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20話 阿久良

 曇りなき丸い空に、金粉が散りばめられて数分後。


「おいっ! 何かねぇのか!? お前、亜人の捕獲得意だろ!?」

「無茶言わないで下さいよ! 僕は捕縛が得意なのであって、有効範囲外には何もできないんです!」 

「くそっ、使えねぇな!」

「そっくりそのままお返しします。皇さんこそ、何も案はないでしょう!?」

「ったり前ぇだ……あ?」


 空中に逃げられて、成す術がない故に、二人は互いに八つ当たりしていた。


(なんだあれ……? 落ちてくる……?)


 真上から落ちてくる何かに気づいた皇が、目を細めて凝視する。


 濁流のように止まらなかった皇の口が閉じたのを見て、久留米も空を見上げる。


「「吸血鬼……!?」」


 直後、落下してきた吸血鬼を、飛び退いてよける。


 舞い上がる砂と突風を腕でかばいつつ、臨戦態勢を整える。


「……来ませんね」

「ああ……」


 土煙が晴れても、吸血鬼は一向に動きを見せない。


(罠か……?)


 疑問を抱いた二人は、警戒しながら落下地点に近づく。


「な……っ!?」

「これは……!?」


 そこには、あのあどけない吸血鬼はおらず、代わりに燃え切った炭が転がっているだけだった。


(なんだコレは……? かろうじて残ってるマントのおかげで、あの吸血鬼だという事は分かるが……。なければ判別も何もねぇ。顔も四肢も溶けてくっついてんのか? パーツの見分けがつかねぇし、生気も感じねぇ)


 久留米が指先で、吸血鬼のどこと分からぬ場所をつまみ上げる。


「軽っ」

「は? 貸せ」


 タオルでも奪うように、吸血鬼を掴んだ皇は、風船のように中身のない軽さに目を開く。


(馬鹿な……。こんなので俺らを吹っ飛ばせるわけがない。上で何かあったか……? だが、純人が吸血鬼をこんな風にできるとは思えねぇ)


「何が起こって……」

「呼んだか?」

「「っ!?」」


 背後に突然現れた気配に、バッと振り返る。


「純人……?」

「街風君……?」


 静かにたたずむ街風に気を緩ませかけたが、得体の知れぬ違和感に、じっと街風を観察する。


 アレは街風ではなく、他のナニカなのだと、ある意味特化隊の察知機能のようなモノが、本能に訴えかける。


「そんなに警戒するな。残念ながら今は小僧ではないが、余に敵意はない」


 ナニカは両手を上げる。

 しかし、隙は見せない。


「お前は誰だ」

「鬼族の阿久良」

「純人に何が起こってる?」

「そうさな……。簡単に言えば、契約による亜人化よ」

「ならコレは、お前がやったんだな?」


 皇が吸血鬼を肩まで持ち上げると、ナニカーー阿久良は鷹揚にうなずいた。


(やっぱりな……。俺ら二人で仕留めるはずの吸血鬼を、傷一つ負う事なく戦闘不能にしたのはすげぇ。さすがは亜人といったところか。しかし、強力故に危険度も高い。このまま見逃していいのか? 到底敵うとは思えないが、何もしないっていうのも……)


