迷宮配信ものが流行っていると知人に聞いたので、ミリしらで書いた短編
ポケットから振動が来た。ハルオミは、ちらりと先生の様子を伺い、通知を確認する。
『放課後さ、迷宮いかね?』
(迷宮、か)
ハルオミにとって、迷宮は特別な場所だった。いや、あの「ファンタジー」な場所は、明らかに「特別」なわけであるが、彼にとっての特別とは、その意味ではなかった。
ハルオミは、迷宮配信者だった。有名人、というほどではない。しかし、ハルオミ自身が、そこそこやれてる、と思う程度には、視聴者を得ていた。
ハルオミが、友人であるマコトからの誘いに悩んでいるのは、ハルオミが顔出しをしていないためだった。迷宮での戦い方は、簡単には切り替えられない。戦い方から、マコトに身バレする恐れがあった。
少し悩んだ後、また先生の様子を伺って、返信を送った。
OK、のスタンプだ。
「というわけで、タイマンしようぜ」
「どういうわけだ」
ハルオミが集合場所につくと、マコトは待ちきれないとばかりに言った。
「いや、これ無料のWeb小説の、しかも短編だし、筆者の自己満足なんだよ。つまり、こっからのシーンが書きたかっただけで、経緯とかはカットっすね」
「言いたいことはわかるが、メタ発言で誤魔化すのは、どうかと思うぞ」
ハルオミの話は聞く気がないのか、マコトは決闘用のアイテムを設置する。いきなり迷宮に誘い、いきなりタイマンとは、かなり不可解だが、こうなったマコトは止められない。
(よりにもよって、タイマンをすることになるとはな)
決闘用のフィールドに入り、構えをとる。手には愛用のナイフだ。その様子に、マコトも満足げに笑うと、自分の準備を始めた。
「《装備変更》」
マコトがスキルを唱えると、彼の手に巨大な剣が現れる。一見すると、持ち上げることすらできないであろう大きさであったが、マコトは慣れた様子で素振りし、構えをとった。
決闘開始のカウントダウンが始まる。
互いの視線が鋭くなり、音が遠ざかる。友人の二人ではなく、決闘する二人になる。
カーン、という合図とともに、二人は動いた。
マコトが、地面を半ば飛ぶようにして、迫る。対するハルオミは、ナイフを投げつける。マコトには当たらない軌道だ。だがそれは、問題ではなかった。
ナイフの柄に、紋様が浮かび上がる。
(刻印魔法か)
投擲物に魔法を付与するのは、近距離戦が不得意な魔法使い職が、決闘の初手によく用いる手だった。投擲と同時に、ハルオミは、《装備変更》で魔法用のアクセサリーを呼び出し始める。刻印魔法を防いでいる間に、体制を整える算段だ。
だから、マコトは刻印魔法を防がないことにした。
「《対抗魔法》」
ひび割れるような音とともに、刻印魔法が砕け散る。
マコトの戦闘スタイルは、魔法剣士。扱うのが難しいが、成長限界の高さと手札の多さが強みのスタイルだ。そして、決闘においては、その対応力の高さで、相手の手札を潰していくのを得意としている。
マコトは、速度を落とさず、ハルオミへと接近する。剣技のスキルを発動。魔法使いに、防げる攻撃ではない。
しかし、ハルオミはその一撃を、辛うじて防いだ。《装備変更》で呼び出したのは、アクセサリーではなく、禍々しい黒色の剣だった。
「魔剣!?」
マコトが思わず叫ぶ。同時に、ハルオミの剣から、黒い炎が噴き出す。魔剣が放つ魔法は、強くはない。しかし、今のマコトにとっては致命的だった。
《対抗魔法》には、大きな弱点があった。使用後の短時間、魔法抵抗力が著しく下がるのだ。
ハルオミの口角がほんの少し上がったのを、マコトは見逃さなかった。
(《対抗魔法》を、撃たされたのか!)
