第8話:初陣
「大変だ! 敵……が?」
慌てて野営地へ帰って来たフリオだったが、ただならぬ気配に思わず止まってしまった。そして状況を一瞬で確認し、困惑する。人が死んでいたことに。
「敵が、何ですか?」
何事もないようにライラに問われ、今はそれどころではなかったとハッと我に返り報告を続ける。
「この近くを約2000程の敵兵が向かってきています!」
その報告に新人騎士達は焦りと戸惑いからざわついた。そんな騎士達を尻目にライラは不敵に笑う。
「うふふ。やはり来ましたか。この場所に野営して正解でしたね」
「え!? だ、団長、どうするんすか!? 俺達800人くらいしかいないっすよ!?」
エルトの言葉に皆が青ざめ黙り込んだ。ライラは話しやすくなった状況にまたも笑い話を続ける。
「あなた方は何のために騎士をしているのです? もちろん敵を殲滅させますよ。この800人で」
「無茶だ!! どう考えたってありえないだろ!? それに俺達はまだ経験が浅いんだ!! あんたの事だって信用できるか!!」
興奮しながらもエンディーがまるで騎士団を代表するかの様に叫んだ。そんなエンディーに皆が同意するように黙ってうつむく。だがフリオだけはライラの指示を待っていた。
「団長。何かお考えがあるのでしょう? あなたは敵がここへ来ることを予期されていました。我々が何をするためにここに置かれたのかお聞かせください」
フリオの真剣な問いに皆の心が少し傾いた。確かに主力から離され新人だけの構成でこの場所に置かれた意味が少なからず気になった。それは先程まで興奮していたエンディーも一緒だったようで、黙ってライラを睨んだ。そんな騎士達にライラはまたも不敵に笑い話を続ける。
「手短に説明します。あの敵は明日、主力の戦闘においてお父様の側背を奇襲するための別動隊です。敵は長い戦闘を終わらせるために必ずこの場所を通って奇襲待機ポイントまで行くとわたくしとお父様は読み、先手を打ってここに隠れて布陣したのです。だから、夜は火を使わせなかったでしょう?」
その時初めて皆が顔をしかめ納得した。このクソ寒い中、火を使うなとグランツに命令された時は疑問と不安が同時に浮かんだが、そういう事だったのかと。だったらそうだと説明してほしいものだ。
「説明すれば怯えて逃げ出す愚か者もいるのであえて説明しませんでした。そしてあなた方はお父様の騎士団に入隊するための最後の試練として、わたくしと共にここに置かれたのです。さぁ、どうしますか?」
この状況で楽しそうに笑うライラに皆が考え込んだ。帝国一誉れ高い騎士団に入る事の難しさを痛感する。
「俺は! やるっす!! ケディック騎士団に入るために田舎からはるばる来たのにここでやめるなんてありえない!! 俺は団長に従うっす!!」
重苦しい雰囲気を打破するようにエルトが元気よく宣言した。
「俺もあなたに従います。ケディック閣下の恩に報いるためなら何だってする覚悟です」
フリオも目を輝かせ、そして力強くライラを見つめる。
「……!! あぁ!! もう!! しょうがねぇな!! 確かにここで逃げたら顔だけしか取り柄がないとか言われそうだもんな!! 俺もあんたに従うよ」
エンディーの覚悟を皮切りに皆がライラに従うと、不安な顔をしながらも己を鼓舞するように笑ってライラを見つめた。
「うふふ。いい覚悟です。逃げ出す愚か者は処刑対象でしたが、必要ありませんでしたね。では、一度しか言いません。よく聞きなさい」
ニヤリと笑ってライラは敵を殲滅させるために騎士団と共に動き出す。
ー・・
ルラン国からカルダンコス帝国の騎士団を追い払うために、ルラン国よりも北にあるオルド国とマーリユ国の対帝国連合は長い戦争に疲労を隠せなかった。だが、ここまできて引き上げる事ももはやできなかった。帝国一恐ろしいケディック騎士団を打ち負かすために、混合約2000の別動隊は敵軍に気づかれないように慎重に暗い森の中を進軍していた。
