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迷宮配信ものが流行っていると知人に聞いたので、ミリしらで書いた短編

作者: James_H_Frost

 ポケットから振動が来た。ハルオミは、ちらりと先生の様子を伺い、通知を確認する。

『放課後さ、迷宮いかね?』

 (迷宮、か)

 ハルオミにとって、迷宮は特別な場所だった。いや、あの「ファンタジー」な場所は、明らかに「特別」なわけであるが、彼にとっての特別とは、その意味ではなかった。

 ハルオミは、迷宮配信者だった。有名人、というほどではない。しかし、ハルオミ自身が、そこそこやれてる、と思う程度には、視聴者を得ていた。

 ハルオミが、友人であるマコトからの誘いに悩んでいるのは、ハルオミが顔出しをしていないためだった。迷宮での戦い方は、簡単には切り替えられない。戦い方から、マコトに身バレする恐れがあった。

 少し悩んだ後、また先生の様子を伺って、返信を送った。

 OK、のスタンプだ。


「というわけで、タイマンしようぜ」

「どういうわけだ」

ハルオミが集合場所につくと、マコトは待ちきれないとばかりに言った。

「いや、これ無料のWeb小説の、しかも短編だし、筆者の自己満足なんだよ。つまり、こっからのシーンが書きたかっただけで、経緯とかはカットっすね」

「言いたいことはわかるが、メタ発言で誤魔化すのは、どうかと思うぞ」

ハルオミの話は聞く気がないのか、マコトは決闘用のアイテムを設置する。いきなり迷宮に誘い、いきなりタイマンとは、かなり不可解だが、こうなったマコトは止められない。

(よりにもよって、タイマンをすることになるとはな)

 決闘用のフィールドに入り、構えをとる。手には愛用のナイフだ。その様子に、マコトも満足げに笑うと、自分の準備を始めた。

「《装備変更》」

マコトがスキルを唱えると、彼の手に巨大な剣が現れる。一見すると、持ち上げることすらできないであろう大きさであったが、マコトは慣れた様子で素振りし、構えをとった。

 決闘開始のカウントダウンが始まる。

 互いの視線が鋭くなり、音が遠ざかる。友人の二人ではなく、決闘する二人になる。

 カーン、という合図とともに、二人は動いた。

 マコトが、地面を半ば飛ぶようにして、迫る。対するハルオミは、ナイフを投げつける。マコトには当たらない軌道だ。だがそれは、問題ではなかった。

 ナイフの柄に、紋様が浮かび上がる。

(刻印魔法か)

 投擲物に魔法を付与するのは、近距離戦が不得意な魔法使い職が、決闘の初手によく用いる手だった。投擲と同時に、ハルオミは、《装備変更》で魔法用のアクセサリーを呼び出し始める。刻印魔法を防いでいる間に、体制を整える算段だ。

 だから、マコトは刻印魔法を防がないことにした。


「《対抗魔法》」


ひび割れるような音とともに、刻印魔法が砕け散る。

 マコトの戦闘スタイルは、魔法剣士。扱うのが難しいが、成長限界の高さと手札の多さが強みのスタイルだ。そして、決闘においては、その対応力の高さで、相手の手札を潰していくのを得意としている。

 マコトは、速度を落とさず、ハルオミへと接近する。剣技のスキルを発動。魔法使いに、防げる攻撃ではない。

 しかし、ハルオミはその一撃を、辛うじて防いだ。《装備変更》で呼び出したのは、アクセサリーではなく、禍々しい黒色の剣だった。


「魔剣!?」


マコトが思わず叫ぶ。同時に、ハルオミの剣から、黒い炎が噴き出す。魔剣が放つ魔法は、強くはない。しかし、今のマコトにとっては致命的だった。

 《対抗魔法》には、大きな弱点があった。使用後の短時間、魔法抵抗力が著しく下がるのだ。

 ハルオミの口角がほんの少し上がったのを、マコトは見逃さなかった。

(《対抗魔法》を、撃たされたのか!)

