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第2話:父からの贈り物

 父ケディックが遠征から帰ってきて数時間がたとうとしていた。ロンチェスター家の一同は食堂へと集まり、重々しい空気に包まれながらも出された食事に黙って手をつけ始める。そこには頬を腫らしながらも気丈に振る舞う母マライア、無表情で食事を口に運んでいく2つ歳上の兄ブライアン、面白くなさそうな顔を隠さない妹アメリア、黙々と食べ続ける父ケディック、そして父との時間を少しでも長く作りたくて急いで皿の上の肉を小さな口へとせわしなく運んでいくライラがいた。


 静かな空間にカチャっと皿の音が響いた。すかさずマライアがライラを睨むが、先程のケディックとの騒動によりいつもより控えめになる。それでも気の弱いライラには効果的だったようで、しゅんと落ち込んでしまった。


「……わしは部屋に戻る」


 早々に食事を終わらせ立ち上がるケディック。軍人であり、騎士団長でもあるケディックにとって食事とは素早く栄養を体に取り込むものでしかないようだ。そしてさっさと書斎へと向かおうとするケディックにライラは慌てる。そんなライラを妹アメリアは疎ましそうに睨みつけた。


「お姉様。隣でカチャカチャとうるさいですわ。もう少し貴族としての最低限のマナーを守れませんの?」


 母に似た勝気なアメリアは、先程の父に恐怖心を抱きつつもいつもの調子を崩さずにチクチクと気弱な姉を攻撃する。何も言い返せないライラはフォークとナイフを恥ずかしそうにぎゅっと握りしめた。


「ライラ。食事を終えたら父の書斎へ来なさい。さっきの戦場での続きを話してあげよう」


 ニコリと微笑む父にライラの顔が一気に明るくなる。嬉しそうに返事を返すライラと、姉にだけ甘い父にアメリアは無性に腹が立って勢いよく席を立った。


「お父様! わたくしにも、アメリアにも戦場での武勇をお聞かせください!! お姉様よりもわたくしの方がずっと理解が早いので、必ずやお父様のお役に立ってみせますわ!!」


 6歳とは思えぬ主張を誇らしげに語るアメリアにマライアは頬が痛まない程度に口角を上げたが、そんなアメリアをケディックは父とは思えぬほど侮蔑した目を向ける。その冷たすぎる目にアメリアとマライアは思わず震えあがった。


「戦場のせの字も分からぬ愚か者がわしの役にたつだと? ふん! 父を侮辱するなど何様だ。マライア。貴様はどういう教育をしているのだ」


「で、ですがお姉様だって……」


 アメリアは納得できず果敢にも父に抗議をしようとしたが、その言葉を遮るようにケディックに睨みつけられてしまい黙るしかなかった。


「お前は今のまま勉学に励めばよい。皇族にでもどこぞの貴族にでも好きに嫁ぎ、好きに生きろ」


「な……!?」


 その無責任とも言える父の発言にアメリアはカッとなり、マライアはまたも顔から血の気が引いた。そして更にケディックは衝撃的な発言を何の躊躇もなく口にする。


「だがライラは違う。ライラはこれから先、わしと共に戦場を駆け、この帝国を背負っていく運命なのだ。お前達とは格が違う。比べものにならんほど大事な存在よ」


 マライアもアメリアも驚愕し、顎が外れそうなほど口を大きく開け固まり、ブライアンもさすがにありえないと目を大きく見開き珍しく感情を表に出していた。そんな渦中にあるライラは、心臓を高揚感から高鳴らせる。


「わたくしが……お父様と……?」


 震える声で呟き頬をほんのり紅く染めるライラにケディックは微笑むと今度こそ書斎へと行ってしまった。その姿にライラは慌てて食事を済ませ、急いで父のあとを追うため同じく足早に書斎へと向かう。その姿を為す術なく見送ることしかできないアメリアは、フラフラと席に着席し頭を抱えた。そして、悔しそうに歯を食いしばると机を叩きつけ部屋へと戻って行く。そんな中、残されたマライアとブライアンは茫然とすることしかできなかった。


 先程のちょっとした騒動が嘘のように父娘は書斎で和やかに紅茶を(たしな)みながら楽しそうに会話を進めていた。だが、ふとライラは先程の父の真意がどうしても気になり緊張しながらも尋ねる決意をする。


「あの……わたくしがお父様と戦場を共にするというのは……ほんとうですか?」


 気の弱い自分が戦場を駆ける姿がライラ自身どうしても想像できなかった。だが、父があんな突拍子もない嘘をあの場でつくとも到底思えなかった。ライラは縋るように父を見つめ、心の中で強く本当だと言ってほしいと願う。そんな娘に父は穏やかだった目をスッと真剣な目に変え、艶やかな真っ黒な髪を一房(ひとふさ)手に取った。


「本当だ。……この真っ黒な髪が何よりの証拠だ。初代様の血を色濃く継いだ者の……紛うかたなき証なのだ」


「……え? で、ですが初代様の御髪(おぐし)はお父様と……」


 初めて知る真実にライラは戸惑った。なぜなら代々ロンチェスター家に伝わる文献には、はっきりと初代カイラスの髪は真っ白だったと記録されていたからだ。そして初代を思わせる武勇を奮う父の髪も、綺麗に整えられた髭も真っ白であった。