「団長! 大変です!! 後ろから約1000程の敵が追ってきています!!」
「なんだと!? バカな! なぜ突然!!……とにかく逃げるぞ!! この狭い道では戦えん!! 広い場所まで駆けろ!!」
それまでゆっくりと進軍していた敵兵が突如、全軍走って行った事に追撃を任されたエルト達500の兵は喜んだ。
「す、すげー!! 松明作戦大成功か!? よし、気づかれないように追うぞ!!」
エルト達はできる限り、一人にたいして二本の松明を持ち敵を追撃していた。ライラの作戦に希望が持てた瞬間だった。
『いいですか? 500の兵で松明を二本、できる者はそれ以上持ち、そのことを気づかれないように追撃しなさい。この暗い中、沢山の松明の明かりはさぞ驚くでしょう。道も狭いため戦闘になることはありません。敵はお父様の主力に気づかれることも避けるため、必ず広い場所を選びに行くはずです』
隣にはケディック率いる主力とライラ達を隔てるようにゆるやかな丘陵地帯も味方していた。敵兵は追い立てられるように先を急ぐ。そして広い場所に出るも、目的地に行くためのその先の道を塞ぐようにまたしても、帝国軍の約400の兵が待ち構えていた。
「団長! どうします!? ここで戦いますか!?」
「ダメだ!! このままだと挟み撃ちになる!! それにここだと敵の主力に戦闘を気づかれる恐れがある!! 右へ行け!!」
連合軍はまたしても戦闘を避けるためにエンディー達200の兵を相手にせず、ライラの言う通り広場のもう一つの奥の道へと走って行く。
「まじかよ。あのお嬢さんまじで美しいだけじゃなく天才なのかもな……。よし!皆! 作戦通りこの崖の上に布陣するぞ!!」
敵兵がすべて先へ行ったのを確認し、エンディー達200の兵はここから登れそうな崖の上へと登って行く。それを追撃していたエルト達は確認すると、更に敵兵を追い立てるために攻撃を開始する。
「よし! この先の道まで皆追い込むっすよ!!」
男達はわざと雄叫びを上げ敵を追い詰める。それに焦った後方の敵は前方を急かすようにスピードを上げた。
「……!? しまった!! 全軍止まれ!! 止まらんか!!!」
「団長!! もう無理です!! どうか先を……!! 先を行くしかありません!!」
「だが! この先は……!!」
連合軍が気づいた時にはもはや手遅れであった。主力に気づかれないように戦闘をさけ、挟み撃ちを避け、目の前の川を森で進めない右を避け、左へと進んだ時にようやく気付いた。敵の術中にはまっていたことに。
後ろの自軍が敵から逃れるために前へ前へと追い立ててくる。先頭にいた者達は恐怖した。左は断崖に阻まれ、右には勢いよく川が流れている。そして、その狭い道の先に白い女性を先頭に弓を構えた敵兵が案の定待ち構えていた。
「ようこそいらっしゃいました。ここまでご苦労様です。では、さようなら」
クスクス笑って女性が上げた手を無慈悲に振り下ろす。すると、前から、そして断崖の上から矢の嵐が降り注ぐ。後ろに逃げようにも狭い道幅と味方に阻まれ馬を反転させることもできない。
「くそおおおぉぉぉ!!!」
こうして別動隊は一人残らず息絶えた。
ー・・
日の出に少しだけ温められた風が吹いた気がした。かじかむ手をものともせず、ケディックは全軍4万5000に突撃するように命じる。敵も負けじと全軍4万7000で向かってくる。激しい戦闘を繰り広げる中、突如敵の側背を朝日に照らされ真っ白に輝くライラを先頭に800の騎士達が嬉々として突撃していく。
「いいタイミングだ。さすが我が娘よ!!」
慌てふためく敵兵を次々斬り伏せ戦場を血の海へと変えていく。敵は混合部隊ということもあり、一貫した指示が通らず崩れ去り、もはや全面敗走するしかなかった。逃げる敵を追わずにケディックはライラを見る。ライラもケディックに従い敵を追う事はせず父を見た。そして愛しい父へと馬を走らせる。子供の様に笑って父に駆け寄る娘にケディックは微笑んだ。
ケディックの長年の夢が成就した瞬間だった。