第18話:ライラとバッツ
徐々に明るくなっていく空と共にニザンツ城塞から上がる騎士達の咆哮をバッツも楽しそうに聞いていた。
「あの臆病だったアドルフ君がここまでできるようになるなんて感慨深いものがあるよ。援軍の誰かさんはそうとう優秀なんだろうねぇ」
まるで親戚の子供の成長を喜ぶように微笑む主に補佐のエルバンはムッとした。
「たいしたことではありませんよ。城主のゼノースが死んだ今、パフォーマンスしなければならない状況なだけです。援軍に来た者にいいように操られてるんですよ! どっちにしろバッツ様の敵ではありません」
尊敬する主が自分以外を褒めた事に子供のような嫉妬を向け、不機嫌そうにそっぽを向くエルバンにバッツは笑う。
「まぁまぁ、人の成長とは喜ぶものだよ。……あぁ、でももう終わらせないとね」
東の空が明るくなっていく。バッツは残念そうに顔を伏せ、全軍へ同じく檄を飛ばす。
「全軍!! 今日でこのニザンツ城塞を落とし、ケディック騎士団を今度こそ壊滅させる!! この城塞には仲の良い者がいるかもしれないが、我々は先へと進まなければならない!! 今日だけは情を殺し、テミスト皇国の騎士としての矜持を国内外へと見せつけるのだ!!!」
バッツの言葉に涙を流していた者も顔を引き締め城塞を見つめる。ここからでもわかる程太陽が顔をのぞかせ始めた。それを合図にバッツは右手をゆっくり上げる。
「全軍!! 総攻撃!!!」
容赦なく手を振り下ろすと同時にテミスト騎士団は雄叫びを上げながら城塞へと突撃する。その嵐の様な猛攻にアドルフ達も負けじと応戦した。
「怯むな!! 全軍護りを固めろ!!!」
押しも押されもせぬ激しい攻防が続く。だが突如として城門が崩され、雪崩れ込むようにテミスト騎士団が押し寄せた。少しづつ下がりながらもアドルフ達は必死で敵を食い止める。
「皆!! これ以上進ませるな!!!」
前線で勇敢に戦う若き主導者に触発され、今まで以上の力を発揮し続けるロドリ家の騎士達。ウェルナーとカイザーもアドルフを守りながら無心で戦いを続ける。だがいつまで経っても来ない援軍に徐々に焦りが見え始めた。
『まだか!? まだ来ないのか!! まさか、間に合わなかったのか!?』
焦るウェルナーに大柄な男が斬りかかる。違う場所へと思考が飛んでいた一瞬を突かれたウェルナーは目を見開き、次に来る衝撃を覚悟した。
「ウェルナー!!!」
その時、ウェルナーを斬りつけようと腕を振り上げ、急所ががら空きになっていた男の脇腹を敵の隙間を縫って来たアドルフが剣を突き立てる。男は痛みに体をひねらせたが、同時にアドルフへと矛先を変え、剣を振り回そうとする。
「坊ちゃん!!!」
自分から視線を外した男の隙を逃さずウェルナーは男の首を斬りつけ今度こそ男はその場に倒れ息絶えた。
「ウェルナー! 何を呆けてる!! お前が頼りなんだぞ!!」
「……坊ちゃん! 申し訳ありません!! さぁ!! どんどん行きますぞ!!」
アドルフの成長に感極まりたかったが、戦場へと意識を戻しいつもの猛将ウェルナーとして次々と敵を斬り伏せていく。その活躍に他の騎士達の士気は上昇を続けた。
「おかしい……」
その様子を城塞の外で指揮していたバッツは小さな違和感を敏感に感じ取っていた。まるで何かを待つように戦いを続けるニザンツ城の者達。そしてなぜかいない援軍。
「ケディック殿の放った援軍が逃げるはずがない! 一体どこへ…………まさか!!! しまった!!! 全軍戻……!!!」
「全軍、突撃なさい!!」
バッツの命令よりも先に突如森林から援軍の騎士団がニザンツ城塞深くまで攻め込んでいたテミスト騎士団に襲い掛かった。その突然の出来事にテミスト騎士団は逃げる間もなく狭い城壁内で挟撃され、真ん中にいた者達は身動きができなくなった。前後で激しい攻防を続けるその間にテミスト騎士団の野営地から拝借した馬でライラはバッツのもとへと駆け寄る。その白く輝く人物からエルバンは必死で主を守ろうと剣を構えた。
「バッツ様! お逃げ下さ……うぐ!!」
馬上から愛刀を引き抜き容赦なくエルバンの右肩を貫くライラに、今度はバッツが諦めたように倒れるエルバンを庇いながらライラを見つめた。
「お初にお目にかかれて光栄です。バッツ公爵。わたくしはケディックの娘、ライラ・ロンチェスターと申します。うふふ。どうぞ今後もよろしくお願い致します」
