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11話 大量失血

血降らし(ブラッディレイン)の事は、俺達も前から追ってたんだ。なんせ、単独での亜人狩り。どれも人間が殺された後だけど、まあそんなの、待ち伏せでもしてないと無理だしな。しょうがないんだ、そこは。でも問題は、騒ぎが大きくなりすぎた事」


 楽々は、もう一度紅茶をあおって口を湿らせると、カップを置いて、机上のポットからおかわりを注ぐ。


「吸血鬼国が難癖つけてくるようになってさ。俺達特化隊は国の防衛部隊だから、渋々了承得てるけど、一般の人間が吸血鬼族を殺して回ってるって。これを口実に、国が動きそうなんだ。まったく、都合いいよな。普段は自分以外どうでもいいってムーブかましてんのに」


 笑顔は崩さずとも、段々と所作が荒々しくなっていく楽々に、街風は慄きつつ背筋を伸ばす。


 ヤケ酒するみたいに紅茶を次々とあおる楽々は、もう冷静に話ができる雰囲気ではない。


「……とまあ要するに、俺らは血降らし(ブラッディレイン)の確保を最優先に動いてたんだが、事を片づけんのが早すぎて、誰も遭遇すらできない。確保後は勧誘するなり保護するなりする……つもりだった」

「つもり、だった?」


 嫌な予感がする。


 街風のかすれたオウム返しに、皇が深刻そうにうなずく。


「これを見てくれ」


 皇が隊服の懐から取り出したのは、手のひらサイズの丸いプラスチック板。

 半透明で、中央部分が四角く凹んでいる。


 彼はそれを机の中心に置くと、側面に設置されたスイッチを押す。


「なっ……!?」


 ヴィンと音を立てて、宙に映し出された二次元の画面に、街風は言葉を失って見入る。


 上か下かも分からなくなるような、一面淡々とした白い空間。

 天井に備えつけられたカメラからであろう、斜め上からの映像には、猛獣を捕らえておくような、太い鉄格子。


 その中には、黒い石のようにうずくまった人が、力なく転がっていた。


「八崎君!」

「へえ。八崎っていうんだ、コイツ」


 街風が机に手をついて立ち上がると、楽々は獲物を見定めるように八崎を見つめる。


 胸から湧き上がってくる情動に奥歯を噛むと、キッと皇と楽々を睨んだ。


「なんでこんな……っ! 八崎君が何をしたっていうんですか!」

「まーまー、落ち着けって。言ったろ、国が動く問題だって」

「落ち着けると思いますか!? 確保っていいましたよね。だったら、こんなになるまでやらなくても……!」

「俺達だって、できるだけ穏便に済まそうとしたってば」

「これのどこが!」


 ふーっふーっと、鼻息荒く責め立てる街風の剣幕に、楽々は頬を引きつらせる。


(おっかしいなー。純粋で大人しい子だと思ってたんだけど)


 第一印象とはあまりにもかけ離れた、彼の変貌様。


 楽々はどうなだめようかと、頭をかいた。


「……何お前。亜人なんかに感情移入してんの?」

「感情移入じゃない。俺と八崎君は、友達です」

「ふーん。友達、ねぇ……」


 皇は、膝の上で気怠そうに放り出していた腕を持ち上げると、映像媒体の窪みに指先を触れる。


 凄まじい速さで逆再生していく映像を、三人で凝視する。


 おもむろに皇が手を離し、一瞬止まってから映像が再開した。


 淀みなく流れ出す映像に、街風は目を見開いて息を呑む。


「っ!」


 鉄格子の外側を歩く、白衣を着た人。

 その人の手には、数個の血液パックが乗ったお盆が握られていて、八崎が入れられた檻の前で足を止めた。


 ガシャンッ!


 部屋の奥隅で丸くなっていた八崎が、かき消えたと思うと、同時に鉄格子の悲鳴。

 研究員らしき人は、お盆を取り落として尻餅をつくと、必死に腕を動かして、画面外へと逃げていった。


「お友達の堕ちた姿見て、今どんな気分だ?」


 皇が、愚かな者を蔑むような目で言い放つ。


 画面内の八崎はしばらくして、格子から飛び降りると、元いた場所に戻っていく。


「ちょっと伶、やりすぎ」

「っるせえ。現実見せただけだろうが」


 楽々が鋭くとがめると、皇は反抗的に睨み返す。


「分かったか。人間と亜人の友情なんて成立しない。ヤツらからすれば、人間は搾取対象の餌だ」


 皇は馬鹿にするように鼻を鳴らす。


 しかし、街風はそんな彼に構わず、じっと八崎の事を見つめていた。


(違う。八崎君はそんな人じゃない。笑顔がすごく温かい人なんだ)


 まばたきさえも惜しむような食い入り様に、皇はつまらなさそうにそっぽを向いた。


血降らし(ブラッディレイン)は昨夜、街風君と会った場所から、東に七百メートルくらい離れた所でうずくまってたのを、部下が発見したんだ。俺達が駆けつけた時には、彼は既に我を失っていて、少しでも周囲の血溜まりに近づけば、血の槍で串刺し攻撃。こっちも負傷者続出だったから、やむを得ず気絶させて運んだんだ。ただ……ちょっとだけ手こずっちゃってさ。深手、負わせちゃったんだ」


 楽々は街風の顔色をうかがいつつ、慎重に言葉を選ぶ。


「吸血衝動が限界なんだろうって事で、血液パックを持っていってるんだけど、毛をつける気配ゼロなんだよなあ。このままだと彼、血液不足で死んじゃうんだよね。それは、被害拡大を抑えてくれた恩もあるし、彼の力も惜しいしで、俺達も避けたいんだ。街風君さ、何か知らない?」


(なるほど、それが本題か)


 巻き戻して流れている映像の日時は、今日の朝六時頃。


 八崎の状態が右肩下がりに加速中なので、唯一血降らし(ブラッディレイン)と接触している、街風に当たってみようと、特化隊研究部で決まったのだ。


 街風は、上体を垂直に落とすように座り直すと、顎に手を当てて映像を観察する。


(重度の吸血衝動……血の失いすぎ……。血液を体内に取り入れないと死ぬ事くらい、八崎君も分かってるはず。っていうか、本能的に生きる事を優先するはずだから、意思に関係なく、血液パックを飲むのは当然。となると、本能に抗う程の意志の強さ?)

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