9話 クラスメイト
「ええぇええ!? 皇伶と楽々東に会ったぁ!?」
次の日の昼休み。
いつものように、机を向かい合わせにくっつけて弁当を食べていると、誰一人として話していない教室に、銀鏡の声が響く。
「ちょっと、銀鏡さん……! 声大きいって……!」
「ごめん……! でもさ、人気も実績も急上昇中の二人組だよ!? ビックリすぎてさ……!」
「俺もそんな感じだったけど、ほら、みんなの視線がホントに痛いからぁ……!」
卜部と望月はいないが、御手洗ともう一人が、バッと二人を振り返る。
水色の髪で、前髪を雑にまとめて額を出し、俗に言う渦巻きメガネをかけた少年、乾ソラ。
彼は机の上に散乱した、ビーカーやら試験管やらを放り出すと、ずいっと身を乗り出した。
「伶殿と東殿に会ったんスか!? すごいっス! どんな感じでした? やっぱ、二級三級の特化隊員は、威圧感とかってハンパないんスか? あっでも、伶殿と東殿に会ったってことは、亜人と出くわして……? もしかして、戦ってるとこも見たんスか!?」
「あ、いや、えっと……」
「乾さん、街風さんが困っています。落ち着いてください」
瞳に星をたたえて、鼻がくっつきそうなくらい街風に詰め寄る乾を、御手洗がなだめる。
「そっスね。いやあ、すみません。悪いクセっスね、興奮すると我忘れちゃうの」
乾は、至近距離なことに今気がついたみたいで、なははと笑いながら頭をかく。
ようやく離れた乾に、街風は安堵の息をついて、椅子に座り直す。
「いいよ、ちょっとビックリしただけだから。御手洗さんも、ありがとう」
「いえ……」
「そうっスか! 初めて話したけど、純人殿はいい人っスねー! 自分、もっと早くに話せばよかったっス!」
「あ、はは。そうだねー……」
乾が街風の手を掴んで、上下にブンブン振る。
意外にも力強い事と、全く遠慮のないノリに驚きつつ、愛想笑いを浮かべる。
「萌華さー、さっき何か言いかけてなかった? ね、乾君」
「え? 自分っスか? いや、よく分かんなかったっス。純人殿は……」
銀鏡が、半ば強引に街風から乾を剥がそうとするも、彼は街風から目を逸らす事なく、上の空な返事。
銀鏡はこめかみに青筋を立てる。
「ね、乾君?」
「え、あ、はい……?」
(自分、何か怒らせることしちゃったっスかね?)
有無を言わせぬ迫力で銀鏡が再び問うと、乾はきょとんと首をかしげる。
何を隠そう、乾は壊滅的に察することが苦手なのである。
授業も休み時間も放課後も、机上に並べた実験道具が、その証拠だ。
銀鏡は、ハテナマークを浮かべて大人しくなった乾に、満足そうな笑顔でうなずいた。
「何言おうとしたの?」
「いえっ、その、大したことではないのですが……」
「いいよ、どんなことでも」
御手洗は、腹の前で手を組んで、迷うように口を横一文に引き結ぶ。
数分が経った後、やがて決意したようにきゅっと手を握ると、彼女はうつむいたままつぶやいた。
「あの、皇さんと楽々さんにお会いしたというのは、本当ですか……?」
「そうだけど……」
力の入れすぎで細かく震える御手洗に、三人は顔を見合わせる。
彼女は、街風の歯切れ悪い肯定に、赤らめた顔をパッと上げる。
「でっでは! その時のお話、詳しく聞かせてもらえないでしょうか……!」
三人は、もう一度顔を見合わせる。
「いいけど……なんでそんなに緊張してるの?」
「それは……だって、私のわがままですから……。街風さん達にはなんの得もないわけですし……」
「なんで? 御手洗さんが聞きたいことなら、俺達話すよ?」
「え……?」
「隠すことでもないし」
自分の中の、常識と真逆の事を言われたような反応。
御手洗は、驚いたように目を見開く。
「御手洗さん。俺達クラスメイトで友達でしょ? 知りたいことを聞くのは、お願いじゃなくてただの会話。くだらない事だって、わがままだっていい。俺達、普段からそんな大層な事ばっかり話してるわけじゃないしさ。それに、俺達は友達との会話に、利益なんか望んでないよ」
街風の言葉に、彼女はさらに目を丸くする。
「そーそー。友達と話すのに、そんな強張らなくていいんだって。何でも気軽に話してよ」
「自分も同意っス! ずっと肩に力入れっぱなしじゃ、疲れちゃうっスよ」
銀鏡が弁当を置いて、机の上に腕を組み、乾は胸の前で両手を握る。
御手洗は、放心したような表情で彼らを見つめる。
「私が……私のようなつまらない人間が……皆さんと友達……?」
「なあに言ってんの萌華! 友達に、面白いもつまんないも関係ないよ。光がなりたいって思ったら光の友達なんだから!」
得意げに言い切った銀鏡は、鼻から息を吹き出す。
御手洗は、まるで今まで見ていた世界が、鮮やかに塗り変わったように感じられ、瞳を輝かせる。
(何でも合理的にとしか、考えていなかったから、他の人への配慮が欠けていたのかもしれません。皆さんはずっと優しかったのに、私は正しいと思う事ばかりに執着して……。いけませんね、これではいつまで経っても、憧れの方に近づけません)
葉の上の朝露のような、淡く眩しい彼らに目を細めると、僅かに口角を上げてほほえんだ。
「ありがとうございます。なんだか……胸が温かさで満たされているような気がします」
「それ! 嬉しいっていうんだよ!」
「よかったっス! そうだ、お近づきの印にこれを……」
「乾君、ソレ何?」
「分かんないっスけど、たぶん危ないモノではないと思うっス」
「「いやそれアウトなヤツ」」
街風と銀鏡のツッコミが重なり、四人は顔を見合わせて笑い合う。
カンッ。
「ようそんなに口動かしてられんなあ。僕には無理やわ」