第17話:山脈越え
運よく無風と月明りに照らされている切り立った狭い道をヘイルド山脈に詳しい現地のガイドを先頭に黙々と進軍するライラ騎士団。重い甲冑を脱ぎ、極力軽装にしていたため一度風が吹けば身を切るような寒さに襲われる過酷な環境に新人達は死に物狂いで足を動かし続けていた。
「さ、寒いっす!! だ、団長すげぇ!! あんな平然と……。? な、なんだよ、お前ら……」
突然寒さとは別の悪寒を感じ振り返るエルトに、他の騎士達が身震いしながら近づいていく。
「エ、エルト!! お、お前子供はた、体温高いってし、知ってるか!?」
「はぁ!? お、俺は子供じゃ......!! ぎゃーー!!! 放せ!! 気色悪ぃ!!」
「やっべ!! エルト君あったか!!」
「はぁー!! 湯たんぽ……!!」
エルトで暖を取るように纏わりつく騎士達にエンディーは呆れていた。
「はぁ。どんな状況であっても男に抱きつくのだけはないわぁ。だーんちょ♪ 俺が温めてあげましょうか?」
ニコニコとライラへと話しかけ両手を広げるエンディーにライラもニコッと微笑む。
「うふふ。わたくしは戦力が一人欠けても困りません」
「あ、すいませ―ん。やっぱ大丈夫でーす……。エルトー!!!」
ぎゃーー!!!と後ろで絶叫する哀れな最年少騎士の犠牲に心の中で手を合わせながらフリオは平然と雪山行軍を続けるライラを見つめる。
「団長。あなたは不思議な方です。どこでこのような戦術を学び、実践経験を積まれたのですか? それともロンチェスター家が特殊なのでしょうか?」
フリオのその疑問にライラはクスっと笑う。
「ロンチェスター家の中でもお父様やわたくしの様な者を覚醒者と呼ぶそうです。うふふ。気になるのであればこの戦争が終わった後ゆっくり話してさしあげましょう」
「え!? よ、よろしいのですか? 他の者に家系の秘密を話すなど……」
「うふふ。秘密でもなんでもありません。それに、例え知ったとしても他の者には何の益にもなり得はしません」
言い切るライラにフリオは目をしばたたかせる。その後ろでは、やっとの思いで他の騎士達の拘束を振り切ったエルトが怒って近づいてきた。
「フリオばっかずりぃ!! 俺だって団長といっぱい話がしたいっす!!」
「俺も俺もー!!」
わらわらと集まってくる騎士達。そしてまた一悶着を起こしだす者達を尻目にダグラスが真剣な顔でライラへと問いかける。
「しかし、団長。バッツ公爵は俺らが退いてケディック団長にこの事を伝えるとは思ってないんですか?」
「うふふ。それは決してありません。なぜならバッツ公爵は長年お父様を相手にしていたのです。お父様ならば命令を放棄し、我が身可愛さからおめおめと逃げ帰る臆病者など許すはずがないとわかっています。そんな事をすればどちらにしろ待っているのは死なのですから」
ケディックの情け容赦のない性格を知るからこその逃げるという選択を取らずに命懸けで城塞を守り切ろうとすることはわかっている。逃げと戦略的撤退は違うのだ。
「で、でも団長はケディック様の娘っすよ? 俺達はともかく、団長のことは……」
「うふふ。もちろんわたくしも例外ではありません。もっともわたくしならば、お父様の顔に泥を塗るくらいなら単騎であっても敵陣深くまで切りこみ一人でも多くの者を道連れに華々しく散ってみせます」
美しくかつ恍惚に笑うライラに騎士達はゾッとした。初めてライラと出会い、犠牲になった三人の男達を思い出し、脅しではないと身に染みて理解したからである。そしてケディックがあんなにも溺愛しているであろう娘をあっさりと切り捨てる事ができると知って、やはりこの親子は別次元を生きているのではとさえ思った。
普通の感覚で生きる自分達が一生かかっても敵うわけがない相手を敵に立ち回るまだ見ぬバッツ公爵に尊敬の念すら抱きそうになった。
「うふふ。……ふふふふ! あぁ、早くバッツ公爵と相対し、わたくしという存在をその魂に刻みつけ、長年に渡ってお父様を苦しめたその手腕をぜひ堪能させてほしいものです……!」
楽しそうに笑い先を急ぐライラに新人達は怯えながらも気合を入れた。
『この方について行くためにもっと強くならなければ……!!』
我らが団長のために一致団結を決め、ライラへと続いて黙々と雪山行軍を続ける新人騎士達だった。
その頃、ニザンツ城では厨房へと案内されたベルが、思った以上にある食材や茶葉に目を輝かせながら戦勝を飾って帰ってくるであろう主のためにはりきっているところだった。鼻歌交じりに準備を進めるベルを見つめながら、不機嫌そうにアドルフが話しかける。
