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第6話:ライラと騎士団

 ケディックは忙しい中でもライラとマイロから届いた手紙は欠かすことなく読んでいた。その中で1つの予感を強く感じるようになっていく。そう、もうすぐ愛する娘と一緒に戦場を駆ける夢が叶う良い予感が。ただ苦しくもあった。初代の話が本当であれば、4代目ライラが帝国を誕生させ安泰をもたらす事に成功したあと、5代、6代、7代と黒髪が生まれなかったのはそういうことではないのかと推測していたからだ。


 帝国が崩壊寸前までいったのと同時に、治まっていた人の負の感情がまた溢れ出し血の契約が発動したのだろうと。そして自分の代で帝国を安泰に導くことができなかったためにライラが生まれ、過酷すぎる宿命の渦に巻き込んでしまった。


 ライラが生まれた日、ケディックは喜びと同時に悲しみも感じていた。祖父も父も、先祖の威光にこだわるあまり、ケディックの気の弱さを恥ずべきものとして何度も酷い折檻をしてきたのだ。そして運悪く杖が頭を殴打し気絶。気づけばあの地獄へいた。あの時の出来事を真に理解されることはないだろうと一種の孤独と諦めがケディックの中に棘として残されていた。そんな時に黒い髪をしたライラが現れたのだ。自分の苦しみと喜びを唯一理解するであろう小さく愛おしい存在。


 そんな愛する娘があの地獄へと送り込まれることが確定しているのだ。その時初めて悲しみに襲われた。帝国を安泰させていればきっとライラは……。


 昔を思い返しながら馬を走らせていると3年ぶりに屋敷が見えてくる。冬が終わる前にはまた戦場へと戻らなければならない。その少しの間だけでもライラに会いたかった。だが、どうも様子がおかしい。マイロにだけは事前に一時帰宅することを伝えていたが、その律儀な執事長が出迎えに来なかった。また良い予感が胸に沸いた気がしたが、過度な期待はやめようと大扉を自分の手で開く。


「ライラか……!」


「お父様……!」


 腰を抜かし、怯えて泣いている者達を気にも留めずに自分のもとへと嬉しそうに駆け寄って来る真っ白になった愛しい娘がそこにいた。そして戦場から帰ってきた父を恭しく出迎える。


「……見違えたな」


「恐縮にございます」


「何回死に、何年で出た?」


「1527回死に、58年の時を過ごしました。初代様からは歴代最速というお褒めのお言葉も賜りましたわ。お父様」


 頬を赤らめ嬉しそうに報告をする娘に父は大きく目を見開き、片手で両目を覆うとうつむき肩を震わせる。そして誰も見たことがない大笑いを上げた。


「ふはははははは!!! さすがは我が娘!! ロンチェスターの誇り!! 父は33785回死に、831年と3ヵ月彷徨った。お前は天才だ」


 物騒な話だが意味の分からないやりとりを楽しそうに交わす父娘にマイロ以外の者はぽかんとしていた。


「これもすべてお父様のおかげです。お父様の戦場でのお話が、愛がわたくしを歴代最速という結果にお導きくださったのですわ」


 ライラはそっと胸元で輝くペンダントに触れる。


「ふふふ。嬉しい事を言ってくれる。マイロ! 明日ライラの叙任式を執り行う。すぐに準備しろ。そして5日後ライラを伴ってわしらはルラン国へ行く」


 マイロは一礼するとすぐさま準備に取り掛かるために足早に行ってしまった。ライラは嬉しそうに微笑んだ後ミリーナへと振り返る。人が変わってしまったライラに緊張するミリーナにライラは優しく声をかけた。


「お義姉様。どうかわたくしの叙任式を見届けてはくださいませんか?」


「……! えぇ……もちろんよライラ」


 短い言葉ではあったが、ミリーナのこの家での立場をはっきりさせるための発言とも取れるライラの変わらぬ優しさがミリーナは嬉しくて思わず涙ぐんだ。そして義妹の晴れの舞台を心から楽しみにし、ミリーナも嬉しそうに微笑む。義姉妹の強固な関係を見せられてしまった従者達はミリーナを認めざるをえなかった。これから先この家で一番の発言権を持つ者はミリーナなのだから。


 だが早々に物事が決まっていく中、マライアは一人納得できずに焦っていた。ケディックを恐ろしく思いながらも元来、勝気な性格のマライアは主張せずにはいられない。


「お、お待ちください旦那様! なぜライラを騎士に!? この子は第一皇子であらせられるラウル殿下の第一婚約者候補でもあるのですよ!? 勝手な……」


「黙れ!!! 勝手なことをしていたのは貴様の方であろう!! 皇族のもとにはどこぞの貴族の女にでも嫁がせればよい!! マライア。ライラが目覚めた今、貴様は不要だ。離縁するゆえ明日の朝までに出て行け」


「な!? そんな!! あんまりです旦那様!!」


「ふん!! 幼いライラにお前のような愚か者でも母が必要かと置いていただけにすぎん。明日の朝その顔を見せて見ろ。お前に付き従う者もまとめて殺す。さっさと行くがよい!!!」


