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第5話:気弱な公爵令嬢は地獄を経て覚醒する

 気づけば不思議な場所へと足を踏み入れていた。木々の葉は一枚もなく、幹も枝も真っ白に枯れ果てている。そして何より奇妙だったのは地面一帯も真っ白だったことだ。なぜここが白い森と呼ばれているのかカイラスとウィルはすぐに理解した。


「こ、これが白い森か。なるほどな。確かにどこもかしこも真っ白だ。……ん? あれなんだ?」


「ウィ、ウィル! もう行こうよ! 気味が悪いよ!」


「大丈夫だって! それよりほら! カイラス見て見ろよ。あの大木の根本! なんかあるぜ!」


「ウィル!!」


 カイラスの制止を気にも留めずに、中心に鎮座している一際大きな木まで走り寄るウィルはその大木の空洞になっている根本を覗き込んだ。そこには古く、まるで根が渦巻くように絡みついた不気味なオブジェがあり、そのオブジェにはみるからに怪しい黒い(もや)が纏わりついていた。そして、覗き込んだウィルに突然対象を変え勢いよくウィルに飛びつくように纏わりつく。


「う、うわぁ! 何だ!? あ……! ぁあ……!! うわああああぁぁぁぁ!!!!」


 黒い靄を必死で振り払おうとしていたウィルだったが、突如絶叫を上げたかと思うと、カイラスが助ける間もなくみるみるうちに髪が白くなっていき、老人の様に体が衰えていく。そして恐怖に顔を引き攣らせながら涙を流し、その場にがっくりと膝をつき動かなくなった。


「ウィ……ウィ……ル……?」


 カイラスがウィルの肩に触れると、ウィルの体は力なく地面に音もなく伏した。その瞬間、カイラスは恐怖に陥りながらも気づいてしまった。この白い砂はここでウィルのように死んだ者が朽ち果てた末の骨の残骸なのだと。黒い靄はゆっくりとウィルから離れ、まるで生きているかの様にゆらゆらとカイラスへと近づいていく。恐怖で足がすくんでしまったカイラスに為す術などもはやなかった。


「う……あ……! う、うわああぁぁ!! あああああぁぁぁぁ!!!!!」


 カイラスの絶叫だけが禁断の聖域に虚しくこだました。


ー・・



「……。そして気づけばここにいた。あとはお前も知っての通りだ。……まさか子孫にまでこの呪いが続くとは思わなかった。お前達には本当に申し訳ないことをしたと思っている。……せめてもの償いに私は、この世界に迷い込んだお前達を少しでも早く脱出させようと己の死後ここにいるのだ」


 しっかりと話を終えることができたカイラスは安堵の表情と悔恨の表情を交互に浮かべていた。そんな祖先にライラはクスっと笑う。


「初代様。謝罪される必要などありません。わたくしは嬉しいのです。あなた様にお会いできたこと、そして何より戦場を駆けるという面白さを知ったことに。わたくしにとってこれは呪いであり祝福なのです」


 不敵に笑うライラにカイラスは快活に笑った。


「ふははははは!! さすが我が血を色濃く継ぐ者よ!! 確かに私も大いにお前達との戦いを楽しんでいた!! ふふふ、ここに来た者は皆そう言って帰っていきよったわ!……あぁライラ、どうやら時間のようだ」


 カイラスの視線の先に気づいたライラは振り返る。そこにはまばゆい光を放つゲートが開いていた。そのゲートを確認するとライラは今一度カイラスを見つめる。


「最後によく聞くがいい。この呪いを断ち切る方法はある。人々を恐怖や苦痛などの負の感情を助長させない世にすること、すなわち帝国を安泰に導くことよ。私には分かる。これは積もりに積もった人の念がさせているという事を。……さぁ、もう行くがよい」


「……初代様。ありがとうございました。またいつか、必ずお会いいたしましょう」


 カイラスに深々と一礼をし、ゲートに向かってゆっくりとライラは歩き出す。その逞しく成長した子孫の背にカイラスは呟いた。


「……あぁ。また会おう。愛する我が子孫、ライラよ」


 その言葉をしっかりと聞いたライラは小さく笑みを浮かべ、光の先へと進んで行く。目も開けない程の光の中でライラは久しく感じる感覚に身を任せた。


ー・・


「……イ……ラ……!……イ…ラ……!…ライラ!! ライラ!!」


 自分の名前を悲痛な声で呼ばれ続けていることに気がつき、徐々に意識がはっきりとしていく。


「ライラ!? 良かった……!! 気がつい……ラ、ライ……ラ?」


 ミリーナの戸惑う声を聞きながらゆらりと力なく立ち上がるライラ。そして周りの者達が突然息を呑む声がそこかしこから聞こえてきた。ライラの艶やかで真っ黒な髪が根元から毛先まで真っ白に染まっていく。そしてガラス玉の様に空虚な美しい青い瞳を前へと見据えさせる。その視線の先には歓喜に震えるマイロがいた。


「マイロ。待たせましたね。わたくしの剣をここへ……」


「は、はっ!! 直ちに!!」


 震える体を無理矢理抑えながら深々と礼をし、素直に動いてくれない右足を急くように足早に宝物庫へとマイロは向かう。あの日、ケディックが覚醒した瞬間も立ち会っていたマイロ。あの日の出来事と全く同じ神秘的な場にまたも立ち会えたことを神に感謝した。そして大事な戦友の夢が叶うその日が来るのが待ち遠しかった。


