表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/42

【第13話/25日目】 遥香の告白──「あなた、覚えてないのね」

昼休み、誰もいない旧校舎の階段裏。

少し埃っぽい空気のなかで、彼女は待っていた。


「……ありがとう。来てくれて」


結城遥香。三年生の先輩。

いつも落ち着いた笑みを浮かべていて、その目は何かを見透かしているようだった。


「話したいことがあって、ずっとタイミングを探してたの」


そう言って、彼女はスカートのポケットから、ひとつの小さな札を取り出した。

色あせた布の端には、かすれかけた筆跡が残っている。


――《けっこんしよう はると》


「これ……」


見た瞬間、息が止まった。

心の奥が、ギリギリと軋んだような痛みを覚える。


「やっぱり……覚えてないのね」


遥香の声は、どこか哀しそうで、どこか誇らしげだった。


「昔、祠で会ったの。まだ小学生だった頃。……あなた、私にこう言ったのよ。“大きくなったら、お嫁さんにしてやる”って」


思い出せない。でも、何かが、心の深い場所で反応している。

誰かと、手を繋いだ記憶。

笑いあった顔。

風に揺れる髪と、境内の匂い――


(……夢、じゃなかったのか)


「でもね、あなたは来なかった。祠に、約束の日に。札も破れて……私、ずっと、ひとりだった」


風も吹かないのに、心だけがざわついていた。

遥香の手の中にある、その小さな札が、なによりも重たく見えた。


「それでも、わたしは待ってた。もしかしたら、また会えるかもしれないって。……そして、再会したあなたが、“女の子”になろうとしてるなんて……ね」


遥香は、言葉を止めたあと、静かに微笑んだ。


「私、後悔してないよ。……だって今のあなたは、すごく綺麗になったから」


その一言に、胸の奥がじわりと熱くなった。


責められてるわけじゃない。

悲しみをぶつけられてるわけでもない。


ただ、“過去の自分”がしたことの重さが、ようやく今になって、心に降ってきた気がした。


「……ごめん。俺、ほんとに……覚えてなくて」


「ううん。いいの。思い出すのは、これからでも」


そして、遥香はひとつ息を吐いたあと、言った。


「私は、“今”のあなたが好き。……それだけは、ちゃんと伝えておきたかったの」


教室に戻るチャイムが鳴る。

でも、俺の中ではまだ、鐘の音よりもずっと深い“鼓動”の音が鳴り続けていた。


──25日目。忘れていたはずの記憶が、心を揺らし始めた。

この作品が面白い、続きが読みたいと思ったらブクマ・評価・リアクション・感想などよろしくお願いします。


続きを書くための励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