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第16話:戦況は最悪

 とんでもない速さで東マイバルを落とし、すぐさまニザンツ城へ進軍を開始したケディック騎士団になぜかロドリ家の側近は恐怖から顔をこわばらせ、ライラもその恐怖の理由に同意するように笑った。


「団長なぜですか!? 敵がここを落とす前にケディック閣下は東マイバルを落とし、援軍として来られるのですよ? 敵の目論見は失敗したんです! こうなっては敵は撤退しかありえません!」


 フリオの疑問にウェルナーが大きく溜め息を吐く。


「兄さん達は見たとこまだ新人だろ。バッツの恐ろしさを知らないのも無理はない。バッツはこの援軍の報を聞いて好機だと考えているはずだ」


「な、なんでっすか!? もうすぐ4万の援軍が来るんすよ!?」


 歴戦の将であろうウェルナーの言葉に若い者達は更に頭に疑問符を浮かべる。


「うふふ。よく考えなさい。対帝国連合の狙いはこのニザンツ城塞を取り戻し、お父様を消す事です。4万の進軍などどれだけ急いだとしても4日はかかります。そして今、護りの名手と名高いゼノース伯爵もいません。雷光と呼ばれるバッツ公爵ならばこの機を逃さず明日、全総力をもってして攻めてくることは必至。4日といわず1日ももたないでしょう。そうなればこの城塞は再び敵陣となり、お父様の方が攻撃を受ける事になってしまいます」


 その説明に一気に暗い顔になってしまった新人達を尻目にライラは更に続ける。


「バッツ公爵ならばそれだけに留まらず、城塞を落としたあとすぐさま山脈の入り口に伏兵を配置し、城塞前まで辿り着いたお父様を挟撃する所まで考えていることでしょう」


 クスクスと笑い、きっと当たっているであろうライラの予想に初めてバッツという名将に恐れを感じた新人達。それとは逆にライラの見解にロドリ家の側近達はやはり只者ではないとライラへと関心を向ける。なぜケディックが新人を送ってきたのかと疑問だったが、娘の才を信頼してのことだと理解できた。だが、戦況が更に悪化していることを知った年若く戦場経験も乏しいアドルフは大いに取り乱す。


「だったらどうすればいいんだ!! 援軍はダメ!! 親父はいない!! ロドリ家は……もう!!」


「坊ちゃん!!」


ぐずぐずと情けなく泣く当主代理に呆れながらも諫めるウェルナー達を気にも留めず、ライラはじっと地図を見つめる。そんなライラにフリオ達の目は期待で輝きを取り戻し始めた。そしてライラの思考を邪魔しないように静かにライラを待つ。少しするとライラは小さくクスっと笑った。


「団長……!」


「うふふ。ロドリ家の者達聞きなさい。これよりそこの愚か者に変わってわたくしが総指揮をとります。異論のある者は遠慮なく前へ出なさい」


「……な!? 貴様! 援軍の分際で……!!」


「坊ちゃん!! いい加減になさい!! 現状が本当にお分かりにならないのですか!?」


「!? ウェルナー!! お前まで!!」


 信頼していた側近にまで押さえつけられそうになる勢いで止められ、更にカッと頭に血が上るアドルフに畳み掛けるようにカイザーが物申す。


「アドルフ様! 我々は今帝国軍としてここにいるのです! この方はロンチェスター家のご息女。つまり公爵家のご令嬢。ここにいる誰よりも、そしてゼノース様よりも身分が上なのです! 何より今のあなたのそのお姿は上に立つ者としてふさわしくありません」


「……!!」


 幼い頃より仕えてくれているカイザーに言われてはもう何もアドルフは言い返せず、押し黙るしかなかった。


「ライラ嬢。大変失礼いたした。我らに異論などございません。どうぞ軍議を続けてくだされ」


 真剣な目をライラへと向ける二人の歴戦の将にフリオ達は期待に胸を躍らせる。やはり我らの団長はすごい人なのだと。


「うふふ。いいでしょう。ではこれより籠城をやめ、殲滅戦へと移行します」


「!? 本気でおっしゃっているのですか!?」


「さすが団長っす!!」


 あまりの無謀な宣言に二人の将は目を見開き、新人達は待ってましたと言わんばかりに目を更に輝かせた。


「手をこまねいていても状況は変わりません。ならば雷光という即断即決を逆に利用し、バッツ公爵が全力で城を攻めている後ろから奇襲をかけ城の中と外から挟撃し、殲滅させます」