 辺りが息を吞みどうしていいか静観する中、アメリアは人知れず安堵していた。殺してしまったと思った時はさすがに肝が冷えたが、思いの外平気そうな姉にまた苛立ちが蘇ってくる。


「お、お姉様、階段から転げ落ちたことがそんなに怖かったの? 恐くて髪が白くなって頭がイカれちゃった?」


 存外その予想は当たっていた。だが側で聞いていたミリーナはその言い草が許せなかった。


「アメリア! あなたのせいでこうなったんでしょう!? 家族を心配する気持ちがあなたにはないの!?」


 ミリーナの言葉にライラは、妹の存在を忘れていたことに今更ながら気づいた。だが興味もなかったのでとくに口を出す気も起きず、二人の成り行きを黙って見ていた。


「ふん! お兄様に関心を持たれないお義姉様に言われても! そんな事より、そのペンダントさっさとわたくしに渡してくださる!?」


 性懲りもなくライラの胸元で輝くペンダントに触れようとするアメリアにミリーナは思わず怒りから手が出そうになる。だがミリーナが手を出す前にライラ自身がアメリアの伸ばされた手首をおもむろに掴んだ。そして間髪入れずにその手首をあらぬ方へと折り曲げると鈍い嫌な音が辺りに響いた。突然の事に周りは呆気にとられ、アメリアは一瞬の疑問の後感じた事のない激痛が体中を走り回り、恥も外聞もなく床に倒れてのたうち回る。


「あああああああぁぁぁぁぁぁ!!!!!」


 絶叫し穴という穴から体液を噴き出させ、尚も床を転げ回る妹にライラは笑った。


「あらあら。面白いダンスが踊れるのね」


 楽しそうに微笑み妹を見下ろすライラに周りの者は恐怖から腰を抜かす。マライアは床で激痛に襲われているアメリアを助けようともせず、突然人が変わったライラを震えながら見つめていた。


「こ……これ……が、だ……旦那様の……おっしゃっていた……ことなの……?」


 ライラが生まれた日、ケディックは言ったのだ。ライラは過酷な宿命を課せられている。だから戦場で一緒にいられない自分の分まで愛してやってほしいと。今更遅いと本能で悟ってはいたが、話しかけられずにはいられなかった。武勇に名高い両家の血を色濃く放つ、理想を具現化した自分の娘に。


「ラ……ライラ、気分は大丈夫なの?……どこか痛いところはない? お母様に遠慮なく言ってちょうだい」


「どこも問題ありません。どうぞお気遣いなく。公爵夫人」


「……!!」


 ライラの瞳が心の底からマライアに興味関心がないということを物語っていた。


「お嬢様! 大変お待たせ致しました。旦那様からは言付かっております。どうぞ、4代目ライラ様がご愛用されていらした宝剣、レイピア(細剣)にございます」


 息を切らしながらも豪華で大きな箱を差し出すマイロ。そこには赤い敷物の上に仰々しく置かれたシンプルなデザインに銀色を輝かせたレイピアが鎮座されていた。その剣を手に取り、馴染ませるように、2,3回軽く振る。


「さすがはお祖母様の愛刀です。手に良く馴染みます。試し斬りでもしてみましょうか」


 ちらっと怯え続ける従者達に目をやるライラに皆が泣き、目で許しを請うていた。


「うふふ、冗談です」


 剣を帯刀し笑うライラに一人の侍女が恍惚とした目をさせ、ふらふらとライラの前まで歩み寄ると両膝をつき、祈る様にライラを見上げる。


「ライラお嬢様……。どうか私をあなた様のお側においてください」


 まるでこの地に降臨した美しき女神に祈る様にライラを見つめ続け、許しを待つ侍女。その侍女はアメリアに付き従っていた侍女の一人だった。アメリアは未だに激痛に耐えながらも呂律の廻らない口を必死で動かし、自分の意見を主張する。


「……おばえば……! わだぐじの……だろうがぁ……!!!」


 涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにさせながらも怒りを見せるアメリアもやはり武勇に名高い両家の血を立派に受け継いでいるのだろう。だがそんなアメリアに二人は見向きもしなかった。そしてライラは、熱に浮かされたように自分を見つめ続ける侍女に一拍置いてクスっと笑う。


「いいでしょう。ただし、わたくしは立ち止まることも振り返る事もしません」


「……!! 構いません!! 一生お側を離れずついて行きます!! そして必ずやあなた様のお役に立ってみせます!! どうぞ私のことはベルとお呼びください!!」


 ベルと名乗った侍女は、美しく、そして恐ろしい自分だけの女神に許しを貰えたことに喜びを溢れさせ、目尻に涙をためながら頬を紅潮させ何度も噛みしめる様にうなずく。


「久方ぶりに帰ったというのに出迎えもなしか。……!? ライラか……!!」


「お父様……!!」


 騒動の最中突如大扉が開かれた。そして、堂々たる姿を久しぶりに見せる愛しい父にライラは思わず駆け寄った。



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