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22話 転校生

「すっ……みませっ……! おそく、なっ、て……っ!」


 チャイムと同時に、教室に駆けこんだ街風。


 今にも倒れそうな程、浅く速く息継ぎし、足元がおぼつかない。


 普段は十分前には、銀鏡と共に着席しているので、奇怪の目が彼に集中する。


 なぜこんな時間になったのかというと、お察しの方もいるだろうが、寝坊である。


 夜十時に寝て、朝五時に起床する。

 このルーティンを崩してしまったが故に、起きたのが八時前。


 時計を見て飛び起きた街風であるが、最速で用意を済ませても、学校までは三十分弱かかる。

 どう頑張っても間に合わないと判断した彼は、肺が焼き切れるのではないかと思う程の全力ダッシュで、所要時間を半分に巻き、こうして絶え絶えになりながら、遅刻を回避したのだ。


 ちなみに街風母は、偶然朝早くの出勤だったようで、既に家にはいなかった。

 机の上には置き手紙が、呆れたようにしなびれていた。


「ごめんね、純人。来なかったから置いてっちゃった」

「ぜんぜん、いいよ……っ。むしろ置いてって、ほしぃ……」

「あはは、瀕死だねー。眠そうだし……珍しいね? なんかあった?」


 席に着くなり机に伏せた街風を、銀鏡が心配そうに見つめる。


 言葉にするのは彼女だけだったが、優等生の珍行動に、その場の全員が耳をそば立てていた。


 満足に開かない目をしょぼしょぼさせ、街風は首をもたげる。


「昨日の夜……」

「遅れてすまない。STを始める」


 カツカツとヒールの音を立てて、教室に入ってきた人物に、皆が目を点にする。


 一段上でしか見た事がない、そもそも来るはずがない。


 廊下を歩いているところさえ、生徒の誰も見た事がなく、校長室に住んでいるという噂がある程だ。


「久留米は謹慎中だ。よって代理に私が来たわけだが、今日は普段通りだ。特別な連絡はない。何かある者はいるか?」


 艶やかな夜色の髪を高く結い上げ、一度目が合えば、容易に萎縮させられそうな鋭い眼光。

 すらりと背が高く、どこかの格闘大会での優勝経験もあるのだとか。


 生徒の一部では、踏まれたいという声もあるとかないとか。


 しかし、一クラスの担任代理が校長というのは……他に誰もいなかったのか。


「……ないな。では、転校生を紹介する」


 ざっと一周見回した校長は、教室の扉に視線を移す。


 テンポが早すぎやしないかと思うのは、久留米と比較するからか。


 ザワつく間もなく、教室に誰かが入ってくる。


「八崎君……!?」


 思わずつぶやいた街風に、ちらりと校長の視線が向く。


「今日からこのクラスに入る、吸血鬼族の八崎だ」

「「「「「吸血鬼族(っスか)!?」」」」」


 街風以外は驚いた声を上げ、振り向き、物を落とし、軽いパニック状態に陥る。


 吸血鬼族といえば、残虐非道。当然の反応である。


 「静粛に!」


 校長の吠えるような一喝に、一斉に口を閉じる。


 怯える者に、敵意剥き出しの者、好奇心が溢れている者。


 彼らを見回し、校長はゆっくりと話し出した。


「安心しろとは言わない。受け入れる事も強制しない。君達の反応が一般的だ。八崎にも、前もってそう話してある。ただ、彼は私達にとって重要参考人である上に、戦力にもなり得る。要するに大人の事情ってやつだが……まあまた何かあったら、相談に来るといい。以上だ」


 今の話だけでは到底納得できないという空気を無視して、黒板に正方形を数個書き始める。

 縦横三マスずつだ。


「せめてもの配慮として、席替えを行う。希望がある者は挙手を」


 間を空けず、二人の手が上がる。


「九石久遠」

「はい。僕はその吸血鬼の後ろがいいです。一挙手一投足、全て見えるように、な」


 九石は不敵に口元をゆがませた。


 一言多くないかと、街風はむっとしたが、言い返したい衝動を抑える。


「次、卜部仁之介」

「俺は隣がいい。で、コイツは俺の前」


 卜部は望月を指さす。


 望月が何も言わないので、肯定と受け取ったのだろう、校長は話を進める。


「了解した。八崎もいいな?」

「ああ」


 八崎が無愛想にうなずいたのを見て、校長は四角に名前を入れていく。


 前列廊下側から、望月、街風、銀鏡。

 中列、卜部、八崎、御手洗。

 後列、風間、九石、乾、に決まった。


「移動!」


 一拍手を合図に、各自新しい席へと移動を始める。


「何見てんだ」

「あ? 見たら悪いかよ」


 着席するなり早速八崎と卜部が牽制し、睨み合う。


「そこの二人! 指導対象になりたくなければ、問題を起こすな!」


 止めに入ろうと振り返った街風より早く、校長が注意する。


 渋々といった感じではあるが、一旦落ち着いた様子に安堵の息を吐いて、座り直す。


 校長は呆れたため息をつくと、クリーナーで文字を消す。


「切り替えろ。一限目は数学だ。八崎は渡したプリントを出せ」


 始業のチャイムと共に、校長は黒板に文字を書き始める。


 驚いたのは、校長が本当に勉学も実技もできる、オールラウンダーだという事くらいで、その日は円滑に終わった。

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