「城の外!? どうやってそんな所に行くというのです!?」


 ますます意味が分からなくなっている二人の将にライラは何事でもない様に言い放つ。


「もちろんヘイルド山脈を通って迂回し、城の外の森林に隠れて布陣するのです」


「ヘ、ヘイルド山脈だと!?……いや、確かに……! そこを通るなどさすがのバッツも考えない、ということか……!!」


 ヘイルド山脈は険しい尾根が続き、山頂付近には雪や氷で覆われている危険地帯。ライラはそこを通って城の外の森林までこの夜のうちに行くと言っていることに気づいたフリオ達はさっきまでの目の輝きを失わせ、大量の冷汗をかく。


「だ、団長? まさかそこを通るのは……」


「うふふ。もちろんわたくし達です」


 ニコッと美しく微笑むライラに『ですよね!!』と涙を呑んで覚悟を決める新人達。


「ちょっと待て!! そんなこと言ってまさか逃げる気ではないだろうな!?」


 勢いを壊す様に異議を唱えるアドルフにウェルナーとカイザーは一理あるその意見に思わず何も言えなかった。だがその侮辱ともとれる言い分にフリオ達の怒りがとうとう爆発する。


「貴様! さっきから我らの団長に対して無礼だぞ!!」


 同じ伯爵位であるフリオは最早黙っている事ができずに反論する。


「そうっすよ!! 団長は凄いんすよ!! 1か月前の対帝国連合7万を潰したのはライラ団長なんすよ!! そんな人が逃げるわけないだろ!!」


「そうだ! そうだ! 俺らの団長は美しいだけじゃなく天才なんだよ!」


「あっはっはっ! 違いねぇ!」


 ここぞとばかりにエルトが敬愛するライラの自慢をし、エンディーが自分の主張を加える。それを見ていたダグラスが同意するように快活に笑っていた。


「ま、まさか……あのグラニエフを倒したのはあなただったのか……! ケディック公爵様の戦術とはかけ離れているとは思っていたが、そうだったのですか……。今ならば、納得だ」


 猛将ウェルナーはエルトの主張と、奇抜で大胆な戦術を口にしたライラの人物像が一致し覚悟を決める。


「わかりました。あなたを信じましょう。して、我らの為すべきことは?」


「ウェルナー!?」


 戦場経験の乏しいアドルフは未だ信じられずにいた。それどころかなぜこうもロドリ家の側近が寝返る様にライラを信用するのかがわからず悔し紛れに今一度ライラを睨んだ。


「ではわたくし達が出発した後、折を見て一つ噂を流しなさい。ゼノース伯爵が息を引きとったと」


「な!? 貴様……!!」


 勢いのままライラへと掴みかかろうとするアドルフをウェルナーは止める。


「なるほど。それを裏切り者がバッツへと伝えれば間違いなく奴は城攻めに集中する。我らは奴らを城塞奥深くまで攻め込ませ耐える」


「うふふ。そこをわたくし達が後ろから強襲をかけ挟撃する。逃げ場のない城塞での挟撃で敵は為す術がなくなるでしょう。理解が早くて助かります」


 そう言ってちらっとアドルフへと目を向ける。その視線にアドルフは悔しさから目を離さなかった。ライラは小さく笑って軍議の邪魔にならないように隅に立っていた侍女を呼ぶ。


「ベル。こちらへ来なさい」


 呼ばれたベルはすぐさまライラのもとへと歩み寄り礼をする。


「わたくしの侍女をこの城に置いていきます」


「……だからなんだ。侍女を生贄にでもするつもりか?」


「うふふ。まさか。彼女の淹れる紅茶は格別なのです。わたくしもお父様も気に入っています。ですから、この戦争に勝利した後お茶を嗜みたいので彼女を厨房へ案内してください。ベル、楽しみにしていますよ」


「はい! おまかせください! お嬢様の無事なお帰りをお待ちしております」


 何の疑いもせずに主を熱に浮かされたように恍惚と見つめる侍女にアドルフは口を紡ぐしかなかった。


「では、準備を済ませすぐに出発します」


「「 はっ!! 」」


 フリオ達を引き連れ堂々と部屋を出るライラ達にロドリ家の側近達は心から若き騎士団の無事と成功を祈るのだった。




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