マコトの剣技は、魔剣で受けたとしても止められはしない。ハルオミは、肩口にダメージを負うが、魔剣の炎は剣を伝って、マコトの全身を覆った。
「ぐっ……」
立場が逆転し、ハルオミが止めを刺そうと、魔剣を振りかぶる。
だが、またしても、終わりではなかった。
マコトの首元が、キラリと輝く。ハルオミは、すぐに後ろへ距離を取った。
マコトの全身が輝き、白い稲妻とともに、黒炎を打ち消した。緊急時用の回復と範囲攻撃のアクセサリーだ。高位の迷宮探索者なら、着けていない方が珍しい。
「おいおい、ずいぶんガチじゃないか? 友達への配慮はないのかよ?」
「そっちこそ、気軽に誘ったわりには、やけに立派な装備じゃあないか?」
軽口を叩きながら、ハルオミはマコトの戦闘スタイルについて、考えを巡らせていた。
(魔法剣士とは、珍しいな。だが、タイマンには慣れてないのか? 最初から装備を着けてたんじゃあ、魔法剣士だって言ってるようなもんだ。)
一方で、マコトも少し悩んだような顔を見せ、その後小さく頷いた。
「ハル、やっぱりお前は、こいつを見せるに相応しい相手だよ」
そう言うと、マコトは剣を正面に構え、ゆっくりと詠唱を始めた。
「《空と光を司る、白の神よ」
ハルオミは、その詠唱が終わるのを待つことにした。この決闘は、最初からこれを見せるためのものだと悟ったからだ。
同時に、大がかりな詠唱を始めたことに、驚いてた。こんな詠唱を必要とするスキルに、心当たりがなかったからだ。
スキル発動の詠唱には、発動までの時間やコストを削減する効果がある。逆に言えば、大がかりな詠唱が必要なスキルとは、それだけ大きいコストが必要であるということだ。しかも、魔法剣士が行うのであれば、用途は限られる。ここまで強力なスキルなら、どこかで耳にしていそうだった。
ハルオミは、ふと、最近見た迷宮配信の動画を思い出した。迷宮配信界隈トップの一角、【白の熾天使ちゃんねる】の動画だ。
内容は、新スキルを発見したというもので。
「かつて、我々を導き」
長い詠唱の末。
「我々を守り」
自身に強大な付与効果をもたらす。
「我々を祝福した」
魔法剣士専用のスキル。
「その遣いを、再び、降ろし給え》」
そのスキルの名は。
「《天使再臨》」
マコトの身体が、ふわりと浮き上がる。その背には、白の翼が開き、頭上には、白のリングが輝いていた。
自身が天使になるスキル。トンデモな効果に加えて、チャンネル名との奇跡的なシンクロにより、その動画は、迷宮配信界隈の話題をさらった。
マコトは、迷宮配信者だった。
そして。
その事実に驚くより早く、ハルオミは動いていた。
右手の魔剣を地面に突き立て、左手で腰から一枚の紙を投げる。同時に、口では詠唱を始めた。紙から地面へ魔法陣が浮かび上がると、腰から瓶を数本投げ入れる。肩口から手のひらに血をつけ、そのまま掌印を結ぶ。
ハルオミに、明確な戦闘スタイルはない。複数のスタイルを追う、唯一無二のスタイルだ。
スキルのコストを削減する手段は、詠唱だけではない。相性の良い魔力、刻印の使用、魔法陣の使用、錬金術による触媒、契約魔法、掌印……。多種多様な手段は、それぞれに条件があり、組み合わせるほど、難易度が跳ね上がっていく。
そして、この困難を超えることこそが、ハルオミの強さの源泉だった。
「《黒の神に、支払い、求める》」
ハルオミが唱えると同時に、マコトが剣を振りかぶる。とても届くような距離ではない。だが、その剣のまばゆい輝きだけで、ハルオミは確かに熱を感じた。
「来い、《眷属召喚》」
ハルオミの背後に、黒い扉が現れる。その扉が開いた、直後、視界が白く染まった。
熱い。
マコトが剣に込めた白い輝きは、巨大な光の剣となって、ハルオミを襲った。
もはや痛みにも似た熱さを感じているハルオミ。しかし、光の剣は、その頭上で止められていた。
