【第15話/30日目】 もう“戻りたい”だけじゃない気がした
朝、制服を着る手が、やけにスムーズだった。
第二ボタンをひとつ残し、シャツの裾をスカートに――じゃない、スラックスに押し込む。
……そう、まだ制服は“男のもの”のまま。
だけど、ブラの締め付けに自然と身体が馴染んでいて、もはや着ないことの方が不安に感じるようになっていた。
(……慣れてきてる? 俺)
洗面所の鏡の前。
そこに映るのは、もう“あの頃の俺”じゃない。
頬は少しだけ丸みを帯び、髪も伸びて、声も柔らかくなっていた。
顔を歪めようとしても、それは“男の俺”の顔ではなかった。
(戻りたいって、思ってたはずなのに)
呪いが解ければ、元の身体に戻れる。
100日以内に誰かに“愛されて満たされれば”……それが条件だった。
けど、そのために頑張ってきたはずなのに――
最近の俺は、その“条件”を果たすことよりも、“今の自分”とどう付き合っていくかに意識を向け始めている。
「“女にならないように”頑張る」のではなく、
「“このままでも平気かも”って思い始めてる」自分に、ふと気づいた。
学校では、もう誰も明確に「おかしい」とは言わない。
けど、視線は変わった。
空気も、距離も、微妙に違う。
そんななかで、唯一変わらないのは――悠真だった。
「陽翔、お前ってさ。最近ちょっと、“余裕出てきた”よな」
「は? なんだよそれ、変な意味で言ってないだろうな」
「いやいや、いい意味。前はピリピリしてたけど、今は……うん、“肩の力抜けてる”って感じ」
笑ってそう言う悠真の目が、まっすぐで。
それが、嬉しくて――でも、苦しくて。
“今の俺”を、ちゃんと見てくれてる気がしたから。
それが、居心地よすぎて。
このまま、“男に戻ること”が怖くなりかけていた。
(もしかして……俺、もう“戻らなくてもいい”って思ってる?)
言葉にするのはまだ怖い。
でも、心のどこかで確かに、そんな声が響いていた。
「……変わっちまったな、俺」
誰に言うでもなく、そう呟いた声は、
自分の中で妙に澄んで、どこか優しく響いていた。
──30日目。“戻る”ことだけが正解じゃない気がしてきた。
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