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第4話:地獄のその先へ

 あれから何度刺され、何度死に、何度甦り、そしてまた刺されただろうか。地獄の様な時間が永遠にも感じた。時には腹を、時には背中を、時には首を……。何度貫かれれば終わるのだろうか?



  痛い……! くるしい……!! もう、いや……

  早く終わらせて……! わたくしが何をしたというの……!?



 苦痛と恐怖でライラの艶やかな真っ黒な髪は真っ白になっていた。殺され甦ると体は何事も無かったように健康そのもので、その変わらぬ事象が更なる恐怖となり心身ともに疲弊していった。しかし、何度も繰り返されることによって少しずつ剣を避けれる回数も抵抗する頻度も高くなっていく。


 そして、ついにその時が訪れる。


「もう……! いい加減にして!!」


 変わらぬ運命なら死ぬ気で抗おうと、剣を突き立てられる前に力の限りそいつを突き飛ばす。突然の反撃に対応することができずに、後ろに転げてしまうゴブリン。その時の勢いに負け手から剣が離れた。


「ウ……ガッ!」


 声にならない呻き声を上げ、頭を振りながら立ち上がる。ライラはすぐさま剣を奪い取り、震える両手で精一杯の力を込めて剣を構え抵抗の意を示す。


「ケッケッ!」


 それを見たゴブリンはまるで、お前に何ができると言わんばかりに楽しそうに顔を歪ませ、ゆっくりとライラに近づいていく。


「こ……!来ないで……!!」


 剣をがむしゃらに振り回して抵抗するライラをものともせず、獲物を追い詰めるために尚もゆっくりと近づくゴブリン。


「いや! いや!! これ以上来ないでってば!!!」


 目をつむりますます勢いよく剣を振り回すライラだったが、その大きな反動で後ろに尻もちをついてしまった。


「きゃっ!……っ……」


 その瞬間をゴブリンは見逃さなかった。片足を踏み込むと奇声を上げ、一気にライラへと飛びかかる。


「キエエエェェェ!!!」


「きゃーーーーー!!!」


 その攻撃に恐怖し、ライラは剣をぎゅっと握りしめ即座に上に向けた。


「ガッ……!?」


 両手に小さな衝撃を感じた。それでも怖くて体は固まり、次にくる激痛に耐えようと更に体を固めて大きな衝撃に備える。……が、何も起きない。少しすると両手に生温かい液体が流れてくる感触がした。恐る恐る目を開けると、ゴブリンが剣に貫かれて大量の赤い血を流し、その血が剣をつたってライラの両手を濡らしていくのが見えた。


 ライラは、まだ生きて剣に串刺されたままピクピクと痙攣するゴブリンの小刻みな震えと重みを両手に感じていた。そして温かく鉄の匂いを漂わせる血に、自分の心臓がドクンと一際大きく脈打つ。


「……あ」



  これは、なんて感覚なんだろう……?



 その答えを出せぬまま、後ろからまたしても剣で貫かれる。両手に感じていた感覚はその衝撃で放してしまった。


「……あ、もった……い……な……」



  もっとあの重みを、震えを、命を感じていたかったのに……。



 何度目になるか分からぬ意識の薄れの中、自分を刺した者をかすれゆく目で視認する。そこには血濡れた剣を手に、仮面をつけた人間の男が立っていた。その男の後ろには数えきれないほどのゴブリンが男に付き従うようにひしめいている。


 その異様な光景を目の当たりにしても不思議とライラは恐怖を感じなかった。


「もっと……もっと、あの……感覚……を……」


 意識は無くなり、そしてまた目覚めゆっくりと体を起こし、綺麗な両手を静かに見つめる。何かが掴めそうだった。あの小刻みに伝わる振動を、温かい真っ赤な血を愛おしそうに思い出し大事な物をしまうかの様にペンダントを握りしめる。


 地獄のその先に何かが見えた気がしてクスリと笑った。



ー・・



 あの日から、どれだけの時間が経過したであろうか。何年、何十年とライラはこの地獄で生と死を繰り返し、仮面の男と戦い続けていた。気づけば自分の後ろにも、あの日の男と同じように数えきれないほどのゴブリンを従わせる事に成功していた。ここまで来るのに過酷な試練ともいうべき出来事を一つ一つ乗り越えていったのも今では良い思い出だ。


 相手を力でねじ伏せ従わせることを覚えたと思ったら、裏切られて殺されたこともあったり、逆に信頼され寸での所で助けられたこともあった。時には男に捕らえられ、火あぶりにされたことも、水責めで苦しめられたことも数えきれない。首を落とされた方が一瞬で終われて良かったな、と要塞に立て籠もって抵抗している男を追い詰めながらライラは、懐かしむようにクスクスと笑った。


 男を追い詰めた最後の砦の城壁が味方のゴブリン達による攻城兵器によって削られていく。カタパルトとトレビュシェットによる投石に耐えられなくなった壁が大きな音を立てて崩れ去る。その粉塵の先から敵のゴブリン達が溢れ出てくる前にバリスタ(大型弩砲)を打ち込み4,5匹を串刺しにする。


