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【1】



『人間は〝神様〟っていうクソな存在のオモチャでしかないんだよ。「自分の運命が狂っちまった」と感じてるなら、それは神が、あんたという人形に遊び飽きたってことなのさ。死んで全てを放棄するか、どんな運命だろうと受け入れて生きるか、道は二つしかない』


 あの日突きつけられた言葉。

 きっと、一生忘れることはない――。






【episode1】



 目覚めた場所はロングソファの上だった。

 上半身を起こし、周囲を見渡す。


 広い部屋……自宅リビングの数倍はあるだろうか。腰掛けているソファの隣には水道、そこから先に列を作る戸棚の数々、パソコン台。部屋中央には大きなテーブルが複数あり、様々な研究機器が並んでいる。窓がなく外の様子は分からない。ここは一体……。


 ぼんやりとした頭で記憶を辿ってみる。

 今夜、私は――。


 城之内(じょうのうち)製薬・本社ビルを出たのは午後十時過ぎ。普段は午後八時前後に退社するが、今月から配属先が変わったため、遅くまで残業していた――と言うより知らぬ間に午後十時を回っていた。


 移動先のチームにおいて、私は最年少かつ唯一の女性研究員。上司や先輩たちに後れを取らないよう、少しでも知識を蓄えておきたい――そんな考えから資料室にこもり勉強していた。


 疲れを感じつつ駅へ向かい、三十分ほど電車に揺られ、自宅最寄駅で下車。家に向かって歩いていた……ところまでは覚えている。そのあとの記憶が、すっぽりと抜けていた。


 壁に掛かっている時計の針は〝12:05〟を示している。

 退社から約二時間経過していた。


 帰宅途中に倒れてしまい、誰かが救急車を呼んでくれたのだろうか……いや、どこからどう見ても病室の景色ではない。機器の揃った研究室だ。やはり何らかの理由で本社ビルへ戻ってきたのだろう。しかし何故――。


 突飛な現状に呆然としていると、部屋のドアが開いた。

 入ってきたのは、煙草を咥えた見知らぬ女性。

 城之内製薬は日本最大手の製薬会社で、本社だけでも千人近い従業員が働いている。見覚えのない人がいても不思議はない。


 女性はテーブルへ歩み寄ると、咥えていた煙草を灰皿に押し付けた。ゆっくりと煙を吐き出しながらこちらに歩いてくる。ワインレッド色のミディアムヘア、スラッとした細いシルエット、真っ黒なアイラインに真っ赤なルージュ。二十代後半ほどに見える。よろめきながらも立ち上がり女性に会釈した。


「私、第五開発部の桜庭夏希(さくらばなつき)です。ここは?」


 女性は目の前で立ち止まった。

 鋭い眼が私を捉えている。

 苛立っているのは明らかだ。

 記憶が途切れている間に、何か迷惑を掛けていたのかもしれない。


「すみません。私、ここに来る前の記憶がなくて、まだ少し頭がボーっとしていて……。間違いなく会社を出て帰宅しようとしていたはずなんですけど」


「……あんた、何か勘違いしてないかい?」


「え?」


「ここは城之内製薬じゃないよ」


「でも……ここ研究室ですよね?」


「あたしは『城之内製薬の女だから丁重に扱え』っていう指示に従ってるだけ。〝上〟からの命令で仕方なくここに寝かせてやってるの。そうじゃなかったら廊下に放り出して――」


 ガラリとドアの開く音が響く。

 白衣姿の男性が部屋に入ってきた。

 さらさらとなびく漆黒のストレートヘア。長身で、目の前の女性と同年代に見える。彼も見知らぬ人だった。女性に向かって「麻里奈(まりな)」と呼び掛ける声は不機嫌そうだ。


「俺たちはその女の面倒を見ることになったんだ。恐怖を煽るような態度はやめろ」


「あたしは余所者の相手をするためにここにいるわけじゃないんだから。天馬(てんま)が一人で世話してやんなよ」


「麻里奈が何を言おうと勝手だが上からの指示は〝絶対〟だ。分かったな?」


「そのセリフは聞き飽きたっての。悪いけど、あたしはこういう女が嫌いだから。全部あんたに任せる」


 女性――麻里奈は部屋を出て行った。

 陰鬱な静けさが広がる。

 天馬と呼ばれた男性は私のことをじっと見下ろしていた。


「あの、本当に申し訳ありません。さっきも言いましたけど、私、二時間くらい前に帰宅しようとしていたんです。でもそこから先の記憶がなくて」


「……もしかして深夜だと思っているのか? 今は正午だ」


「えっ!?」


 退社してから半日も経っている。

 もちろん出勤時刻も過ぎている。

 服装も退社時――厚手のパーカーに膝丈スカートのまま。

 想像以上にとんでもない迷惑を掛けていたようだ。



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