第15話:雷光バッツ
「ゼノース様!!」
周りの戦場とは違う慌ただしい声に少しの間だけ意識が飛んでいたエルトは目を覚ます。ゆっくりと体を起こし、頭を左右に小さく振る。耳が先程の轟音で聞こえづらかったが、必死で辺りの様子を窺う。
「エルト! 無事か!?」
「……うっ……エンディー?……俺は、大丈夫。何が……起きたんだ……?」
「良かった……! 投石の集中砲火を受けたんだ!! 当主のゼノースがやられた! 今必死で北東壁を守ってる! お前はここで待ってろ!!」
「え!?……待って! エンディー……!」
援護へ駆けつけて行くエンディーを追いかけようと手を伸ばすエルトだったが、体がいうことをきかずにその場に膝をつく。何もできない悔しさに手を握りしめた。しかし、今動けない自分が行っても足手纏いになるだけだと大人しくその場に留まる事をエルトは泣く泣く決意するのだった。
ゼノースのいない北東壁だったが、パニックに陥ることはなかった。先頭にはゼノースに変わりライラが総指揮をとり続ける。
「フリオ! 東壁から登ってくる者共を消しなさい! ダグラス! 工作兵の守護を! エンディー! 負傷者の城への誘導を続けなさい! その他の者はわたくしに続き北東壁の守護を!!」
「「 はっ!! 」」
的確に指示を飛ばし、城塞当主不在となったゼノースの兵達を援護し続けるライラと騎士団。だがそのわずかな動きの変化にバッツは小さく口角を上げる。
「どうやらゼノース殿はようやくご退場されたようだ。日も暮れてきたし、今日はひとまず良しとしよう。全軍! 一旦引き上げだ!」
波が引く様に敵軍が引いて行く。その姿にニザンツ城塞の者達は脱力し、その場に座り込んだ。何とか今日を守り切ったが最悪な事態な事に変わりはない。動ける主要な者達はすぐさま今後のことを話し合うために城塞の一室へと足を運ぶ。その中にライラとフリオを含めた新人達もいた。
慌ただしく軍議の準備を進めるニザンツ城の者達。その合間を縫って動けるようになったエルトはライラへと申し訳なさそうに話しかけた。
「団長……。すいません。俺、途中で動けなくなってしまって……。でも次は! 次こそは絶対……!」
「謝罪など必要ありません」
ぴしゃりと謝罪を拒否するライラにエルトの体がこわばった。
「戦場において不測の事態が起きるなど当然です。あなたが動けなくなった時は他の者を向かわせ、わたくしは別の策を考え出すだけです。エルトよく覚えておきなさい。戦場で起きるすべての事は指揮官であるわたくしに責任があるのです。指示通り動いていたあなた方が謝罪する必要は一切ないのです。それよりもあなたが無事で何よりです。うふふ。今後もその働き、期待してますよ」
そう言って不敵に笑うライラにエルトは涙目になった。改めてこの人について行く事を選んで良かったと心から感じる。そしてそのやりとりを見ていたフリオ達も思わず胸に込み上げるものを感じたがグッとおさえ平静さを保つのだった。少しすると、数人を残して他の者達は部屋を出て行く。そして一人の青年が口を開いた。
「援軍の方々、大変お待たせしました。まずは援軍誠に感謝いたします。あいさつが遅れましたが、私はこの城の当主ゼノース・ロドリの息子のアドルフ・ロドリと申します」
かなり疲れた顔をした当主代理のアドルフがライラ達と向き合う。父ゼノースが負傷し、意識が戻らない今、息子であるアドルフが軍議を進めるようだ。そしてこの場には内通者を警戒し、ロドリ家はアドルフと二人の側近だけが軍議に参加していた。アドルフは生気をあまり感じられない目を不審がるようにライラへと向ける。
「……失礼ながら私どもはケディック公爵様に援軍を頼んだはずなのですが、本軍はいつご到着されるのでしょうか?」
「こちらこそ申し遅れました。わたくしはライラ・ロンチェスターと申します。父ケディックの命により、今はわたくしの騎士団のみの援軍となっています」
ライラの発言にロドリ家側がどよめいた。
「ここが帝国にとってもどれ程重要な場所か本当にわかっておられるのか……!?」
不愉快さが頂点に達してしまったアドルフが射殺さんばかりにライラを睨みつける。そんなアドルフを全く意に介さずライラは小さく笑った。
「うふふ。だからこそお父様はわたくしにここを任せたのです」
その言動に思わずアドルフが小さくたじろぐ。
「あなたこそわかっているのですか? 帝国の最終目標はあくまでレコンキスタ。現在帝国としては東マイバルを落とさなければならない状況なのです。わたくしはお父様が東マイバルを落とし、ここへ来るまでの時間稼ぎを任されているのです。わたくしならばそれが可能だとお父様が判断した次第」
余裕そうに小さく微笑むライラにロドリ家の側近であり第1騎士団の団長であるウェルナーは少なからず先の戦場でライラ騎士団に頼もしさを感じていた。だが当主代理であるアドルフは怯える表情で叫ぶ。
「あなた方はやはり何もわかっていない!! 相手はあの雷光バッツなのですよ!? あぁ!! クソ!! 親父が帝国へ寝返らなければこんな事には……!!」