 その隙のできた壁の穴に味方のゴブリン達を攻め込ませ、ライラは壁の修復をしようと指示を出す敵の工兵隊長を的確に見抜き、長弓ですぐさま急所を射抜いていく。ひしめき合う戦場をゴブリン達に任せ、ライラはゆっくりと仮面の男がいるであろう砦の頂上を目指す。途中、何匹かのゴブリンがライラに斬りかかってきたが、逆に斬り伏せる。もはやこんな事で怯えるようなかつての気弱な少女はいなかった。


 重く錆びついた鉄扉をゆっくりと開ける。その瞬間、ライラの顔めがけて矢が飛んでくるがその矢を難なく避け、屋上にいる仮面の男と対峙した。


「ふっふ。こんな子供騙しにはもう引っかからぬか」


「うふふ。お久しぶりです。ようやくここまで参ることができました」


 二人の人間は和やかに笑い合いながら剣をそれぞれ構えにこやかに見つめ合う。そうしていると、隣でそびえ建つ塔に投石が当たり崩れ落ちた。その音を合図に同時に斬りかかる。


 仮面の男の素早く力強い攻撃をいなしながらライラは隙を伺う。その時仮面の男が決着をつけようと剣を振り上げた。ライラはすかさず隙のできた男の腹に剣を突こうと構える。その瞬間を男は見逃さず、すぐさま体勢を変え、ライラの剣の突きに合わせて心臓を貫こうとした。


 だがそれはライラの罠だった。男が剣を突くのと同時に体を半歩反転させ、その剣先をスルリと避ける。その無駄のない動きに心臓を貫こうと力を入れた男は前のめりになり体勢を崩してしまった。その背中にライラはすかさず袖に仕込んでいたアイスピックの針の様な暗器を容赦なく男の背に突き立てる。


 剣よりも繊細な針が綺麗に男の心臓を背中から貫き、その攻撃に仮面の男は声も出さずにその場に倒れ絶命した。すると、ピクっと一瞬体を反応させ背を向けたままゆっくりと立ち上がる。


「……ふふふ。ふははは! ふははははは!! 見事よライラ・ロンチェスター!! お前が歴代最速よ! 4代目ライラの名に恥じぬ見事な戦略と武勇であった」


「お褒めのお言葉恐縮にございます。初代カイラス様」


「何だ気づいておったのか。ふふふ……。本当に、よく頑張ったなぁ」


 ライラに振り返り仮面を外す。そこには父ケディックにそっくりな、だが父よりも重厚なオーラをまとった男が優しい顔で微笑んでいた。


「よくぞここまでたどり着いた。ここからは時間の許す限り、なぜこのような事になってしまったのか説明しよう。……我らを結ぶ血の契約と……私の罪を……」


 カイラスはそう呟くとこうなってしまった原因と、かつて愚かだった帝国の歴史を重々しく語りだした。




 それはまだ帝国が弱小国だった頃の時代まで遡る。


 カルダンコス小国は敵に追い詰められ滅亡寸前だった。だが、愚かだった時の王は戦争をやめようとはせず、戦える者は皆戦場へと駆り出した。それは気が弱く騎士として使えない青年カイラスも同じであった。そして案の定ともいうべきか、見事にカイラスのいた騎士団は敗北し騎士達は散り散りに敗走せざるおえない状況にまで追い込まれたときのこと。


「はぁ! はぁ! カイラス! 大丈夫か!?……っちゃんと、ついてきてるか!?」


「ま、まって!……っウィル!……はぁ! はぁッ、あいつら、まだ……! 追ってくるよ!!」


 ウィルと呼ばれた青年は友人であり同じ騎士団でもあるカイラスを気遣いながらも足を止めなかった。小雨が視界を悪くし、カイラスの艶やかな黒髪が光沢を増していく。


「頑張れ! この先の森に逃げ込むぞ!!」


「……え! で、でも! その森は……!!」


 躊躇せず森の奥へと走るウィルにカイラスは怯えながらもついていく。そして後ろを振り返ると、あんなにしつこく追ってきていた敵兵が森の入り口で立ち止まりそれ以上追ってこようとはしない光景が目に入り安堵しつつも嫌な予感がした。


「は! バカだなあいつら! あんな迷信、信じてビビッてら!!」


 もう追って来ないと分かると二人は立ち止まり息を整える。そして落ち着いたウィルは更に森の奥へと向かって歩き出す。それに驚いたカイラスは必死で止めた。


「ウィ、ウィル! それ以上はもう危ないよ!! ここってあれだろ!? 禁断の聖域とかって呼ばれてる白い森だろ!?」


「カイラス……。お前って本当ビビりだな。見ろよ? どこが白いんだよ。ほら、敵が来ないうちにもっと遠くまで逃げるぞ。俺は生きて帰る。こんな所で死んでたまるか……!」


 歩みを止めようとしないウィルのあとをカイラスは慌てて追う。怯えてはいたがこんな所で一人でいるのはもっと嫌だったからだ。だが二人はここが敵国領だということを深く考えずに行動したため後々大きく後悔することになる。敗残兵を追うのをやめた敵は、この先に待つ恐怖を知っていたためあえて二人を追わなかったことを、この時の二人は知る由もなかった。


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