【第8話/15日目】 体育の授業と、視線の集中
その日は、気温が高かった。
5月も半ばを過ぎて、グラウンドには夏の匂いが混ざり始めていた。
「今日はバスケなー! 準備して、男子はこっちのコート!」
体育教師の声に従いながら、俺は着替えの手を一瞬だけ止めた。
ロッカー室のざわめき、飛び交う冗談。
……いつものはずなのに、ジャージの中の“そこ”だけが、俺にだけ重くのしかかる。
スポーツブラの上からジャージを着込むと、胸元がうっすらと浮く。
隠しているつもりでも、自分の感覚には、もはや誤魔化しがきかない。
(……今日は、気づかれるかもしれない)
グラウンドへ出ると、眩しい光と、吹き抜ける風。
バスケのパス練習が始まり、声が飛び交う中、俺はなるべく目立たないように後列に混ざった。
けれど――
ボールを取るとき、前かがみになるたびに、胸元が揺れる。
ドリブルのリズムと一緒に、ジャージの内側が微かに跳ねる。
(やばい……)
ふと、斜め後ろからの視線を感じた。
何気ないふりをして振り返ると、男子数人がこちらを見ていて、すぐに視線を逸らした。
それだけで、心臓が跳ねる。
(絶対、見えてた……いや、“わかって”た……?)
その瞬間から、自分の動きがどこかぎこちなくなる。
パスを受け損ねて、指先を軽く突き指しただけで、クラスメイトの一人が駆け寄ってきた。
「大丈夫? ちょっと痛そうだぞ」
優しい声。けど、その視線が胸元で止まりかけたのを、俺は見逃さなかった。
すぐに逸らされたけど、もう遅い。俺の中では、その一瞬が永遠のように残った。
体育が終わったあとの更衣室。
無言でジャージを脱ぎ、シャツに着替えながら、周囲との“距離”を感じる。
皆は何も言わない。でもたぶん、それは“気づかないふり”だ。
自分が“男”として、その場にいられなくなっていくのを、体の奥で痛感していた。
(このままじゃ、学校にいられなくなるんじゃないか……)
そんな不安すら頭をよぎったとき――
「お前、今日なんか……いつもより、キレてたな。バスケ」
悠真が、不意に話しかけてきた。
気遣いでもなく、突き放すでもなく、ただ淡々としたトーンで。
「……そう見えた?」
「んー、なんか。……まぁ、頑張れよ」
それだけ言って、彼は先にロッカーを出ていった。
その背中を見ながら、俺はふっと思った。
誰にも言えないのに、
それでも、気づいてくれる誰かがいる。
そのことが、今の俺には――少しだけ、救いだった。
──15日目。“視線”が、言葉よりも重く感じる日だった。
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