【第20話/40日目】 このドキドキは、どっちのせい?
その日、悠真とふたりで話していたのは、たわいもないことだった。
テスト範囲の話とか、体育祭の出し物とか。
他愛なさすぎて、すぐに忘れてしまうような、何でもないやりとり。
けれど、その一言だけが――頭から離れなかった。
「陽翔ってさ、こうして笑ってるとき、けっこう可愛いな」
“可愛い”。
それは、男に対して使う言葉じゃない。
ましてや“昔からの友達”に投げるものでもない。
でも、悠真は何のてらいもなく、ほんの少し照れたように言った。
その瞬間、心臓が跳ねた。
胸の奥が、ぎゅっと締めつけられるように痛んで、
次の鼓動で、全身に血が巡ったのがわかるほど、熱くなった。
「っ……なにそれ、冗談か?」
「いや、真面目に。……最近ちょっと、見た目も仕草も変わってきたし」
「……バカ」
精一杯の拒絶だった。
けど、声が小さすぎて、たぶん悠真には届かなかった。
(可愛いって……それ、どういう意味だよ……)
笑って流せない。
気持ちを切り替えられない。
顔が熱いのは、気のせいじゃなかった。
(……いや、でも、これって……)
心が反応してるのか、身体が反応してるだけなのか、分からない。
たとえば、胸がきゅんとしたのは、“恋”なのか、
それとも女になりかけた身体が勝手に“ときめきを演出してる”だけなのか。
誰も答えてくれない。
鏡を見ても、声を聞いても、わからない。
ただ、ひとつだけ確かなのは――
このドキドキが、“止まってほしくない”と、思ってしまったこと。
それは“身体”のせいだけじゃない。
“心”も、もう戻れない場所まで来ている証拠だった。
「なあ、陽翔」
「……なに?」
「お前って今、幸せか?」
唐突なその問いに、言葉が詰まった。
幸せか? わからない。
男としての“普通”はどんどん遠ざかってる。
でも、こうして笑って、並んで歩いているこの時間が、
嫌いじゃない。……むしろ、心地いい。
だから俺は、少しだけ嘘をついた。
「……たぶん、ちょっとだけ、幸せかも」
──40日目。“自分”の境界が、ぼやけていく。
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