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19話 好奇心と探求心

(え……?)


 ガラガラガラッ!


 間髪入れずに左右で崩れる、石の音に目を向ける。


 そこにはコンクリの破片に埋もれた二人が這い出てくる姿があった。


「先生! 皇さん!」


 顔をしかめつつ頭を出した皇は、街風を見て表情を強張らせる。


「バカッ! よそ見してんじゃねぇ!」


 ハッと吸血鬼に視線を戻すも、見当たらない。


「下下ぁ」

「っ!? ぐっ……!」


 視界に捉えた時にはもう遅く、ほぼ同時に、吸血鬼の手が街風の首を掴む。

 そのままロケットのように、上空へと飛び立つ。


「はな、せ……っ」

「やっぱ鬼族って頑丈ぉ。解剖しても生きてたりするのかなぁ。こっから落としても、死ななかったりしてぇ。あぁ……っ、未知っていいなあ!」


 雲に手が届く位置で止まると、吸血鬼は腕を水平に構えた。


 手を掴んで抵抗する街風を、実験体(マウス)を見るような目で舐め回す。


「僕ねぇ、君が欲しいなぁ。僕のモノになってよ」


 まるでブリキの玩具(おもちゃ)が欲しいと。

 子供のように目を輝かせて言った。


「悪いけど、君みたいな吸血鬼は好かないんだ。他を当たってくれるかな」


 街風は無理に口角を上げる。


 頬が痙攣して引きつっているが、こんな状況なので気づいていない。


「……へぇ、そう」


 吸血鬼は光が消えた目を細める。


「ならいいや」

「ぁ……ッ!」


 木の枝がへし折れるような音が重く鳴り、街風は一瞬のけぞって固まる。

 ぷつりと糸が切れたように腕を垂れ、そのまま動かなくなった。


 吸血鬼は彼を引き寄せ、下から覗きこむ。


「鬼族も案外脆いモノだなぁ。首砕いたくらいで死ぬとか、研究甲斐がな……」


 死んでも実験には使えるだろうと、背の翼を広げた時だった。


 吸血鬼が掴んだ街風の首が、緑炎のマフラーのように燃え上がる。


 自分も燃やされかけないと、慌てて街風を放り投げると、彼はそこに足場があるかのように宙に浮いた。


「わーお……」


 四肢には蛇のように緑炎が巻きつき、二対の角は炎に包まれ、風に揺れる髪の下の三つ目の瞳が開眼している。


 吹けば消えてしまいそうであった数個の鬼火は、倍以上に燃え盛り、吸血鬼など一瞬で呑みこめてしまえそうな程だ。


 吸血鬼は好奇心に瞳を輝かせた。


「余を起こしたのはそなたか。全く、小僧も無茶をする。まだ壊れてしまっては困るというのに」

「君は?」

「余か? 聞いてどうする」

「別にぃ? ただの興味だよ」


 仮にも王の側近故に、力量差を読み取れない程愚かではなかった。


 一度はばたけば、本能に抗えぬまま尻尾を巻いて逃げ出してしまうだろう。


 しかし、コレは滅多に出会えない珍種。


 吸血鬼らしかぬ探求心が焦れて仕方なく、欲しいと思う素直な欲求で身が千切れてしまいそうだ。


 その場を離れるなど、到底考えられなかった。

 否、しなかった。


「興味……興味か。クククッ」


 街風ーー否、ナニカーーは三つの目を細めて手を口に当て、肩を揺らす。


「何がおかしい」

「いや、すまぬな。そんな物で命を落とす輩を思うと、哀れで仕方なくてな」

「ふーん……」


 ナニカの言葉に眉を上げた吸血鬼は、不機嫌そうに表情を消す。


「僕も、鬼族のプライド折っちゃったら、ごめんね?」

「気にするな。そなたは全力で良い」

「後悔しても知らないよ?」

「誰に物を言っている」


 ナニカが不敵に鼻を鳴らすと、吸血鬼は奥歯をかむ。


 一拍置いた後、両者同時に姿を消し、衝突波で空には巨大な穴が空いたのだった。

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