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第23話:帝国騎士団

 続いて第二皇子クロード、第三皇子エリオットと紹介が続くもアメリアはライラを見下ろし続けていた。そして婚約者である第一皇子ラウルに甘えるように体をすり寄せる。その姿にエンディーとフリオはなぜか気まずかった。


「団長、もしかしてあの女性は……」


「うふふ、妹ですね。存在などすっかり忘れていました」


 ロンチェスターという名にやはりそうだったかと思いはしたが、どうやらライラは本当に妹に興味がないようで、あの嫌な視線を何でもないように受け流している。


 あれは妹が姉に向けるようなものではない。ロンチェスター家はもしかしたらパーシバル家よりも難儀な御家なのかもしれないとフリオは思った。


 皇族の形式的な紹介が終わると皇帝アウレリアスが立ち上がる。


「皆、よくぞ集まってくれた。今日は北の対帝国連合を見事退けたケディックと新たに加わったその娘ライラの祝勝会だ。この輝かしい勝利と頼もしい……」


「父上、その前に少しよろしいでしょうか」


 皇帝の言葉を遮り、第一皇子であるラウルが突然そう告げる。集まった貴族達は父とはいえ大帝国の皇帝の話を遮った恐ろしい行動に思わず息を呑んだ。


「何だラウル、今は口上を述べるところだ。示しがつかんだろう」


 貴族たちの心配をよそにアウレリアスは悲しそうに眉尻を下げ、皇妃メリンダはまた始まったとばかりに額に手を当て、頭を小さく左右に振った。


「相変わらず息子に甘い奴め、少し見ん間に前よりも酷くなっておるではないか」


 親友でもあるアウレリアスにケディックは呆れていた。賢帝と称されるアウレリアスの弱点が変わっていないことに。


 だがアウレリアスにはラウルをつい甘やかしてしまう理由があった。ラウルは正妃メリンダとの子ではなく、大国バルラドから嫁いできた第二王女との間にできた初めての子であり、息子であった。


 アウレリアスと第二夫人はお互いを大切な戦友のように思っており、皇妃メリンダもその気持ちをしっかりと汲んでいたためラウルのことを大切にしている。


 だがその第二夫人が早くに亡くなるとアウレリアスはメリンダと共に悲しみながらもラウルのことは何の不自由もさせないように育てようと決め、今に至る。


 ここまでは良い話であるのだが、皇帝夫妻は少々ラウルのことを甘やかし過ぎてしまった。少々どころの話ではないのかもしれない。ラウルはこの二人の愛情を沢山受けすくすくと育ったが、そのせいで何でも自分の思い通りにいくと思っている節がある。


 正妃の子ではないラウルに皇位継承権はないのだが、皇帝夫妻の甘やかしを利用しお調子者故に操りやすいラウルを皇位継承者に担ぎ上げる者が出てきた時、ようやくこれではいけないと気づいた皇帝夫妻は事態の収拾を図るためにメリンダの子で第二皇子であるクロードを早々に皇太子とし、ラウルに厳しく接しようと奮闘した。が、これを見るに上手くいっていないようだ。


 さらにラウルは父アウレリアスに何の断りもなく勝手に婚約者を決め、城へ連れてくる始末である。


 ラウルがまたやったと思ったが、ロンチェスターであり覚醒者であるライラの妹と聞き、もしかしたらこの息子に良い影響を与えてくれるかもしれないとライラに期待してアメリアを受け入れたというわけであった。


 そんな事情で受け入れられたとは露知らず、頼もしいラウルに別の意味で期待するアメリアは婚約者の続きの言葉を待った。ラウルは父の言葉を無視してアメリアの姉であり、憎き相手でもあるライラをビシッと指さす。


「ライラ・ロンチェスター。貴様、妹であり俺の婚約者であるアメリアの手首を容赦なく折ったらしいな」


 その発言に貴族達が大袈裟にざわついた。その言葉が本当ならライラの戦場での噂は本当かもしれないと。


「謂れのない暴力を実の妹に振るなど許されないことだ。言い訳があるのなら今この場で聞いてやる、どうなんだ!」


 ラウルの怒声にライラはにこやかに微笑んだまま何も答えない。


「おい! どうなんだと言っている!」


 尚も発言しないライラにエンディーはさすがに戸惑っていたが、格式を重んじるフリオは当然だとライラと同じく動じない。そしてライラの意図にやっと気づいたアウレリアスはライラに話しかけた。