不敵に笑う美しい女性にバッツは深くため息を吐く。
「はぁ。負けたよ。降参だ」
こうして戦争はロドリ家の勝利で幕を下ろすのだった。バッツの敗北宣言が全員に伝えられ、テミスト騎士団はその場に膝を落とす。ニザンツ城の者達は自分達が勝利した奇跡に涙しながらもアドルフを胴上げし、カイザーとウェルナーも今度こそ男泣きをしながらその光景をしっかりと目に焼き付けていた。
勝利の余韻を残したままの城塞の一室でライラはバッツと向かい合い、ベルの淹れる香り豊かな紅茶を口にしていた。
「いいのかなぁ、捕虜がこんな優雅な扱いを受けても。あぁ、ベル君! 君の淹れてくれる紅茶はとても美味しいよ」
バッツの言葉にベルは嬉しそうに一礼する。
「うふふ。バッツ公爵とは一度こうしてゆっくりとお話をしてみたいと思っていました。どうぞ身代金の受け渡しまでごゆっくりとされていてください」
ニコッと微笑むライラにバッツも微笑んだ。
「最近忙しかったし、遠慮なくそうさせてもらおうかな。ところでうちのエルバン君はどうしているんだい?」
「うふふ。ご安心ください。傷の手当を受け、今は別室にて療養されています。気になるようでしたらご案内致しましょう」
その言葉を聞いてホッと胸を撫で下ろすバッツ。
「いやいや無事ならいいんだ。それにしてもまさか援軍がケディック殿の娘御だったなんて、御見それしたよ。こんな若き天才の秘蔵っ子を隠していたとは。はぁ、そんな二人を相手にするには歳をとりすぎたよ。もう引退かな」
ため息をつきながらも穏やかな顔で紅茶を嗜むバッツ。
「あらあら。せっかくわたくしという存在を知っていただけたのに困ります。わたくしは次の戦場で相対することが楽しみなのです。わたくしを知った上でバッツ公爵はどんな戦術を駆使なさるのか……! うふふ。考えただけで胸が高鳴ってしまいます。引退などさせません」
クスクスと笑ってティーカップを口にするライラにバッツはがっくりとうなだれた。ただでさえケディックを相手にするのは大変だったというのに、下手をすればケディック以上にやっかいな存在を相手にしなければならなくなるとは。その時扉が静かにノックされた。ライラは入室を許可するとフリオが恭しく入ってくる。
「ご歓談中失礼いたします。団長、ゼノース伯爵が意識を取り戻されました。団長にお会いしたいとのことですが、いかがいたしましょう」
そのフリオの報告にバッツがやられたと天井を仰ぎ見る。
「まさか、ゼノース殿の死が偽装だったなんて……。はぁ、ライラ殿は本当に抜け目ないなぁ」
「お褒めのお言葉光栄にございます。ではバッツ公爵、どうぞごゆるりとお寛ぎください。また後程伺わせていただきます」
何度目かになるため息を吐くバッツにライラは綺麗に一礼し、侍女のベルだけ残しライラはフリオと共にニザンツ城塞の主であるゼノースのもとへと向かった。城主の部屋には泣きながら父に縋る息子とそれを暖かく見守る老将カイザーとまたも男泣きをする猛将ウェルナーがいた。
「おぉ!! あなたがライラ嬢ですか! ご挨拶が遅れて申し訳ありません!!……いてて」
ゼノースは部屋へと入って来たライラへ挨拶しようとしたが、まだ起き上がれる状態ではなく、痛みで顔を歪ませる。頭に巻いた包帯が痛々しいとフリオは思った。
「親父! まだ無理すんなって!」
息子に諫められ、再びベッドへと横たわるゼノース。
「ふふ。アドルフ。本当にお前は変わったなぁ。いい顔つきになったよ。これなら安心して家督を譲れるな」
「ばっ!! まだ早ぇって!! 親父にはこれから俺を指導してくれないと。じゃなきゃ皆まだ安心できないだろ……」
真っ赤になって照れるアドルフを嬉しそうに見つめるゼノース。それを暖かく見守る側近達。そんなロドリ家をライラは冷めた目で見ていた。
「……お元気そうで何よりです。わたくしに用は無さそうですので失礼します」
顔に出してはいなかったが、せっかくのバッツ公爵との歓談を邪魔されたことに苛立ちを滲ませ踵を返そうとするライラ。どんな時でも怒りという感情を見せた事のない珍しい光景にフリオは素直に驚いていた。高潔で神秘的な団長の人間らしい一面を垣間見た気がした。
「お、お待ちくだされ!!」
部屋を出て行こうとするライラを必死で止めるロドリ家に仕方なさそうに小さく溜め息をつくとライラはゼノースと向き合うのだった。




