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第19話:ロンチェスター家

「いやー! 大変失礼いたした! 息子の成長が嬉しくてつい!! ご存じとは思いますが、私がこの城の主のゼノースと申す! この度は援軍、誠に感謝いたす! それにしてもまさか私が気絶している間にあのバッツに勝ってしまうとは!」


 ベッドへと横にはなっているが存外元気そうな姿を見せ、豪快に笑うゼノース。そんなゼノースに安堵した様に側近達は小さくライラへと頭を下げ、感謝の意を示す。そしてゼノースは言葉を続けた。


「アウレリアス皇帝陛下にはすぐにご挨拶に伺わせてほしいとの手紙も出していますので、どうぞご安心してゆっくりとこの城で休養されてくだされ!」


 帝国へと寝返ったため、皇帝陛下への許しを待っている状態であるロドリ家だが、答えはわかりきっていた。この城塞を敵に渡すわけにはいかないことに加え、この城塞を知り尽くしているロドリ家に変わらず任せることが最良であると賢帝ならば考えるであろう。さらに、バッツを退けたことを理由に辺境伯としての地位に格上げもされるであろうことも予想できた。(陞爵(しょうしゃく)


「うふふ。ではバッツ公爵の身代金受け渡しを確認し次第帰りますので、それまでよろしくお願いいたします」


 ライラのその言葉にもっとゆっくりしていっていいのにと言いたかったが、口にはださずに笑って答えるゼノース。そして一礼し、部屋から出ようとするライラを今度はアドルフが呼び止めた。


「あ、の!……その、すまん。疑ったりして……。ありがとう。……おかげでこの城は安泰だ。こんなにも格が違う相手に嚙みついていた自分が今は恥ずかしいよ」


 穏やかな、だが申し訳なさそうに言葉を紡ぐアドルフにライラはクスっと笑った。


「あなたはなぜバッツ公爵に完全勝利することができたと思いますか?」


「え!? そ、それは、あんたが……」


 そこまで言ってアドルフは何を今更と思った。そんなのもちろんライラの策略があったからだ。やはり根に持っているのだろうかと少し慌てた。なんといってもこの戦争の功労者であり、公爵位でもあるライラの印象が悪いままでは帝国に返り咲いたとしても、ロドリ家の扱いが悪くなってしまうかもしれないと。


「わたくしにとっても奇襲の際、騎士達の損傷をどこまで抑えられるのかは一種の賭けでした。ですが、あなたの君主としての才が覚醒してくれたおかげで助かったのです」


「……え?」


 ライラの突拍子もない発言に思わず間抜けな声がでてしまったアドルフ。そんなアドルフにかまわずライラは話を続ける。


「戦場とは本当に面白いものです。どんなに負けが確定しているような戦況であっても時には奇跡のように逆転勝利をしてしまうことなど珍しくはありません。なぜなら戦場を支配しているものは兵士達の士気といっても過言ではないのですから」


「……!!」


「アドルフ、見事でした。聞こえていましたよ。騎士達の熱き咆哮が。あの時、わたくしは完全なる勝利を確信したのです」


 楽しそうに笑うライラにアドルフは思わず涙がでそうになった。そしてウェルナーは何かに気づいたように思わず口を開く。


「で、では! 奇襲が遅くなったのは……!!」


「うふふ。士気が最高潮まで達したあなた方の奮戦ならば、更に奥深くまで敵を入り込ませることができ、かつ耐えることもできると判断したため、しばらく様子を見させていただきました。確実にバッツ公爵を捕らえられるその瞬間まで」


 クスクスと笑うライラと少し申し訳なさそうに頭を下げるフリオ。そんな二人にウェルナーは怒る気にはならず、失笑した。ライラの掌の上で踊らされていたのはバッツだけではなかったことに。だが、そのおかげでアドルフの大きな成長をこの目で見ることができたのだ。たとえ死んでいたとしても悔いはなかったであろうと、今度は満足そうに微笑んだ。


「アドルフ。あなたはもっと自信を持つべきです。確かに上に立つ者として、プライドの高さも、素直さも必要でしょう。ですが、弱者に寄り添い勇気を与えられる者はそうはいません。うふふ。そのまま走り続けなさい。あなたはいずれ帝国に欠かすことのできない絶対的な守護者になるのですから」