 あまりの剣幕と冷酷な命令にマライアは絶句し顔を青くさせた。そして縋るようにライラを見つめて懇願する。


「ライラ! あなたからも旦那様に何とか言ってちょうだい!! あなたには母が必要でしょ? そうでしょ!?」


 娘の足元に必死で縋りつく母をライラは見下ろし冷たく笑った。


「今までお疲れ様でした。公爵夫人。……あぁ、失礼。()公爵夫人でしたね」


 非情にも縋る母の手を振り払ってクスクスと笑いながら父のあとをついて行くライラに、マライアはがっくりと肩を落とし項垂れ動かなくなった。そして相変わらず自分に興味関心を示してはくれない父にアメリアも歯を食いしばり、怒りと激痛に震えながらも何もできずにいた。


 そして5日目の朝を迎える。


 爽やかだが冷たい風がミリーナの体をブルっと震わせた。だが、あまり無様な姿は見せられないと姿勢を正し、勇ましい軍服を着こなした二人の親子を見つめる。親子は逞しい軍馬にそれぞれ(またが)ると、朝日を浴びて真っ白な髪をキラキラと輝かし、神秘的な雰囲気を漂わせていた。


「……。不思議ね。ライラ、その軍服も馬もとても様になっているわ」


「うふふ。ありがとうございます。お義姉様」


 不敵に笑うライラに慣れたはずなのに、まだどこかでミリーナを慕い、はにかみながら後を追うライラに重なって見えた気がしてミリーナもふふっと笑った。


「どうかお気を付けて。お義父様とライラの武運を祈ってるわ……」


 さみしそうに微笑むミリーナに二人は笑ってうなずき、馬に合図をかけると光の先へと駆け出した。もうすぐ冬が終わる。ルラン国につく頃には春がきて本格的に戦場はまた厳しさを取り戻すだろう。物凄い速さで遠ざかっていく親子の後ろ姿を見つめながら、ミリーナは心から二人の無事を祈った。


ー・・



 その日、若い新人騎士達は、ケディック騎士団であり副団長でもあるグランツ・ロトフォードに主力から離され、森の中に集められていた。グランツは、大柄な体格に顔を大きな武功傷をつけていたが、そのいかつい風体からは想像できない爽やかな笑みを浮かべ楽しそうに新人騎士達に野営の拠点を作るための指示を飛ばしていた。その中で三人の新人騎士達が手を動かしながらも疑問を話し合っていた。


「なぁなぁどう思う? やっぱ俺達ケディック様の騎士団として認められてないって事なのかな?」


「わかんねぇ。でもラッキーじゃん♪ 危ない主戦から外されてさ! 副団長と違って俺の顔に傷がついたら女の子達がみんな泣いちゃう。なっ! フリオ」


「……エンディー馬鹿なこと言ってないで手を動かせ。きっと深いお考えがあってのことだ。それに、エルト。お前はいつも考えすぎだ。あのケディック様が直々に俺達を選んでくださったんだぞ? 大丈夫だ」


 エルトと呼ばれた最年少の新人騎士が不安そうに項垂れながらも手を動かす。その姿はまるで捨てられそうな子犬の様だった。そんなエルトを尻目に手を動かすふりをしながらも要領良くサボる美丈夫な同じく新人騎士のエンディー。その幼馴染に呆れつつも手を動かすことをやめない真面目で体格の良い同じく新人騎士であるフリオ。


「お! ようやく我らが団長のご到着だ。みんな集まってくれ! ケディック団長の言葉をよく聞くように!」


 そのグランツの明るい声に皆が作業を止め中心に集まってくる。そこへ三頭の軍馬が颯爽と現れ、新人騎士達の前で止まった。そこには軍馬に跨ったままの我らが憧れの騎士団長ケディックと、ケディックに似た真っ白で華奢な美しい女性と、その女性に付き従っているであろう侍女が騎士達の前に降り立った。


「今日からわしの娘ライラがこの騎士団の団長だ。ライラ、後は任せた。グランツ行くぞ!」


 それだけ言うとケディックは娘を残して主力部隊の方へさっさと行ってしまった。


「え!? おい! ケディック!!」


 そのケディックを慌ててグランツは馬に乗り追いかける。ケディックのすぐ近くまで馬を走らせると並走しながら振り返る事もしない団長に話しかける。


「おい! ケディック!! いくら何でも無茶だろ!? 何考えてんだ!!」


「心配するな。ライラはわしよりも戦場の何たるかを知り、誰よりも歴戦の勇である。まぁ見ておけ。近い内、面白いものが見れるぞ」


「……えぇ?」


 珍しく楽しそうに笑うケディックにグランツは初めて信じることができなかった。一方その頃、突然の出来事に驚き固まっている新人騎士達を前にライラがにこやかに微笑んだ。


「初めまして。わたくしがこの騎士団を父ケディックより任されましたライラ・ロンチェスターと申します。どうぞよろしくお願いいたします」


 戦場とは思えぬ和やかな挨拶をしたライラに、騎士達は思わず苦笑いを浮かべた。




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