黒い、巨大な角。顔は牛に近く、しかし、はるかに獰猛な顔つき。身体は人間のそれであったが、あまりにも巨体だった。
怪物。巨人。あるいは、悪魔。
黒い扉から、半身だけを出したそれが、光の剣を片腕で受け止めていた。
悪魔が、ぐん、と片腕を振り、光の剣を逸らす。そして、扉からもう半身を出し、大きく息を吸った。
「ガ、オオォオオアアァァァ!!」
悪魔の咆哮は、爆発にも等しかった。決闘用のフィールドの中に、嵐が吹き荒れる。
巻き上げられた土煙を、白い翼が振り払い、二人の視線が交わった。
マコトとハルオミ。天使と悪魔。
舞台劇の見せ場のような風景、だが、それは一瞬のこと。
ゆらり、と、両者は次の一撃を振りかぶる。 一層激しい衝突が始まると、思われたが。
「こらー!」
突然、甲高く澄んだ女性の声が、響き渡った。あまりにも場違いな叫びに、全員の動きが止まる。その間に、声の主が、走りこんできた。ハルオミは、その顔に見覚えがあった。だが、マコトにとっては、見覚えどころではなかった。
「ヒカリ!? なんで、ここに!」
「お兄ちゃんが、急に決闘なんてはじめるから、すっ飛んできたんじゃん!」
声の主は、ヒカリ。マコトの妹だった。
「やべっ、パーティーを設定したままだったか……」
頭を掻きながら、マコトは、ふわりと地面に降り立つ。同時に、《天使再臨》を解除した。
「『やべっ』じゃないよ。なに、天使化まで使ってんの? 身バレするから使うなって言ったのはお兄ちゃんでしょ? まぁ、相手にも驚いたけど……」
ヒカリは、そう言いながら、ハルオミの方に向き直る。だが、目線は、ハルオミではなく、その頭上を向いていた。
「その悪魔って、《眷属召喚》、だよね……? てことは……」
「知ってる、のか」
今度は、ハルオミが頭を掻く番だった。気まずくなり、ハルオミが言葉を選んでいる間に、妙にニヤついたマコトが口を開いた。
「うちの妹が知らないわけないぜ。なにしろ、【ハルのソロ攻略日記】の大ファンだからな」
「ちょ、言わなくていいって!」
ヒカリが、マコトの頭をひっぱたく。そのツッコミは、心配になるほど大きな音がして、ハルオミは、今更ながら、【白の熾天使ちゃんねる】が、兄妹の迷宮配信ペアであることを思い出した。
「痛って! ま、まぁ、ともかくだ。ヒカリがハマってる配信を見てピンときてな。ぶち込んでみた、ってわけ」
「だから、タイマンだったわけか」
「そういうこと。タイマンなら、『ハル』は、逃げられないだろ?」
ハルオミの迷宮配信には、一つだけ名物があった。それは、タイマン、つまり、迷宮に潜る人間同士の一騎打ちだった。ともすると揉め事にもなるタイマンは、迷宮配信者が避けがちだ。しかし、ハルオミは一切避けずに配信し続け、その上、持ち前の臨機応変さで勝ち続けた。そうするうち、ハルオミは、こうささやかれるようになった。タイマン最強、と。
もっとも、タイマンを避けなかったのは、ハルオミに自信があったからではなかった。誘ってくれたのだから断るのは申し訳ない、という、実にソロらしい理由だった。
「うーん、まぁ、マコトになら、バレてもいいとは思ってたけども。なんなら【白の熾天使ちゃんねる】さんの方が、全然リスクが大きいわけで……。いや、マコトに『さん』づけはおかしいか? あー、もうビックリすぎて、わけわかんなくなってきた」
「すまん、すまん。ほら、お詫びはこれでどうだ?」
ポケットから振動が来た。ハルオミは、ちらりとマコトの様子を伺い、通知を確認する。
『動画が1件共有されました』
(おいおい、撮ってたのかよ)
その動画は、ハルオミとマコトの決闘の動画だった。
そしてそれは、【ハルのソロ攻略日記】にとって、初めてのコラボ動画となり、悔しいことに、あっという間に、チャンネルの最高再生回数を更新したのだった。