 部屋を出て行ったライラとフリオにロドリ家の者達はいつまでも頭を下げ続けていた。何と言っていいかわからぬ暖かい気持ちと感謝に皆の胸がいっぱいになっていく。ライラが帝国にいる限り、帝国を裏切ることは決してしないとそれぞれが心に誓うのだった。


ー・・


 その日の昼下がりの午後。フリオ達はライラを囲むように丸テーブルの席につき、ゆっくりとベルが淹れる紅茶を嗜んでいた。そして、ライラから家系の秘密を厳かに聞き、思いきり顔をしかめていた。


「じゃ、じゃあ団長だけじゃなくケディック様も皆、殺されては生き返り、殺されては生き返りを繰り返してたんすか……?」


 恐る恐る問いかけるエルトにライラはニコリと微笑んだ。


「うふふ。そうです」


「げぇー!! 俺絶対無理!! 女性もいないそんなとこ! しかも殺され続けるなんて100%発狂する!!」


 エンディーはその考えを振り払うように激しく左右に頭を振った。その横では紅茶を持つ手を止め、何と言っていいのかわからず固まるフリオ。そんなフリオにライラが楽しそうに話しかける。


「だから言ったでしょう? 聞いたところで他の者には益になり得はしないと」


 確かにそうだとその場にいた全員が納得した。ロンチェスター家の覚醒者達以上に戦場を経験している者などこの世に存在しないのだ。しかも、敗けて死んだとしても甦り、勝つまで続けるのだ。経験と手数がそもそも比べ物にならない。そんな相手に勝つ者など数十年、いや数百年に一人の逸材でもなければ無理であろう。


「……通りで親父達がケディック団長に心酔してるわけだ」


 ぼそっと呟かれたダグラスの一言にエルトが興味ありそうに聞き返した。


「あのクールなミハイル様も心酔しているのか?」


 ダグラスは苦笑しながら父ミハイルの呆れた行動を暴露する。


「普段はあの通り物静かなんだけど、一度でもケディック団長を侮辱した奴の事を許さなくてさ。一番酷かったのは、敗走を始めた敵の一人がケディック団長に負け惜しみから暴言吐いた時、親父達が激怒しちゃってよ。30㎞先まで一人を追いかけまわして海に沈めて帰ってきたときはさすがに引いたね」


 敵一人対重装騎兵団を想像して周りは笑えなかった。だが、何気に人事でもないかもしれないと、美しい所作でティーカップに口をつけるライラを見る。こうして、久しぶりに和やかな日々を過ごして3日が経った。


 ライラはルラン国側の城塞の入り口前で、愛しい父が姿を現すのを待ち望んでいた。そして、父ケディックを先頭に続々と姿を見せ始める騎士団に顔をほころばせる。


「お父様。まずは東マイバルでの勝利、誠におめでとうございます。そして素早い援軍、感服にございます」


「うむ! ライラもよくぞニザンツ城塞を守り切った。大手柄だ。それにしてもあのバッツを相手に完勝とは!」


 嬉しそうに笑い合う親子にグランツ達は最早驚くことはなかった。東マイバルへと進軍し、バッツがいない事にやはり罠だとは警戒はしたが、ニザンツ城塞の方へ行っていたとしてもライラならば大丈夫であろうと信頼でき、安心して東マイバルへ集中することができた。そしてケディックからライラの覚醒時のことを聞き、初めから何も心配なかったのかと脱力したのだった。


「ロンチェスター家の覚醒者の話は聞いてたけど、まさかあの儚そうなお嬢さんがケディックよりも凄腕なんて。人は見かけによらないもんだな」


「そうだな」


 グランツの隣でミハイルも関心したように親子のやり取りを見ていた。そして、ライラのもとでなら息子も大きく成長できるであろうことを確信し、静かに微笑んだ。


「お父様、ぜひともお会いしてほしい方がいらっしゃいます。どうぞこちらへ」


 嬉しそうに父の手をひいて娘は歩き出す。ある一室の前まで来ると静かにノックし、中にいる人物に入室の許可を得て、扉を開けた。


「やぁ! やぁ! ケディック殿。ゆっくりさせてもらっているよ」


「……まさかこんな風に貴様と話をする日が来るとはな。バッツ」


 そこには、楽しそうに朝の紅茶を嗜むバッツとまだ傷の癒えていないエルバンが座っていた。長年敵対していた相手と初めて和やかな会合を始めるケディックとバッツに、ライラは変わらず嬉しそうに微笑み、エルバンは緊張から胃が痛くなった。



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