【第5話/10日目】 鏡の中の自分と目が合った
朝。
目覚ましが鳴る前に、ふと目が覚めた。
夢を見ていたような気がするけれど、内容はまるで思い出せない。
カーテンの隙間から差し込む光が、いつもよりやけに白く感じた。
体を起こすと、胸のあたりに少し重みがある。
ブラの締め付けが、昨日より確かに“必要”だと感じた。
ゆっくりと立ち上がり、洗面所へ向かう。
その途中、廊下の鏡に何気なく目をやって――俺は、立ち止まった。
そこに映っていた“自分”に、思わず息を呑む。
(……誰だ、これ)
面影はある。顔も、髪も、俺のはずだ。
けれど、目元が少し丸くなっている。頬のラインがほんのり柔らかく、唇も心なしかふっくらして見える。
光の加減? 体調のせい?
そう思い込もうとする心とは裏腹に、視線はその“女の子っぽくなった自分”から離せなかった。
「……これが、俺……?」
声に出してみると、それもまた、微かに高くて柔らかい。
耳に届いた“その声”が、なんだか自分じゃないようで、けれど確かに今の俺のものだった。
鏡の中の自分が、俺をじっと見返してくる。
その視線の奥には、問いかけのようなものがあった。
(……お前は、誰だ?)
数日前まで、俺は“男”だった。
何もかも、そういう前提で生きていた。
けれど今、シャツのボタンが少しだけきついとか、制服のスカートが妙に気になってきたとか、そんなささいな変化の積み重ねが、俺を確実に変えていた。
“男”であることが、当たり前じゃなくなっていく。
でもそれ以上に怖いのは――
その変化を、ほんの少しだけ“嫌いじゃない”と思っている自分の存在だった。
鏡の前で目を逸らせなくなった俺は、ゆっくりとシャツを着る。
襟元からのぞく鎖骨。
ボタンを閉める指先が、どこか慎重になる。
変わっていくことに怯えながら、
変わっていくことに慣れていく。
そのどちらもが、もう止められない。
──10日目。鏡の中の“私”が、まばたきを返した。
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