マコトの剣技は、魔剣で受けたとしても止められはしない。ハルオミは、肩口にダメージを負うが、魔剣の炎は剣を伝って、マコトの全身を覆った。

「ぐっ……」

立場が逆転し、ハルオミが止めを刺そうと、魔剣を振りかぶる。

 だが、またしても、終わりではなかった。

 マコトの首元が、キラリと輝く。ハルオミは、すぐに後ろへ距離を取った。

 マコトの全身が輝き、白い稲妻とともに、黒炎を打ち消した。緊急時用の回復と範囲攻撃のアクセサリーだ。高位の迷宮探索者なら、着けていない方が珍しい。

「おいおい、ずいぶんガチじゃないか? 友達への配慮はないのかよ?」

「そっちこそ、気軽に誘ったわりには、やけに立派な装備じゃあないか?」

 軽口を叩きながら、ハルオミはマコトの戦闘スタイルについて、考えを巡らせていた。

(魔法剣士とは、珍しいな。だが、タイマンには慣れてないのか? 最初から装備を着けてたんじゃあ、魔法剣士だって言ってるようなもんだ。)

 一方で、マコトも少し悩んだような顔を見せ、その後小さく頷いた。

「ハル、やっぱりお前は、こいつを見せるに相応しい相手だよ」

 そう言うと、マコトは剣を正面に構え、ゆっくりと詠唱を始めた。

「《空と光を司る、白の神よ」

ハルオミは、その詠唱が終わるのを待つことにした。この決闘は、最初からこれを見せるためのものだと悟ったからだ。

 同時に、大がかりな詠唱を始めたことに、驚いてた。こんな詠唱を必要とするスキルに、心当たりがなかったからだ。

 スキル発動の詠唱には、発動までの時間やコストを削減する効果がある。逆に言えば、大がかりな詠唱が必要なスキルとは、それだけ大きいコストが必要であるということだ。しかも、魔法剣士が行うのであれば、用途は限られる。ここまで強力なスキルなら、どこかで耳にしていそうだった。

 ハルオミは、ふと、最近見た迷宮配信の動画を思い出した。迷宮配信界隈トップの一角、【白の熾天使ちゃんねる】の動画だ。

 内容は、新スキルを発見したというもので。

「かつて、我々を導き」

長い詠唱の末。

「我々を守り」

自身に強大な付与効果をもたらす。

「我々を祝福した」

魔法剣士専用のスキル。

「その遣いを、再び、降ろし給え》」

そのスキルの名は。


「《天使再臨》」


 マコトの身体が、ふわりと浮き上がる。その背には、白の翼が開き、頭上には、白のリングが輝いていた。

 自身が天使になるスキル。トンデモな効果に加えて、チャンネル名との奇跡的なシンクロにより、その動画は、迷宮配信界隈の話題をさらった。

 マコトは、迷宮配信者だった。

 そして。

 その事実に驚くより早く、ハルオミは動いていた。

 右手の魔剣を地面に突き立て、左手で腰から一枚の紙を投げる。同時に、口では詠唱を始めた。紙から地面へ魔法陣が浮かび上がると、腰から瓶を数本投げ入れる。肩口から手のひらに血をつけ、そのまま掌印を結ぶ。

 ハルオミに、明確な戦闘スタイルはない。複数のスタイルを追う、唯一無二のスタイルだ。

 スキルのコストを削減する手段は、詠唱だけではない。相性の良い魔力、刻印の使用、魔法陣の使用、錬金術による触媒、契約魔法、掌印……。多種多様な手段は、それぞれに条件があり、組み合わせるほど、難易度が跳ね上がっていく。

