸すんじゃなかった」


 可笑しそうに唇を歪める麻里奈。

 天馬は無言で顔を背けた。


「――お前ら、どうするつもりなんだよ」


 振り返ると、大地が私たちを睨んでいた。私も天馬も実験台として使えなくなった今、代わりをどうするか――大地の剣幕に気圧されている私と対照的に、麻里奈はふっと笑った。


「簡単な方法があるけど?」


「……何だよ」


 大地に駆け寄った麻里奈が彼の足を蹴り払う。

 バランスを崩した大地は床に倒れた。


 追い打ちを掛けるように、麻里奈が彼の胸元を踏みつける。ピンヒールで圧迫しつつ、彼女は胸ポケットから注射器を取り出した。


「あんたが《D.H.》になればいい。ただそれだけの話でしょ」


「やめ――!」


 素早く身を屈めた麻里奈が、彼の首筋に注射針を突き刺す。

 大地は一瞬で意識を失った。


「……彼に何を投与したの?」


「ただの眠剤だよ。このまま《D.H.》の部屋にぶち込んで実験に使う」


「でも、この人チームリーダーでしょう? そんなことしていいの?」


「リーダーっつったって所詮は実験チーム。開発者と違っていくらでも代わりのきくポストだ。天馬も、それでいいでしょ?」


 麻里奈は戸棚へ歩み寄り、次から次へと引き出しを開け始めた。何かを探しているようだ。そんな彼女の背中を、天馬はじっと見つめている。


「……研究員を《D.H.》にするのはやめろ」


「ホント、無駄にお人好しだね。大地は洗脳されてるかのような実験一筋の性格を気に入られただけで、大した能力もないのに」


 ベッドに歩み寄った麻里奈が、液体の入った試薬ビンを天馬へ差し出す。彼女はあのビンを探していたようだ。ラベルは貼られておらず、中身は分からない。


「飲みな。麻酔で動けないでしょ」


 試薬ビンを受け取った天馬は蓋を開け、疑う様子なく中身を飲み干した。やはり研究仲間として信頼し合っているのだろう。


「……悪かったな」


「謝罪なんていらないよ」


「しかしチームリーダーを《D.H.》にするとなれば上に理由を問われる。そこで今回の出来事を説明してみろ。元々《D.H.》になるはずだった女の代わりに大地を使うなど、俺たちが神経を疑われるぞ」


 話しつつ天馬は両脚を揉みほぐしている。

 ――そのとき。

 自分の後方で何かが動く気配がした。

 咄嗟に振り返る。


「――危ないッ!」


 私が叫ぶのと、大地が麻里奈めがけてナイフを振りかざしたのはほぼ同時だった。無意識のうちに大地を突き飛ばし、二人重なって床に転がる。


「こいつ〝アレ〟を飲んでやがったのか!」


 上から麻里奈の声がする。

 大地は私を突き飛ばし、再びナイフを構えた。


「死にやがれ!」


 憎しみのこもった声で言い放った大地だが、ぴたりと動きを止めた。そのまま低い呻き声を漏らし、床に崩れ落ちる。彼の後ろには、ベッドから降りた天馬が立っていた。


 鋭い痛みが走る。

 ここへきて、自分が左肩を怪我していることに気付いた。


 大地と重なるようにして倒れ込んだ際、ナイフが当たったようだ。裂けた白衣に血が滲んでいる。麻里奈も私の怪我に気付いたらしい。隣へ膝をつき、白衣の裂け目を広げてくれた。痛みは強いが深い傷ではなさそうだ。



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