「あー、ライラ発言を許可する。申してみろ」


「うふふ、では僭越ながらお答えいたしましょう。ですが、少々語弊があるのでそこは訂正させていただきます。愚妹の骨を折ったことに間違いはありませんが、それはあなたと婚約する前の話です。そうそう、その時妹はとても面白いダンスを披露してくれました」


 くすくすと笑うライラにアメリアは怒りから顔を真っ赤にし、ラウルは別の意味の怒りから顔を赤くしていた。


「貴様、俺の問いにすぐに答えないとは何様だ!」


「わたくしの主がお前ではないからです」


「な!? なんっ……!!」


 間髪を入れずに答えたライラにラウルは驚きと屈辱から言葉が出なかった。そしてさすがのフリオも皇族に対する口の利き方に絶句していたが、そのフリオをエンディーが笑いをこらえながら慰める。


「き、貴様! 今、今、この俺に……皇族である俺に、お前と言ったのか!?」


 怒りから全身を震わせるラウルにライラはめんどくさそうに息を吐いた。


「面倒な押し問答は好みません。はっきりと申しましょう。わたくしの主は皇帝陛下ただ御一人です。それ以外の者の言う事をなぜわたくしが聞かなければならないのですか?」


 不敵に笑うライラに皆が絶句していた。今までとはまるで人が違うライラに最早あの頃の気弱な娘ではないのだと嫌でも見せつけられ、顔から血の気が引いていった。


 そしてそれは兄ブライアンも全く同じであった。あれは本当に自分の妹なのであろうかと全身が驚きと恐怖から汗ばんだ。肌に衣服が張り付くのが気持ち悪く感じる程に。その隣で義姉のミリーナはハラハラしていた。


「ふ、ふざけるな! 俺は、俺はいずれ皇……」


「ラウル! それ以上は言ってはならん」


 さすがに庇いきれんとアウレリアスが目で強く訴える。


「ち、父上……」


 項垂れるラウルに強がりからの発言だと分かってはいたが、これ以上は第二皇子であるクロードが皇太子であると決まっているため反逆と捉えられてしまうとアウレリアスは珍しく厳しく制した。


 だが気の強いアメリアはもう我慢の限界であった。


「お姉様! ラウル様とわたくしに今すぐ謝罪を要求します!皇族であるラウル様にあまりにも……」


「お前は何を聞いていたのですか?」


「っ!」


 初めて向けられるライラの冷たく、自分の死を感じさせられる瞳に思わずアメリアは怯んだ。


「わたくしの主は皇帝陛下であり、皇族ではないと言っているのです。ここまで言わなければ理解できないのならその口を一生閉じていなさい。あぁ、それとも今度はその喉を突いてほしいのですか?」


 そうするとこの場が血で汚れてしまいますねとライラはくすくすと楽しそうに笑う。そんなライラに辺りが痛い程静まり返るが、ケディックとそしてアウレリアスはとても満足そうであった。だがやはりアメリアはこのまま黙ることができなかった。


 あれ程見下し馬鹿にしていた姉が別人になってしまったことを受け入れられず、こうして皇族の婚約者にまでなっていずれは姉よりも身分が上となるのに、その姉には何の効果もないなど許せるはずがない。


 アメリアは己を奮い立たせると皇帝に直訴した。


「陛下! 姉は、あの女はいずれ皇族にとって脅威となる存在です! このままではいけません、今すぐ処罰を!!」


 アメリアの鬼気迫る姿に皇帝が動じることはなかった。それどころか子どもの様に目を輝かせ、楽しそうに口角を上げた。


「なぜ帝国にとってこれ程までに頼もしい者を罰する必要がある? アメリア、お前はラウルの婚約者だ。無下にするつもりもないが口出しは許さぬ」


「っ!」


 それに、とアウレリアスはライラを見つめた。


「あれ程の者を従わせるのは最高に面白いだろう?」


 皇帝にそう言われてはもう何も発言できなかった。アメリアは歯を食いしばると俯いた。アウレリアスはこれ以上にない程期待に満ちた目を壇上の下にいるライラへ向け続ける。その姿に皇妃メリンダが嬉しそうに微笑んだ。


「ライラ・ロンチェスター、この度のいくつもの鮮やかな勝利、誠に感服した。お前のその手腕と実力は本物だ。そんなお前に私は約束しよう、これから先お前にとって私は恥じない主君であり続けることを」


 それは賢帝としての言葉であった。これから先もうラウルを甘やかすことはない。そして帝国にとって揺るがない皇帝であると約束する言葉であった。ライラはその場に片膝をつき右手を胸に当てると頭を下げた。フリオとエンディーもそれに倣う。


