【第21話/42日目】 期末テストと、心の採点
教室の空気は、いつもより少しだけ緊張していた。
鉛筆の音。紙の擦れる音。誰かが咳払いをする気配。
夏を予感させる午後の日差しが、窓ガラス越しにじっとりと照りつけてくる。
――期末テスト、2日目。
「開始してください」
教師の声と同時に、問題用紙がめくられる音が教室中に広がる。
けれど俺の指先は、ペンを握ったまま、しばらく動かなかった。
(この問題、たしか過去問と似てる……よな)
わかってる。内容は、頭に入ってる。
教科書もノートも、ちゃんと見た。
けど――
脳のどこかが、上滑りする。
悠真の言葉が浮かんでくる。
遥香の笑顔がよぎる。
鏡に映る“自分じゃない誰か”が、シャツの奥で胸をふるわせている。
“成績”と“未来”。
以前なら、それだけが“自分の価値”を決めていた。
でも今は――
(そんなことより、“今の自分”がどこへ向かうのかの方が、ずっと怖い)
身体が女になっていく感覚。
心が、誰かを求めてしまう焦燥。
それらすべてが、点数なんかよりもずっとリアルで、ずっと重い。
シャーペンの芯がカリッと折れた。
焦りが一気に汗となって、首筋を伝う。
(何やってんだよ、俺……)
周りは真剣な顔で問題を解いている。
けれど俺は――“自分”と向き合ってしまっていた。
「陽翔、大丈夫か?」
試験後、教室を出ようとしたとき、悠真が声をかけてきた。
その一言に、妙に胸が詰まる。
「……全然ダメ。……集中できなかった」
「ま、そういうときもあるって。お前、いつも真面目すぎるし」
笑いながら言うその表情が、優しくて。
だから余計に、情けなくなった。
「悠真さ、もし俺が……もう、“男じゃなくなってた”としてもさ」
「……?」
「お前、それでも……今みたいに話してくれる?」
質問じゃなくて、祈りのような言葉だった。
でも悠真は、ほんの少しだけ目を伏せて、それから小さくうなずいた。
「たぶん、な。……俺にとっては、お前は“お前”だし」
その言葉に、胸の奥で何かが静かにほどけた気がした。
成績も、未来も、大事なはずなのに。
けど今の俺には、“誰かの言葉”ひとつで泣きそうになる自分の心の方が、よっぽど重要だった。
──42日目。“正解”なんかより、自分の“本音”が知りたかった。
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