「ライラ。わしも初代様も初めは黒い髪だったんだ。そして、その気の弱い性格も昔のわしにそっくりだ」


 初代様もそうだったようだと笑う父にますます困惑するライラ。父が自分と同じような気の弱い性格だった事が信じられなかった。


「ライラ。お前にも必ずその時が来る。……来てしまうのだ。その時のためにこれを授けよう」


 優しい手つきでライラの細い首にキラキラと輝く白い宝石のペンダントが贈られる。シンプルなデザインだったが、ライラの真っ黒な髪に映えるその上品なペンダントに、そして何よりも愛する父からの贈り物という事実に先程の疑問も吹っ飛んでしまうくらいライラは喜んだ。


 宝石に負けないくらいキラキラと青い瞳を輝かせ興奮したように喜ぶライラに、ケディックは哀愁に満ちた目を向けていた。やがてはしゃぎ疲れて眠ってしまった娘の額に触れるようなキスを落とし、己の額をライラの額に寄せ合う。悲痛な表情を見せ、愛する娘がこれから経験する過酷な運命に祈るようにエールを送った。


「……。マイロか。遅かったな」


「お迎えもできずに申し訳ありません旦那様。ただいま帝都より戻ってまいりました」


 右足をわずかに引きずりながらも静かに部屋へと入って来たのは幼馴染であり、かつて戦場を共に駆け回った戦友でもあるマイロ・セントだった。マイロは伯爵家の出で、戦場でも多くの武功をあげていたが、激しさを増した戦場で足を斬られてしまったためうまく歩けなくなる。戦場に出られなくなってしまったマイロは、それでもケディックの役に立ちたいと自らロンチェスター家の執事になることを選び、日々忙しなく働いていた。


 今ではケディックが最も信頼する執事長として活躍している。


「あの女はわしのいない間に随分と好き勝手やってるようだな。……忌々しい」


「すまないケディック。身分を盾にされると何もできないことが歯がゆいよ」


「そればかりは仕方がないな。だがライラに大きな怪我を負わせるな。わしの夢を愚かな者共に潰されてはかなわんわ」


 憎々し気に吐き捨てるケディックにマイロは心から同意する。そしてライラの健やかな寝顔を見たマイロは幼き日のことを思い出しクスっと笑う。


「……本当にライラお嬢様は昔のお前にそっくりだ。特に気の弱い所なんかは、ついつい意地悪したくなる。我慢するのに必死だよ」


 堅苦しい事を嫌うケディックにとって昔のように話せるマイロの存在は有難いものだった。だがライラをイジメられてはたまらないと、ムッとした表情を見せるが次第に昔を懐かしむように語りだす。


「お前とアウレリアスにはよくいじめられたな。メリンダ皇妃のお気に入りのドレスをワインで真っ赤に染めたのを、わしのせいにされた時は気絶するかと思ったぞ」


 鉄板ネタを話題にするケディックにマイロは、ライラを起こさないように笑いをこらえた。


「……あれは笑ったな。でも今では本当に反省してるよ。お前の親父、恐ろしかったもんな。酷い折檻を受けたケディックに俺もアウルもさすがに血の気が引いたよ。……そんなお前が今では鬼騎士として恐れられてるんだから、<血の契約>ってのは俺達が想像してる以上に凄まじいものなんだろうな」


 血の契約という言葉に目を伏せるケディック。そして一拍置いて真剣な目をマイロに向けた。


「……確かに呪いでもあるが、祝福でもある」


 その強く青い瞳にマイロは、ある日突然人が変わったケディックを思い返していた。文字通り、人が変わったのだ。これからライラも変貌を遂げる。ケディックはそう言ってるのだ。


「無能な祖父にも愚かな父にも、そして馬鹿なマライアにもわしら初代の血を色濃く継いだ者のことなど、一生理解などできんのだ。……そう、同じ宿命に課せられた者にしか分からんのだ……」


愛おしそうにライラを見つめるケディック。ケディックが誰よりもライラを贔屓(ひいき)にする理由がそこには詰まっていた。


「マイロ。近い内、わしは今以上に長い間屋敷に帰れなくなるだろう。ルラン国に執着する北の対帝国連合が思いのほか鬱陶しくてな。すまないが、ライラの事を頼むことになりそうだ」


 ルラン国とは、肥沃な土地であり軍馬の餌となる草原地帯が広大な国でもあった。そのため北方を攻めるにも、敵が帝国へ進軍するためにも重要な拠点となる場所なのだ。元々は栄華を誇っていた時代の帝国のものではあったが、崩壊寸前まで追い込まれた時に奪われてしまった国でもある。


 ケディックは、今一度帝国を安定させるためのレコンキスタ(国土回復)に注力を注いでいる最中であった。


「まかせてくれ。何かあったら必ずすぐに連絡するよ。ケディック騎士団の武功を祈ってる」


 その言葉に安堵したケディックはもう一度ライラを見つめる。あどけない顔で眠るライラに、血の契約について詳細に話せないことに苦しさを感じた。己もそうだったから分かるのだ。気の弱い娘に自分達の宿命を話したらきっと恐怖に陥り、どうなってしまうのか予測がつかなくなる事を。


 だが、楽しみでもあった。ライラが祝福を受け覚醒した時、父と娘で戦場を駆け抜ける。そんな未来に思いを馳せながら小さく笑うケディックだった。

 


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