【第18話/35日目】 遥香がくれた、昔の手紙
それは、放課後の図書室だった。
誰もいない静かな時間。
窓から差す柔らかな光が、ページの上で淡く揺れていた。
「来てくれて、ありがとう」
そう言って席に座った遥香先輩は、制服の内ポケットから、ひとつの封筒を取り出した。
手触りはざらついていて、少し黄ばんでいた。
子どもが使うような、カラフルなシールが端に貼られていて――
「これ……」
封筒に書かれていた名前は、“はるとへ”。
震える手で受け取ったその封筒の重みは、紙の厚さ以上のものだった。
「わたしが書いたんじゃないよ。……あなたが、くれたの」
封を開ける。
中には、拙い文字で書かれた一枚の手紙が入っていた。
《はるかちゃんへ けっこんしたらいっしょにすんで、ずっとそばにいるから。やくそくするよ はると》
思い出した。
祠の前。
まだ字もろくに書けなかったころ。
木の下に座って、照れ隠しみたいにふざけながら書いた手紙。
「なんで……なんで、俺、これ……」
言葉が出なかった。
記憶は曖昧なのに、涙だけがじんわりと滲んできた。
「忘れてて、当然だよ。あの頃のことなんて、普通は忘れる」
「でも、私はずっと……忘れなかった」
遥香の声が、まっすぐで、揺れていた。
「あなたの声も、笑った顔も、札に書いたひらがなも。全部、私の中では“今”みたいに残ってる」
「だから、ずっと“あなた”を待ってたの。女になったあなたを、じゃなくて……“あなたそのもの”を」
何も言えなかった。
“変わってしまった自分”と、
“変わらずに待ち続けた彼女”。
その距離が、手紙一枚で一気に埋まってしまった気がして――心が、追いつかなかった。
「私、今のあなたが好き。……女の子になっていくあなたも、過去のあなたも」
「でも一番好きなのは、手紙を書いてくれたあのときの“真っ直ぐな気持ち”なの」
「だからもう一度、今のあなたが、誰を見て、誰を想うのか……教えてほしい」
微笑んで、遥香は立ち上がった。
テーブルの上には、まだ温もりの残る紙の手紙。
過去の“約束”は、もはや思い出ではなく、
“今”を揺さぶるほどリアルな、“恋”だった。
──35日目。忘れていた約束が、恋に変わった瞬間だった。
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