「……では、余は引く。小僧を頼んだぞ」

「は? ちょっ、待……っ!」


 阿久良の体が炎に包まれると、街風の姿は戻った。


「っと、危ない。……寝ていますね」


 倒れる街風を受け止めた久留米は、彼を地面に寝かせる。


 そして、彼の脇腹を指でつつくと、本当に治っていると驚嘆の息をついた。


「おい、無理に起こすなよ」

「大丈夫ですよ。そう簡単に起きませ……」

「ん……」


 まぶたをぎゅっとすぼませた街風に、二人の視線が集まる。


「自然に起きたんです。偶然タイミングが合っただけ……早まらないで下さいぃ」


 猫が獲物を狙う時のような視線の皇と、全力で視線を逸らす久留米。


 街風が目を覚ますと、一方的な圧攻撃が行われていた。


「……俺、元に戻ったんですね」

「え? ……ああ、そうですね」


 街風は自分の体を見下ろすと、八崎の方を見る。


「八崎君は……」

「無事だ。すげぇ回復力で、傷がもう塞がってた」

「そう、ですか。よかった……!」


 心底ホッとしたように顔を緩ませると、腕で地面を押して、上半身を起こした。


 そして、皇の手元を見る。


「皇さんが持ってるソレ、あの吸血鬼ですよね」

「そうだが……どうして分かった?」


 級を持っていないはずなのに、吸血鬼と断定するには大分厳しいはずである。


 街風は自分の両手に目を落とした。


「少しだけ、断片的に記憶があるんです。表に俺の意識は出ていないとしても、夢を見ている感覚ですけど、俺は確かにここにいたんです」

「なるほどな。つまり、阿久良は純人で、純人は阿久良ってわけか。……やりづれぇ」


 皇はチッと舌打ちすると、誰にも聞こえない声でつぶやいた。


「阿久良?」

「街風君のもう一つの人格の方が、名乗っていたんです。鬼族については、書物にもあまり書かれていませんし、詳しい事は何も分からないのですが……」


 ザアー、キキッ。


 空き地を封鎖するように、大型トラックが止まる。


「伶ー、久留米さーん、街風くーん」


 運転席の窓が開いて、ハンドルを握った楽々が片手を振る。


「随分派手にやったなー……って、ソレ一級の吸血鬼!?」

「ああ。気づいたらいた」

「ウソだろ……しかもその異能痕……」


 信じられない物を見るように目を見開くと、無意識に(りき)んだのか、左手で握ったハンドルを粉砕する。


「東?」

「っ! ごめん、俺の問題だ」


 楽々はハッと我に返ると、表情を隠すように右手で顔を覆い、深く息を吸う。


 ふーっと肩を下ろすと、やんちゃな笑顔に早変わりした。


「さっさと乗れよ。街風君は俺の隣ね。伶と久留米さんは、その吸血鬼と八崎君と一緒に後、ろ……」


 未だにうなだれて動かない八崎。

 大雨の後みたいな血溜まり。


「……伶、彼を殺しちゃダメだって、あんなに言ったのに」

「死んでねぇし、俺じゃねぇ」


 顔色を変えた楽々の言葉を、皇は不服そうに否定する。

 が、それでもやりかねないというのが、皇に対する意識である。


「久留米さん、八崎君お願い」

「了解です」

「は?」

「伶は一級吸血鬼ね」


 心外だとでもいうように楽々を睨む皇であったが、特に何を言う事なく、トラックの後方に歩き出す。


 自分も乗りこまなければと、街風が立ち上がった時だった。


「は……っ!?」


 皇の服が台風の最中のように、激しくはためいたと思うと、手の中から炭塊が消えていた。


 何が起きたのかと考えるより早く、背中にくぐもった声が届く。


 八崎の方からだと、反射的に振り返る。

 そこには、引っ張りこんだのか、久留米の腕を掴み、血溜まりから檻のように生える血槍に囲まれた、八崎の姿があった。


 よく見るとその一本に、肘から下と思われる腕が突き刺さっており、何者かからの襲撃である事は間違いなかった。


「誰だッ!」


 皇は街風の横で周囲を鋭く見回し、久留米は職人のような早業で八崎を鎖で縛り、背に負う。


「あーもう、何やってんだよ! 俺はコレ取り返したのにさあ。ホント勘弁してよ」

「私は囮なのよ。最優先のブツを回収できたんだから、役割はきちんとこなしたわ」

「今考えたでしょ」

「そんなわけないじゃない。馬鹿な事言わないで」


 幼い男児と女児が言い争う声が聞こえるが、ホールの中のように反射し重なり合って、正確な方向は分からない。


 しかし、一定の間隔を置いて響く翼の音に、吸血鬼である事は分かった。


「まあいいわ。私が間違っていない事は確実なのだし、もう帰りましょう」

「ホント曲げないなあ……。そんなんだから、俺以外に話せるヤツいないんだよ」

「うっさいわね! いらないわよ、そんなモノ」


 同時に羽ばたく音が反響すると、段々と音が遠ざかっていく。


「おい待……!」

「友達いるから!」


 耳飾りの吸血鬼の言葉を聞いてから、言わなければと思っていた言葉を口にする。


 相手がどこにいるかも分からないが、どこにいても聞こえるように、街風は腹一杯に息を吸う。


「俺、八崎君の友達だから! 君が知らないだけで、八崎君は本当はすごく優しいんだから!」

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