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【6】



 パラパラとページをめくってからファイルを戻すと、翌年のものを取り出した。中身は先ほどのファイルと同じく、名簿と薬品の一覧。薬品名称は昨年と同じものばかりで、改良を重ねていた形跡がある。こちらもざっと眺めてから翌年のものへ。


 そこで名簿の名前に目が止まった。

 六年前、リストの最後に《江藤(えとう)麻里奈》という名が付け足されている。


 麻里奈は組織に入って六年だろうか。

 そうだとすれば、先輩である天馬に対し随分と上から目線だ。あの性格では上下関係など気にしないかもしれない。


 ファイルを元の位置へ戻す。

 さらに翌年、さらに次――と繰り返して最新の年号まで辿り着いたが、似た内容ばかりで、特に変わった点は見当たらなかった。今回はこのくらいにしておくか。



 しばらくパソコンへ向かっていると天馬が戻ってきた。ファイルに書いてあったことについて質問してから休憩へ行こう。コーヒーが置かれている戸棚に向かって歩きながら、天馬に声を掛けた。


「あなたは何年前からここで仕事してるの?」


「……八年前だが。それがどうした」


「部外者の面倒見を任されたくらいだから、長年ここにいるのかなと思っただけ」


「俺は組織発足当時からここにいるからな。いろいろと任せられることはある」


 組織ができたのは八年前。

 先ほど見たファイルは発足当初からのデータか。

 コーヒーを二杯淹れると、一つを天馬の席へ届けた。


「あなたは二十六歳だと麻里奈が言ってたよね。十代の頃からこんな危険な仕事をしてたの?」


「まぁな」


「どうしてこの組織に入ったの? 普通に就職するような会社じゃないし……組織に入る特別なきっかけがあったの?」


「……俺には人並み外れた才能があった。それを嗅ぎつけた人間に、組織に加担するよう言われた。ただそれだけのことだ」


「いくら才能を買われたとしても、秘密裏に動いている組織へ入るなんて。怖くなかったの? しかもこんな地下に閉じ込められて……」


「〝悪〟というのは時に魅力的に見えるものだ。当時の俺は、自分の才能を最大限に生かすことのできる場所を差し出され……その道を選ぶのに躊躇いなどなかった」


 天馬の発言に、何故か心が痛んだ。

 こちらから質問を振っておきながら、返す言葉に困ってしまう――その隙を縫うようにコール音が鳴り響いた。天馬の所持するスマホに電話が掛かってきたようだ。


 彼は私に背を向け、通話を始めた。

 相手の声はぼんやりとしか聞こえず、何を言っているか分からない。


「…………抵抗する様子なく毎日仕事をこなしている。…………あの女が律儀に余所者の世話を焼くとでも思ったのか? …………勝手に実験へ連れ出してあとは知らん顔だ。最初から期待などしていないからどうでもいいが。…………くだらん。時間の無駄だ」


 相手の返事を待つ様子もなく、天馬は電話を切ってしまった。言葉だけ聞けば苛立っているように感じられたが、振り返った彼の表情は普段と変わらない。


「今の電話、私のこと?」


「ただの様子伺いだ。夏希は指示に従っているだけでいい」


「〝あの女〟というのは麻里奈だよね? 別に、彼女の味方をする意図はないんだけど……実験のあと、麻里奈は私のことを知らん顔で放置したわけじゃない」


「……あいつと何かあったのか?」


「『全てを放棄して死ぬか、理不尽な運命を受け入れて生きるか、選択肢は二つしかない。生きる道を選ぶのなら、気が狂ってしまわないよう耐えるしかない』と……。過激な言葉も混じって刺々しかったけど、私への励ましに聞こえた。麻里奈にもちゃんと人の心があるんだと感じたの」


「……お前、詐欺に引っ掛かりやすいタイプなんじゃないか?」


「え……」


「悪人が道端のゴミを拾っただけで『いいところもあるんだな』と感心してしまうなら大間違いだ。ほんの一部の善行を切り取ったところで、そいつの根底にあるものは変わらない」


「……言わんとすることは分かる、けど」


「麻里奈がちょっと良いことを言ったくらいでほだされているようじゃ、この先が思いやられる。もちろん俺の発言に関しても期待するな。スムーズに仕事をこなしてもらうため最低限の配慮はするが、だからと言って夏希に親しみを持っているわけではない」


「……そう」


「そろそろ休憩を取ったらどうだ? しばらく何も食べていないんだろ?」


 天馬に言われたとおり、あの実験から一度も食事を口にしていない。そろそろ何か食べておかないと、体調を崩しても困る。コーヒーを飲み干すと、研究室を出て食堂へ向かった。




 その後は一人になる機会がなく、今日の詮索結果は組織発足の年・天馬と麻里奈が研究所にいる期間だけだった。まだまだ情報は足りない。明日も引き続き、一人になる機会を狙って別の棚を漁ってみなければ。


 日記に今日のことを書き終えノートを閉じたとき、インターフォンが鳴った。ノートをチェストの奥にしまい、ドアを開ける。白衣姿の天馬がファイル片手に立っていた。



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