第7話:白い悪魔
残された騎士達は困惑していた。騎士としての叙任式はおろか、訓練もされてないような大貴族の小娘をあてがわれても、権力で黙らされたとしか思えなかった。やっとの思いで帝国一と誉れ高いケディック騎士団への入団を許されたというのにあんまりだとも感じていた。本気でケディックの思惑が理解できず騎士達は引き攣った愛想笑いを浮かべることしかできない。
「わたくしを認められないのも当然です。ですので無理に団長と呼ばなくても結構です。皆様は皆様がわたくしをお認めになるまで、我が父の誇り高き騎士達なのですから」
そう言ってライラと名乗った美しい女性は、戦場に不似合いな儚そうな微笑みを浮かべ頭をさげた。その姿に困惑したままの者もいればニヤニヤとライラを見る者達もいた。その中でも中心人物と思われる男が馴れ馴れしく声をかけてくる。
「ではお嬢様、俺達のあっちの方の世話をお願いしてもいいですか?」
下世話な話を持ち出し仲間達と下品に大口を開けて笑い合う男達に他の騎士達は思わず顔をしかめた。
「構いませんよ」
にこっと笑って言い切るライラに皆の時が一瞬止まった。ハッと我に返った下品な男は笑みを深くしライラへと手を伸ばす。
「へへっこりゃあいい……。!!……なんのまねだお前」
「いい加減にしろ。この方に触るな」
伸ばされた男の手を掴み上げ、ギリっと締め上げフリオは怒りを見せていた。男はその手を振り払おうとするが、思った以上の力で締め上げられて次第に痛みを伴ってくる。
「兄貴! こいつパーシバル家の奴ですぜ!!」
「何? ……パーシバルっていやぁ、裏切り一族じゃねぇか」
男は子分が有益な情報をもたらした事にまたもニヤっと笑う。そしてパーシバルという家名にエンディー以外の騎士がどよめいた。
「へっ! パーシバルっていやぁ、帝国を崩壊寸前まで追い込んだ筆頭お貴族様じゃねぇか! お前も裏切んじゃねぇだろうな!?」
わざと大声で話す男にフリオは片眉をしかめた。
「それは祖父の話だ。そしてその祖父を父が自らの手で粛清し、皇帝陛下もそんな父をお認めになった。俺もそんな父を尊敬している。お前のようなどこぞの血筋とも分からん奴にパーシバルの名を侮辱される謂われは無い」
「……何だとてめぇ……!」
一触即発の雰囲気に周りの騎士達が慌てて二人を止めようとする。そんな騎士達を静観しながらライラもパーシバル家について思い返していた。元は侯爵家であったが先代の裏切りが発覚、そして当代の粛清により伯爵家に降爵されたとはいえ、ロンチェスターと同じくらい歴史ある名家であった。皇帝は他国から付け込まれないように、爵位は取り上げずに地位を落とし飼い殺しにしている。当代の息子がここにいるということは、動けない父の変わりに戦場で名を上げ家名を回復させたいのだろう。
だが、パーシバルの名を敬遠されどこにも所属できないフリオを父は認めたというところか。周りの喧騒が大きくなる中ライラはクスクスと笑った。
「わ、笑い事じゃないっすよ?」
力の強いフリオを必死で止めるエルトは誰のせいでこうなっているのか考えてほしいとライラを遠回しに諫める。
「わたくしは父の騎士団として皆様が無様な姿を晒さなければ何をしてもかまいません」
楽しそうに笑うライラに騎士達は内心呆れていた。本当にこんな世間知らずなお嬢様に団長を任せるなんてケディックは自分達を子守要員と考えているのだろうかと疑った。そんなムードが漂う中、男二人は
ようやく手を放しお互いをきつく睨みつけこの場はお開きとなった。
その夜、天幕の中にいるライラを守るためにフリオは自ら外に立って見張りをしていた。そんな真面目でお堅い幼馴染にエンディーはさすがに溜息をついた。
「なぁフリオ。そんな事する必要ないだろう? ほっとけよ」
「そういうわけにはいかない。俺は俺を受け入れてくださったケディック閣下に報いたいんだ。閣下の大事なご息女様をお守りするのも俺の役目だ」
「でもさー、そんな大事なご息女さまをこんな男所帯に放り込んだのもそのケディック様だぜ?」
話を聞いていたエルトも加わりエンディーの味方をする。だが頑固なフリオは黙って立ち続ける。そんなフリオにエルトとエンディーは目を合わせると、やれやれと離れていく。
「フリオの旦那! 大変ですぜ!!」
「どうした?」
突然草陰から話しかけられたフリオだったが、警戒を解くことなく男の話を聞く。