頭を抱え、醜く取り乱すアドルフをウェルナーは少し呆れた様子で諫める。
「坊ちゃん。上に立つ者がそんな事では士気が下がります。落ち着かれよ」
ロドリ家一の猛将であるウェルナーの諫言に小さく呻く当主代理を気にしつつ、もう一人の側近であり古株でもある工作兵隊長のカイザーがライラへと目を向ける。
「ライラ嬢。確かにあなたの指揮は素晴らしいものだった。並の将を相手にするのなら時間稼ぎもできたでしょう。しかし、相手が悪すぎる。それに奴の猛攻を耐えられていたのは護りの名手であるゼノース様がいらしたからだ。ゼノース様が負傷された今、戦況は最悪だ。いつ意識を取り戻されるかもわからぬ状況に加え、例え意識を取り戻されたとしても戦場に立てるかどうか……」
「うふふ。名将バッツ・ロニールですか。それは初耳です。面白い方を相手にしているのですね」
「そんなにやばい相手なんすか?」
エルトの純粋な疑問にアドルフはとうとう激昂する。
「バッツの事も知らない田舎騎士が来るなんて!! もうここは終わりだ……!! もう終わりなんだ!!!」
「坊ちゃん!!」
側近が諫める中エルトはバツが悪そうな顔をしていたが、ライラは気にするそぶりも見せずに説明する。
「バッツ・ロニール。テミスト皇国のロニール公爵家の当主であり、テミスト騎士団の団長でもあります。そしてお父様が苦戦を強いられた名将です」
「あのケディック閣下が……!?」
ケディック騎士団へ入団してまだ3年しか経っていなかったフリオ達も初めて聞く事であったために素直に驚きを隠せなかった。
「うふふ。バッツ公爵はその頭の回転の早さに加え、即座に行動に移すことのできる数少ない傑物です。その的確な判断と迅速な行動が雷の様な速さと攻撃力であると称され、雷光と呼ばれています」
ルラン国を攻略する際にケディックが7年もの歳月を要する事になってしまった原因がこのバッツ・ロニールであった。主に力技を得意とするケディック騎士団にとって予測不能な動きを見せるバッツは最悪な相性だったのだ。だが、そんな相手であっても現状を留められていたケディックもやはり名将である。
そしてバッツにとってもケディックはやりづらい相手に変わりはない。それは対帝国連合として近くでバッツとケディックの戦いを見ていたロドリ家にとって希望でもあったはずだった。
「ケディック公爵様さえこちらにいらしてくださればロドリ家は……!!」
悔しそうに机を叩きつけるアドルフ。だがそのあまりの身勝手な言い分に真面目なフリオは怒り心頭だった。
「ならばなぜバッツ・ロニールを相手にしていると情報共有してくださらなかったのですか!?」
その最もな怒りに今度はロドリ家の者達がバツが悪そうにうつむいた。だがこのまま黙っているわけにもいかないため、カイザーが重い口を開く。
「それは本当に申し訳ないと思っている。援軍を要請した後に突如バッツに変わったのだ。そしてあの投石の集中砲火……言いづらいがロドリ家の中に裏切り者がいるのは明白だ」
「うふふ。なるほど、やはり東マイバルは囮だったのですね。」
「え!? 団長それってどういうことっすか!?」
「これはお父様を討ち取るための策略だったのです。対帝国連合は兵力を分散させると見せかけ帝国軍を東マイバルへと集中させている間にバッツ公爵が即座に踵を返し、ニザンツ城を陥落させる。そして東マイバルを落とし、何も知らずに援軍へと駆けつけたお父様を討つ。対帝国連合としては先の戦争でのお父様の脅威に一国を囮にしてでも討ち取りたい様子。しかし、思っていた以上にこの城塞は堅牢でその上わたくし達の援軍が来る計算外が発生しているようですね。うふふ。と言ってもバッツ公爵にはあまり問題はないようですが」
ライラの予想にエンディーが問いかける。
「ですが団長。ケディック様がこっちに来ないってどうして敵はわかってたんですか?」
「先程も言ったように、それは帝国の最終的な目標があくまでレコンキスタだからです。そしてゼノース伯爵ならば援軍を要請したとしても、普通の将相手ならば1週間はもつとお父様は計算していました。東マイバルの戦力が分散したとなったら帝国は見逃すわけにはいかなくなります。対帝国連合はその心理と今回の裏切りを利用したのです。ロドリ家の言う裏切り者の役割は、援軍要請後に計画通りお父様が東マイバルへと進軍したことを対帝国連合へと流したことを言っているのでしょう。そして援軍要請後に突如バッツ公爵が現れ大混乱に陥った。うふふ。こんな所でしょう」
その通りすぎる予想にぐうの音も出ずに黙ってしまったロドリ家の者達。そんな暗い雰囲気を打破するように一人の伝令が慌てて部屋へと入ってくる。
「伝令!! たった今、東マイバルを陥落させたケディック騎士団がこちらへ援軍として向かっていると報告が……!!」
その報告に室内は一瞬で歓声に包まれる。他の者達は目を輝かせ大いに喜んだ。だがいくつかの戦場をバッツと共にしたロドリ家の側近は顔をこわばらせる。そしてライラは小さく笑った。
「あらあら。戦況は更に悪化してしまいましたね」
楽しそうにそう呟くライラにフリオ達は疑問符を浮かべた。




