【第16話/31日目】 胸の重みと心の軽さ
「……やっぱり、もう隠しきれないかもな」
朝、制服のシャツを羽織った瞬間。
胸の膨らみが、布地越しにはっきりと主張してきた。
動くたびに揺れる感触。
階段を下りるだけでも、ブラの中で微かに跳ねる重み。
それはもう、“男の身体”の延長線ではなかった。
(こんな感覚……“俺”じゃ、知らなかった)
違和感というより、“異物感”に近かった最初の頃。
でも今は、もうそれが“自分の一部”になりかけている。
痛みでもない。
恥ずかしさでもない。
ただ、そこに“ある”ことが自然に思えるようになっていた。
洗面所の鏡を覗き込むと、髪は肩にかかるまで伸び、
輪郭も目元も、以前よりずっと丸みを帯びていた。
あれだけ男らしさにこだわっていたのに、
今はもう、その違いに驚くこともない。
そして気づけば――
「……おはよう」
鏡の中の“わたし”に、
自然と声をかけて、微笑んでいた。
(え……なに、今の……)
一瞬、自分で自分が怖くなった。
でもその反面、どこか肩の力が抜けていたのも確かだった。
学校に行くと、廊下で誰かとすれ違うたびに視線が触れる。
けれど、もう逃げるような気持ちにはならなかった。
「おはよ、陽翔。あ、髪、結んだ?」
「うん。最近うっとうしくて。……似合ってない?」
「……いや、なんか、いい感じ。女子力、高ぇな」
クラスの女子が笑いながらそんな言葉を投げかけてくる。
男子の一人が「おまえ、モテそうになってきてね?」と茶化してくる。
そのひとつひとつに、もう過剰に傷つくこともなくなっていた。
(たぶん――俺、“受け入れ始めてる”んだ)
変わっていく身体。
変わっていく周囲の扱い。
それでも、自分の“中心”が揺れていないと感じられた。
「変わったね」と言われても、
「うん」と応えられる自分が、もうここにいる。
──31日目。身体は重くなっても、心は不思議と軽かった。
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