「俺はお嬢様に言われて辺りを偵察してたんすけど、どうもへんな団体がこっちに向かってきてまして。フリオの旦那も確認を一緒にしてもらってもいいっすか?」
「何だと!? 分かったすぐに行く! エンディー!! ここを任せてもいいか!?」
エンディーは遠くから手を上げる。それに安堵した素直なフリオは男のあとをついて行き森の奥へと消えて行った。
「エンディーいいのか?」
「いいって! ほっとけ。女の子がきゃー♡って悲鳴を上げたら助けに行けば大丈夫だって」
あくびをしながら自分のテントへと戻って行くエンディーにエルトは一度だけライラのいる天幕を振り返り、そそくさと自分もテントへと戻っていった。誰も気にしなくなった頃を見計らってフリオと揉めていた男が、フリオを巻いて戻って来た子分ともう一人の子分を外で見張らせ静かにライラのいる天幕へと入って行く。
天幕の中は暗かった。目を凝らしてみると、辺りには女性用と思われる品物がいくつか置いてあり、天幕中を甘い香りが満たしていた。長い戦場にいて欲をはらせなかった男は興奮を隠せず、肝心の人物を探すために再度目を凝らし辺りを窺う。するとベッドの膨らみに気づいた。男はニヤッと下品に笑うと、起こさないようにゆっくりと近づいていき勢いよく布団を剝いだ。
「!! ダミー!?」
ハッと後ろに気配を感じ即座に振り返る。楽しそうに顔を歪ませ、右手にハンマーを振り上げているライラと目が合った。
「まっ……!!」
て、という前に躊躇なくハンマーを頭に振り下ろされる。まるでスイカが割れ、汁が吹きだすかの如く血が壁やダミー用に作ってあった枕やシーツ、更には天井にまで飛び散った。そのあまりの衝撃に男は絶叫する。
「ぐああああああぁぁぁぁ!!!!!」
その場に倒れ込み頭を抱えてのたうち回る男の姿にライラはますます楽しそうに笑う。
「あらあら。その奇妙なダンスは流行っているのですか?」
そう吐き捨てると男の首根っこを掴み上げ、体を浮かせる。そのまま前に歩き出すと、男もつられて歩き出す。あまりの痛みに男は抵抗する気力もなかった。
天幕の外に出ると何事かと騎士達も外に出て集まってくる。男を人だかりの中心に投げ捨てると、周りの騎士達は血濡れて力なく呻く男を見てギョッとした。そして恐る恐るライラを見る。いまだ小さな微笑みを浮かべたままライラは、隠れていた見張り役の男達を前を見据えたまま話しかける。
「そこの二人もこちらに来なさい」
怯え切った表情で、逃げられないと悟った二人の男もおずおずと人だかりの中心に歩み寄る。何が何だか状況がわからない騎士達は固唾を呑んで見守る事しかできなかった。そんな中、勇敢にも最年少騎士エルトが口火を切る。
「だ、団長? これは……」
その問いにライラは微笑んだまま冷たく答えた。
「わたくしは最初に皆様にお伝えしたはずです。無理に団長と呼ばなくとも結構な事、そしてお父様の騎士団として無様な姿を晒さなければ好きにしていいと」
喉を鳴らして次の言葉を待つ騎士達に尚も微笑みを崩さずライラは話を続ける。
「この者達はあまりにも浅はかな暴挙にうってでました。見事な策を持ってしてわたくしを制する事ができれば咎める事はおろか、お父様に昇進を進言してさしあげましたのに。残念ながら安直な愚行にはそれなりの対処をせざるをえません」
男は痛みに呻きながらもライラを睨む。その目を楽しそうに見下ろすと、無情な宣告を告げる。
「あなた方はお父様の誇り高き騎士団の名に泥を塗ったのです。よってこの者共を処刑します」
そう宣言すると腰に下げていた愛刀を即座に引き抜き、間髪入れずに男の首に突き刺した。
「!?」
騎士達は止める間もなく行われた執行に戦慄し、固まった。首を貫かれた男は呻く間もなく息絶えた。その躊躇のない光景に、見張り役をしていた男達は恐怖のあまり叫び声を上げながらその場から走り出す。
ベルがすぐさまライラに短弓を差し出すと、ライラは脱走した男達を目で追いながら短弓を受け取り素早く二人の男の後頭部に矢を放つ。矢尻が男達の眉間を見事に貫き、男二人もその場で絶命した。
「ナイスショットでございます! さすがはライラお嬢様!」
ベルは小さく拍手し、自分の女神に賛辞を贈る。その異様な光景に騎士達はますますその場を動けなくなってしまった。息をすることも忘れ、戦場でも味わった事のない得体のしれない恐怖にただ身を任せ立ち尽くす。白い悪魔が楽しそうに笑うのをただただ見つめる事しかできなかった。
そんな中、その空気を打破する様に騙されて野営地から離された真面目な騎士フリオが戻ってきた。