【第4話/7日目】 はじめての“女の声”
「じゃあ相川、次の問題、読んでくれ」
英語の授業中、先生の声が飛んできた。
いつものことだ。
別に特別な意味はない、ただの指名。
「……Yes, Mr. Saitō. The… the answer is……」
そのときだった。
自分の声が、ひとつの単語で裏返った。
高く、かすれて、どこか甘ったるい――
“男の声”にはありえない、軽く浮いたような響き。
(……え?)
瞬間、教室が静まった。
鉛筆の音すら止まる、あの気まずい沈黙。
「…………ごめん、ちょっと……水、飲んでいいすか」
消え入りそうな声でそれだけ言って、俺は席を立った。
視線が集まってる。わかってる。
でも、それを正面から受け止める勇気はなかった。
廊下に出ると、胸の鼓動が耳にまで響いてきた。
喉がひりつく。指先が震えて、ペットボトルのキャップすらうまく開けられない。
(……マジかよ。まさか、声まで……)
昨日の夜、風呂場で少しだけ違和感は感じていた。
でも、それは気のせいで済ませられる程度のものだったはずだ。
それが今、誰の耳にも届く“変化”として現れた。
まるで、身体が勝手に自分の意思を無視して、“女”になろうとしている。
(もう、隠しきれない……のか?)
教室の扉を見つめる。その向こうには、何事もなかったように板書を写しているクラスメイトたち。
でも、あの空気は確かに感じた。誰かが何かを悟りかけていた。もしかしたら、もう噂になりかけてるかもしれない。
それなのに。
それでも、悠真は――
「大丈夫か?」
俺の横に立っていた悠真は、いつもの調子でそう言った。
「声、裏返っただけだろ。俺なんか昨日の発表で三回も噛んだし」
気遣うでもなく、からかうでもなく。
ただ、いつもと変わらない“悠真の声”だった。
「……ああ、サンキュ」
その返事が、自分でも驚くほど掠れていて。
けれどそれは、喉のせいだけじゃない。胸のどこかが、じんわりと痛んでいた。
教室に戻るとき。
もう一度、息を深く吸い込んだ。
少し高くなった“声帯”が震えるのを、自分の内側で確かめながら。
──7日目。変わっていくのは、声だけじゃなかった。
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