「……お前、見捨てられたかもしれないのに怖くないのか?」
その意地悪ともとれる問いにベルは手を止め不思議そうにアドルフを見る。
「勝ってお帰りになられるのに、なぜ見捨てられるのですか?」
「は! 勝てるわけないだろう! 明日には全滅だ!! 山脈越えなど正気の沙汰とは思えん!! 大方、父親のもとへと逃げ帰ったんだろうよ」
吐き捨てるように予想を言い切るアドルフにベルの顔がパッと華やぐ。
「さすがはお嬢様! 地元の方が山脈越えを無理だとおっしゃるのなら、お嬢様の読みは当たっていらっしゃるのですね!」
「はぁ!? 何を言っている!! 主がイカれてるなら侍女もイカれてるな!!」
アドルフを意に介さず嬉しそうに準備を続けるベル。欠片も主を疑っていないその姿にアドルフは悔しそうに歯を食いしばって厨房から出て行こうと振り返る。と、そこには険しい顔をしたカイザーが立っていた。
「アドルフ様。ライラ嬢の戦略は命懸けです。あの方は分かっておられるのです。そこまでしなければバッツの虚を突くことはできないということを。そして何より、追い詰められてなお勝利を諦めてはいない。そんな彼女を騎士達は慕い、信じてるからこそ何の疑いもせずついていくのです」
「……っ」
「あれこそ上に立つ者のお姿なのです。確かにアドルフ様はまだお若い。ですが、ライラ嬢はもっとお若い。この戦場であなたが成長できることを私どもは願っています」
いつもの様に穏やかな表情に戻って目を伏せ踵を返し行ってしまった老将を複雑そうな顔で見つめるアドルフ。もうすぐ夜が明ける。あと少しで恐ろしい雷光が攻めてくると思うとまた恐怖で身体が震えた。だが一抹のプライドがここから逃げ出すことを許さず、踏みとどまらせてもいた。父は籠城の名手。側近二人も敵から恐れられる歴戦の将。自分には何もないと思いたくなかった。
「ぬくぬくと温室で育った公爵家の令嬢が山脈越えなどできるわけ……!! 俺は……逃げないぞ……!! 俺達にはもう後がないんだ!!」
恐怖から額に汗をにじませながらも意を決し、震える足を前へと出し続ける。アドルフは父に替わって指揮をとるために城壁へと向かった。
「……アドルフ様!」
「アドルフ様だ……!」
城壁にたどり着くとそこにはアドルフへ期待を込めた眼差しで見つめるいくつもの視線を感じた。その視線にアドルフは重責を感じますます体がこわばってしまった。だが逃げないと決めた今静かに騎士達を見つめる。そこには恐怖から全身を震わせる者や、諦めた様にうつむく者もいた。そして優秀な主を失い、若き主導者となったアドルフに疑いの眼差しを向ける者達もいた。
「……ふっ。皆、同じなのだな」
あの軍議の中、自分だけが醜く取り乱していたことを思い出す。父も始めは怖かったのだろうか? それでもここにいる者達のために戦っていたのだろうか。そして、ライラを信じる者達を思い返す。全く疑いの目を向けない一途なその目を……。アドルフは深く息を吸い込んだ。
「皆! 父のいないこの城をバッツが全総力をもってして攻めてくる!! 俺は怖い!! あの雷光が怖くて堪らない!!」
突然士気を下げるように叫ぶ若き主導者に皆の顔が曇っていく。それでもアドルフは続けた。
「だが! 今、皆を目の前にして初めて気づいた!! あの勇敢に戦っていたお前達にも恐怖があったのだと!! そんなお前達にも縋っていた者があったのだと!! それが父ゼノースであった!!……だがその父は今はいない!! だからこそ気づいた!! そんな父を失ってもなお逃げずにこの場にいてくれるお前達の真の勇敢さを!! 大切さを!! そんなお前達を俺は父に替わって守りたい!! ロドリ家とずっと共にいてくれたお前達とこの先も共に生きていきたい!!」
アドルフの稚拙だが心からの叫びに下を向いていた者達が一人、また一人と顔を上げる。
「俺は父に比べてまだまだ未熟だ!! だが、これだけは誓う!! 決してお前達を見捨てはしない!! お前達を置いて逃げたりしない!! 共に戦おう!! 生きるために!! 共にバッツに抗おう!! これから先も共にあるために!!!」
体を震わせ騎士達が立ち上がる。
「皆!! 俺に力をかしてくれ!!! バッツをこの地から追い出すぞ!!!」
「「「 うおおおおぉぉぉぉぉ!!!!! 」」」
地が割れんばかりに騎士達が若き主導者のために咆哮を上げる。誰一人下を向く者などいなかった。アドルフの成長にウェルナーもカイザーも目尻に涙をため微笑んでいた。
あとはライラを信じて戦うだけだと三人の将は覚悟を決め、それぞれ剣を空へと掲げた。




