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23話 まだ始まったばかり

「八崎君! 待って!」


 下校時刻の昇降口。


 STが終わるなり、即行で教室を出ていった八崎を追って、街風と銀鏡は階段を駆け下りていた。


 が、八崎は声など聞こえなかったかのように靴を履き替え、急ぎ足で校舎を出ていく。


「なんであんなヤツに必死になるの? 知り合い?」

「ううん、友達」

「友達……? へ、へえ。いつから?」

「一昨日からかな」

「一昨日……一昨日!? そんな偶然あるんだ……」


 靴も半端に駆け出した街風に、置いていかれる事なく銀鏡が続く。


 友達なのにこんな鬼ごっこ状態になるなんて、ケンカでもしたのかなと思ったのは必然だろう。


「待って八崎君! 一緒に帰……」

「離せよ」


 八崎の肩に置いた手を、彼は間髪入れずに払う。


 肩越しに睨む、彼の瞳は紅の宝石のようで、街風は咄嗟に言葉が出なかった。


「ちょっと、その言い方はないんじゃないの? 他に断り方あるでしょ」


 銀鏡が街風を押しのけて、八崎を睨み返す。


「知らねーよ、そんな事。俺は誰ともつるむ気はねぇ。話しかけんな」

「あのさあ……!」

「銀鏡さんストップ……!」


 一歩詰め寄った銀鏡を慌てて引き戻すと、街風は気持ちを切り替えるように息を吐く。


「あの日、俺達が出会った日、無理に近づいたりしてごめん。苦しい思いをさせてごめん」


 バッと頭を下げた街風に、八崎は首をなでて、正面から向き合う。


「許してもらえるなんて思ってない。本能的衝動に抗うって事、どれだけ辛いか俺には分からないけど、並の精神力じゃできないって、楽々さんに聞いた。本当にごめん」


 数秒後、八崎がため息をつく。


「地面ばっか見てんなよ。顔上げろ」


 顔色をうかがうように街風が頭を上げると、彼は触れれば凍ってしまいそうな視線で、街風を見下ろしていた。


 街風は、中途半端な姿勢で固まる。


「そんな事はどうだっていい。許す許さないの次元じゃない。……ただ、お前がどうしても許しを乞うなら、今後一切俺に近づかないって事で手を打ってやる」

「それは……」

「できないだろ。そういうヤツだもんな」


 図星だ。


 ぐっと言葉を呑んだ街風に、例えば、と八崎が切り出す。


「俺がまた吸血衝動に陥ったとして、お前はどうする? 放っておけるか? 無理だろ」

「……うん」

「何度も俺が抑えられるとは限らない。その時はお前、死ぬんだぞ」

「分かってる」

「何をだよ。……話にならねぇな」


 八崎はフードを被って踵を返す。


 街風達を切り離すように、塀を介して屋根の上へ跳ぶと、思い出したように彼らを見下ろす。


「俺は誰ともつるむ気はねぇからな。世話焼いてくんなよ、迷惑だ」

「断る!」


 捨て放って帰るつもりだった八崎は、打って変わって強い眼光に、呆気に取られる。


「八崎君がどう思ってても、八崎君は俺の友達だから。話しかけるし、苦しいなら助けになるよ」

「っ!」


 八崎は街風の瞳に、心の内を見透かされているような気がして、一歩後ずさる。


 さっと身を翻すと、逃げるように家の向こう側に跳び下りていった。


「……純人?」


 八崎が消えた先を見つめて、動かない街風。


 銀鏡が彼を心配そうに覗きこむ。


 途中から話が全く分からなかった彼女は、色々と聞き出す気満々だった。

 だが、覗きこんだ街風の表情が、どこか寂しそうで、銀鏡は開きかけた口を閉じる。


「ね、早く帰ろ? (れいん)、お腹空いちゃった」

「え? ああ、ごめん。ほったらかしにしちゃってたよね」

(れいん)の事はいいの! それよりほら、今日の校長先生すごかったよね。全部一人で担当してさ。しかも、専門の先生かって思うくらいの完成度だったし」

「噂には聞いてたけど、本当だったんだね。俺も、二時限目も校長先生がいたから、びっくりしたな」

「分かるよー。(れいん)達だけじゃなくって、皆、えって感じだったし」


 銀鏡が促すように歩き始めると、街風も横に続く。


 いつもの帰り道。


 赤く燃える夕日は、スポットライトのように彼らを照らしながら沈んでいく。


 地平線まで伸びる、無機質な道路に人影はない。

 傍らに並ぶ灰色の豆腐家も、相変わらず無愛想だ。


 いつも通り。今までの通学路と、なんら変わりはない。


 しかし、八崎と出会った家の前を横切る時、凛と咲き誇る花々が目に入り、ここから妙な二日間が始まったのだと、懐かしい思いにふける。


 ーーそう、きっとまだ、始まったばかりであると。

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