 そして、この困難を超えることこそが、ハルオミの強さの源泉だった。

「《黒の神に、支払い、求める》」

 ハルオミが唱えると同時に、マコトが剣を振りかぶる。とても届くような距離ではない。だが、その剣のまばゆい輝きだけで、ハルオミは確かに熱を感じた。

「来い、《眷属召喚》」

 ハルオミの背後に、黒い扉が現れる。その扉が開いた、直後、視界が白く染まった。

 熱い。

 マコトが剣に込めた白い輝きは、巨大な光の剣となって、ハルオミを襲った。

 もはや痛みにも似た熱さを感じているハルオミ。しかし、光の剣は、その頭上で止められていた。

 黒い、巨大な角。顔は牛に近く、しかし、はるかに獰猛な顔つき。身体は人間のそれであったが、あまりにも巨体だった。

 怪物。巨人。あるいは、悪魔。

 黒い扉から、半身だけを出したそれが、光の剣を片腕で受け止めていた。

 悪魔が、ぐん、と片腕を振り、光の剣を逸らす。そして、扉からもう半身を出し、大きく息を吸った。

「ガ、オオォオオアアァァァ!!」

悪魔の咆哮は、爆発にも等しかった。決闘用のフィールドの中に、嵐が吹き荒れる。

 巻き上げられた土煙を、白い翼が振り払い、二人の視線が交わった。

 マコトとハルオミ。天使と悪魔。

 舞台劇の見せ場のような風景、だが、それは一瞬のこと。

 ゆらり、と、両者は次の一撃を振りかぶる。 一層激しい衝突が始まると、思われたが。

「こらー!」

突然、甲高く澄んだ女性の声が、響き渡った。あまりにも場違いな叫びに、全員の動きが止まる。その間に、声の主が、走りこんできた。ハルオミは、その顔に見覚えがあった。だが、マコトにとっては、見覚えどころではなかった。

「ヒカリ!? なんで、ここに!」

「お兄ちゃんが、急に決闘なんてはじめるから、すっ飛んできたんじゃん!」

声の主は、ヒカリ。マコトの妹だった。

「やべっ、パーティーを設定したままだったか……」

頭を掻きながら、マコトは、ふわりと地面に降り立つ。同時に、《天使再臨》を解除した。

「『やべっ』じゃないよ。なに、天使化まで使ってんの? 身バレするから使うなって言ったのはお兄ちゃんでしょ? まぁ、相手にも驚いたけど……」

ヒカリは、そう言いながら、ハルオミの方に向き直る。だが、目線は、ハルオミではなく、その頭上を向いていた。

「その悪魔って、《眷属召喚》、だよね……? てことは……」

「知ってる、のか」

今度は、ハルオミが頭を掻く番だった。気まずくなり、ハルオミが言葉を選んでいる間に、妙にニヤついたマコトが口を開いた。

「うちの妹が知らないわけないぜ。なにしろ、【ハルのソロ攻略日記】の大ファンだからな」

「ちょ、言わなくていいって!」

ヒカリが、マコトの頭をひっぱたく。そのツッコミは、心配になるほど大きな音がして、ハルオミは、今更ながら、【白の熾天使ちゃんねる】が、兄妹の迷宮配信ペアであることを思い出した。

「痛って! ま、まぁ、ともかくだ。ヒカリがハマってる配信を見てピンときてな。ぶち込んでみた、ってわけ」

「だから、タイマンだったわけか」

「そういうこと。タイマンなら、『ハル』は、逃げられないだろ?」

 ハルオミの迷宮配信には、一つだけ名物があった。それは、タイマン、つまり、迷宮に潜る人間同士の一騎打ちだった。ともすると揉め事にもなるタイマンは、迷宮配信者が避けがちだ。しかし、ハルオミは一切避けずに配信し続け、その上、持ち前の臨機応変さで勝ち続けた。そうするうち、ハルオミは、こうささやかれるようになった。タイマン最強、と。

 もっとも、タイマンを避けなかったのは、ハルオミに自信があったからではなかった。誘ってくれたのだから断るのは申し訳ない、という、実にソロらしい理由だった。

「うーん、まぁ、マコトになら、バレてもいいとは思ってたけども。なんなら【白の熾天使ちゃんねる】さんの方が、全然リスクが大きいわけで……。いや、マコトに『さん』づけはおかしいか? あー、もうビックリすぎて、わけわかんなくなってきた」

「すまん、すまん。ほら、お詫びはこれでどうだ?」

ポケットから振動が来た。ハルオミは、ちらりとマコトの様子を伺い、通知を確認する。

『動画が1件共有されました』

(おいおい、撮ってたのかよ)

 その動画は、ハルオミとマコトの決闘の動画だった。

 そしてそれは、【ハルのソロ攻略日記】にとって、初めてのコラボ動画となり、悔しいことに、あっという間に、チャンネルの最高再生回数を更新したのだった。

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