【第6話/11日目】 遥香先輩の微笑みが痛い
昼休み、教室に戻る途中。
すれ違いざまに、その人は立っていた。
廊下の窓際。逆光を背負って、静かに、でも確かにそこにいる――そんな佇まい。
長い髪が風に揺れていて、制服のスカートがきれいに整っていた。
「……あれ、相川くん、だったよね?」
声をかけられた瞬間、どこかで聞いた気がした――そんな既視感が、胸の奥を締めつけた。
「え、あ……はい。あの、えっと……」
名前を名乗る前に、向こうは軽く微笑んだ。
「私は結城遥香。三年の。たぶん、前にも会ってる……よね?」
その言葉に、心がぴたりと止まった。
(“遥香”……)
なぜだ。
なぜその名前に、こんなにも反応している?
初めて聞いたはずなのに、懐かしくて、どこか切なくて――喉の奥が熱を帯びる。
「ごめん、急に話しかけて。廊下、混んでたから……どこかで見た顔だなって」
言いながら、彼女はまた微笑んだ。
その笑顔は優しい。でも、どこか痛かった。
まるで“自分のことを、ずっと知っていてくれた誰か”のように。
「きっと気のせいだよね。うん、ごめんね。……またね」
そう言って、遥香先輩は歩き去っていった。
廊下の喧騒に溶けていく、その背中を、俺はしばらく見送ることしかできなかった。
(なんだよ……あれ)
指先が、勝手に震えていた。
胸の奥が、さっきよりも強く、きゅうっと痛む。
懐かしい。けど、思い出せない。
まるで夢の中の風景のように、淡くて曖昧な記憶が、胸の中でざわついている。
もしかしたら――
この変化は、ただの呪いなんかじゃない。
そう思ったこと自体が、もう“今までの自分”から逸れている気がして、怖かった。
──11日目。名前ひとつで、心はこんなにも揺れる。
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