「至極光栄に存じます、我らが太陽アウレリアス皇帝陛下。わたくしもお約束いたしましょう。いついかなる戦場においても必ずや勝利し、我が君のために戦果を捧げ続けることを」


「うむ、頼んだぞ」


 アウレリアスはライラ達をその姿勢のままでいるよう指示を出し、腰に下げていた剣を抜くと壇上を下りていく。そしてその剣をライラの肩に右に、左にと軽く当てた。その行為を同じく片膝をつき忠誠を誓うフリオとエンディーにも施した。


 その光景は皇帝直々の叙任式であるのは誰の目から見ても明らかであった。そして剣を治めると貴族達に宣言する。


「今より、ライラ騎士団は帝国騎士団となった。ライラ、戦場でのお前の言葉は私の言葉だ。その武勇、存分に帝国のため、私のために揮ってくるがよい!」


 会場のそこかしこから拍手が聞こえ、その音は徐々に大きくなるとすぐに割れんばかりの祝福と期待の音となった。フリオはようやくここまで来れたことをライラとケディックに感謝し涙を滲ませ、エンディーも突然訪れた名誉に胸の高鳴りが止みそうになかった。


 そしてライラは頭を下げながらも高笑いしたくなる程の高揚を必死で抑えるが、白い歯をしまい続けることはできなかった。


「次の戦場は東のセノート国だ。あの国さえこちら側につかせれば北の対帝国連合をさらに黙らせることができる。頼んだぞライラ」


 皇帝の言葉にゆっくりと顔を上げ立ち上がる。


「うふふ、お任せください。我らがアウレリアス皇帝陛下」


 ライラはフリオとエンディーを伴うと戦場へ向かうため歩き出す。貴族達はシャンデリアの光を浴び煌々と輝くライラに道を開けるため一瞬で左右に引いてその姿を黙って見送った。


「陛下も考えましたね。さすがは賢帝だ」


 ダグラスもライラ達を嬉しそうに見送るとケディックの肩に軽く手を置いた。


「ふっふ、全くだ。わしらを帝国騎士団に任命すればそれを盾に好き勝手戦争を仕掛けることをアウルは見抜いておるからな」


 レコンキスタどころではなくなるだろう。ライラには父ケディックという抑止力があるが、ケディックにはその抑止力は皆無である。幼馴染であり、誰よりも近くでケディックという男を側で見ていたアウレリアスは決してケディックに帝国騎士団という称号を与えなかった。


 だがケディック以上の実力者はいないため皇帝直属の騎士団である帝国騎士団を名乗れる者が現れることがなかったのだが、とうとうその存在が現れたことに帝国中が湧きたつであろう。


 そしてケディックにとってもう一つ嬉しいことが重なる。


「アウルには感謝せんとな。これでライラに求婚できる者はいなくなった。さて、わしらもライラのために西の奴らに邪魔されないよう圧をかけに行くとしよう」


「はいはい、本当に団長ってば娘に甘いんだから」


 帝国騎士団となったからにはライラと縁を結ぼうと思ったら直接皇帝にお伺いを立てなければならないが、そんな命知らずな者はほとんどいないだろう。


 ケディックはアウレリアスに目配せをすると上機嫌に会場を後にした。ダグラスも、他に参加していたケディック騎士団の者達もそれに続く。


 ラウルは未だに起こった出来事が理解できずに呆然とし、アメリアはまたも自分の思い通りにいかず姉に惨敗してしまった事に悔しさと怒りを滲ませる。


 そしてミリーナはライラとケディックの無事を祈り、ブライアンは何かを思いつめるように黙っていた。


 アウレリアスは会場を颯爽とあとにした者達の勇ましい後ろ姿を見送ると一呼吸した。


「さて、ここからは私も今まで以上にしっかりしないとな。レコンキスタを終わらせるぞ」


 力強く前を見据え皇帝として立ち上がったアウレリアスの隣にメリンダが支えるように寄り添った。


 城の外に出たライラの足取りは軽い。そしてフリオもエンディーも早く皆に嬉しい報せを届けたくて勇み足になりそうになるが、我らが美しき団長のあとを忠実に従う。


「うふふ、楽しくなってきましたね。フリオ、エンディー、早々にセノート国へとまいりましょうか」


「はい、団長」


「任せてくださいよ、団長!」


 ライラ達は軍馬に跨ると風の様に次の戦場へと駆けだすのだった。



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