7話 特化部隊のエリート
どこからか飛び下りてきたであろう長髪の人が、着地の勢いそのままに、後ろから街風の肩を叩いた。
顎に手を当てて考えこんでいた街風は、ビクッと全身の毛を逆立てる。
(この服、特化部隊の······!)
全く気配を感じなかった。
「······うん? 君、その制服······対亜学校の生徒じゃん。学校からここまでの距離だと、とっくに家に着いてる時間のはずだけど」
彼は首をかしげた後、まあいいやと地面に転がる惨状を見下ろす。
「これ、君がやったの?」
「いえ、や······血降らしが倒しました。俺はただその、見てただけで」
「血降らしー? 見たの? 彼のこと?」
彼は片眉を上げ、疑わしそうに問う。
「見ましたけど······」
「まじで!? あの神出鬼没吸血鬼を!? すっげ。君、新聞に載るよ」
「はあ······」
「どんなだった? 身長は? 体格は? 顔の印象は? やっぱ血降らしって、別格に強いの? 俺も会いたかったなあ。······あ、まだ近くにいるんじゃね? いなくなったのいつくらい?」
一人で所々完結させつつ詰め寄る彼に、街風が圧倒されていると、背後に人が歩いてきた。
「いてっ」
「いい加減にしろ東。任務中だぞ」
彼は、東と呼んだ人の頭をスパンッと手のひらで叩く。
「ふぁーい。お母ちゃん」
「てめぇみたいなヤツ育てるとかだりぃ」
「えー、伶ちゃんひっどーい」
「はいはい。ウザいウザい」
東は諦めたように立ち上がって、伶の周りに纏わりつく。伶は面倒そうにあしらいながら、足元に広がる血溜まりを淡々と見下ろした。
「これ······お前がやったのか? 対亜学校の制服で、しかもそのバッジは新入生のだろ」
伶は街風の胸についたバッジに方眉を上げる。
特化部隊の隊員には十二の階級があって、数が小さくなるほどに、与えられる権限が多くなる。ほとんどの隊員は、対異能育成専門学校、通称対亜学校の卒業生で構成されており、学生も見習いということで、一番下の十二級のバッジをつけることが、校則で決められている。
特化部隊に入るには、様々な試験を突破し、八級以上のバッジを手に入れることが、必須条件である。
(赤茶の短髪の人が二級のバッジで、長髪の人が三級······!? 隊長副隊長クラスの人たちってことだ······!)
一級は全国で三人、二級は五人、三級は二十人もいないといわれている。エリート中のエリート。滅多に会えるような人ではない。
街風は頭の処理が追いつかず、餌を待つ鳥のように、口を開けて彼らを見つめる。
「違うよ伶ー。彼じゃなくて、血降らしがやったんだって」
「血降らし、だと? ······チッ、また亜人ごときに先を越されたか」
ショート状態の街風に代わって、東が答える。
血降らしのワードを聞いた伶は、不快そうに眉を寄せ、こみ上げるマイナスの感情を吐き捨てるように舌打ちした。
「伶の亜人嫌いは相変わらずだよなー」
「アイツらは屑だ。塵芥のゴミだ。自分以外は全て踏み台で、玩具で、どうでもいい存在だとしか見てねえ。嫌いにならない人間は、頭イカれてんだよ」
「毎度言いすぎなー。亜人でも何でも、先に始末しといてくれるならありがたいじゃん。被害拡大も抑えられるし。俺達は片付けだけでいいんだぜ?」
「亜人に先越されるくらいなら、全身傷だらけ血だらけになったって、自分でやった方がマシだ」
「ブレねーなあ。······ま、いいけどさ」
鮮血の巨大毛玉を軽蔑の目で見下ろして、伶が言い放ち、東は慣れたように苦笑を浮かべる。
「重度の亜人嫌い······もしかして、絶対的狩人の皇伶さん!? ってことは、百発銃の楽々東さん!?」
「あちゃあ、バレちゃったか。やっぱ分かる? この、隠しきれないキラキラオーラ······」
「調子に乗るな」
楽々がおどけたように身をくねると、皇が後頭部をはたく。
一方の街風は、今注目の特化部隊員に目を輝かせる。
「別に、隠れて活動してたわけじゃねぇから、バレたも何もないんだが······」
皇は居心地悪そうに身じろぎすると、コホンと咳払いした。
「あーその、アレだ。悪かったな、巻きこんじまって。もう暗くなるし、俺らも後片付けするから、早く帰れ。家の人も心配してんだろ」
「あ、はい!」
街風は興奮に似た、心臓の拍動を胸に、勢いよく立ち上がり、満足顔で踵を返す。
鞄は玄関の方に置いてきちゃったっけ、などと呑気に考えながら、家の角を曲がろうとした時だった。
「あ、そうだ。お前、名前は?」
皇が、ふと思い出したように呼び止めると、街風は弾かれたように振り返る。
「街風純人です」
「ふーん。純人、気をつけて帰れよ」
「っ······! はいっ!」
街風のパッと花開くような笑みに、皇は首に手を当て、谷型に口を結ぶ。
「伶きゅん、照れてんのー? かっわいー」
「っるせえ。黙れ」
「あてっ」
にやにやと、からかいに顔を緩ませた楽々が、腰を折って皇を覗きこむ。
皇は、そんな楽々の額に軽くデコピンし、亜人の骸の傍にしゃがみこんだ。
仏頂面で、掃除用手袋とマスクを着用すると、隊服の下から黒いビニール袋を取り出す。そして、亡骸を雑に引きずって中に押しこみ始めた。
「ごめんってば、伶ー」
黙々と手を動かす皇の隣にしゃがみ、同じく隊服の下から、白い粉が入った小袋を取り出して、地面に振りかけた。