【第3話/5日目】悠真の視線に、息が止まった
「おーい、陽翔! こっちこっち」
その声を聞いただけで、胸が一度、跳ねた気がした。
いつもの朝。いつもの駅前。
──のはずなのに、俺の中で何かが確実に変わっていた。
「寝坊してんじゃねーよ。集合時間、7分オーバーな」
少し茶化したように言いながら、悠真は俺の横に並んだ。
それだけで、空気がふっとやわらぐ――それがいつもの関係だった。
だけど今日は、その空気が肌に触れるたび、妙にざわついてしまう。
「……悪い。寝癖直すのに手間取って」
「んー、まぁ……髪、伸びてきた?」
なにげない会話の中。
ふと、悠真の視線が、俺の胸元をかすめた気がした。
ほんの一瞬。それだけのこと。
でも、シャツの下にある“違和感”が、ピクリと反応する。
(……まさか、気づいた?)
そんなわけない。まだそこまで目立ってない。
昨日から着けてるブラは、かなり控えめなタイプだし、目立たないように中にTシャツも着込んでる。
だけど――
俺は知ってしまった。
“誰かに見られる”ということが、これほどまでに体を固くさせるのだと。
「なんか、顔赤くね? 熱でもある?」
「えっ、あ、いや……なんでもない」
瞬間、うまく笑えなかった。
目を逸らすようにして、先を歩こうとした。
だけど、足がうまく動かない。
悠真は、何も知らない。
だけど、その優しさが、逆に怖い。
変わり始めてる“俺”を、もしも完全に知ったら――
あいつはどうする? どう思う?
いや、違う。
怖いのはきっと、俺自身だ。
“知ってほしい”と思ってしまいそうな、どこか歪な気持ち。
“優しくされたい”と思ってしまいそうな、勝手な期待。
それを自分で否定できなくなってきていることに、俺は一番、怯えていた。
「……今日の帰り、ゲーセンでも寄る?」
「え? あ、うん……いいよ」
その返事も、どこか不自然だったかもしれない。
でも悠真は気づかないふりをして、いつものように、ちょっと前を歩いていく。
俺はその背中を、少しだけ頼りなく感じながら――けれど目を離せなかった。
──5日目。変化は、心にも、忍び込んでくる。
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