第14話:ニザンツ城塞
ライラ騎士団は巨大な山脈の麓を駆け足で進軍を続けていた。見渡す限りの高い山々。そしてその山々の稜線には春も終わりに近い時期にも関わらず真っ白な雪と凍てつく氷で覆われていた。人が作った道をたどって行かなければきっとこの先へは足を踏み入れる事は難しいだろう。フリオはここが天然の要塞と称される所以に納得がいった。だが違和感を感じる。静かすぎると。
「団長。もうニザンツ城が近いはずですが、これは……」
「うふふ。罠ではありません。ここに敵がいないのは、この場所がもともと帝国領だったからです。ルラン国へと進軍していた対帝国連合が潰えた今、敵は城塞の向こう側、つまりオルド国から今一度この山脈を通って帝国へ進軍、守護するためにニザンツ城を攻め落とそうとしているのです」
大変なのはこの先だと言うライラに気を引き締めるように皆の顔が険しくなる。しばらく先を進むと巨大な城塞が突如として現れる。その城塞は山を削って造り上げられていた。そのため、城塞を守る様に両側を断崖に囲まれ、人の侵入を阻むように上手く自然を取り入れた造りとなっていた。ちょっとやそっとでは崩れなさそうな建造物に栄華を誇っていた大帝国時代の名残を随所に感じられるその様に騎士達は思わず口を開け、辺りを眺めながらゆっくりと馬を進める。その時少し先で上がっていた跳ね橋が下され、一人の男が慌てたように走り寄って来た。
「なんとお早い援軍で!! ありがたい!! すぐにこちらへ!!」
本来4日はかかるであろう道のりを援軍要請の報を受け取り、2日で辿り着いたその迅速さに男は感激しているようだった。一瞬新人達はそんなに早かっただろうかと、ふと疑問に思ったがすぐに解決する。あの撤退訓練のおかげだと。
「すげぇっす!! さすがライラ団長!! あの訓練のおかげで俺らちゃんと成長できてたんすね!!」
相変わらず純粋な憧れの目をライラへと向けるエルト。他の者も苦笑しながらも同意していた。この1か月ずっと恐ろしいベテラン騎士団から逃げ回っていたのだ。体力も機動力も上がっている。それを身に染みて感じながら城塞の中へと入り馬を降りる。その騎士団を急かすように男が城の奥へと案内するために走り出す。
「到着早々申し訳ありません!! 急いで援軍を!!」
走る男について行く騎士団。すると遠くの方で人の悲鳴や砲弾の爆発音が聞こえてくる。近づく程に音は大きくなっていき、その戦場の音に騎士達の顔も徐々にこわばった。城を抜けた先、突然の太陽の眩しさで一瞬目を閉じる。そして眼前に広がる惨状にビクリと体が固まった。
「こ、これは……」
思わずフリオが呟く。城の高い場所にいたライラ騎士団にはすべてが見えていた。高い壁を打ち破るために絶え間なく撃ち込まれる砲弾や投石。その城壁に梯子をかけて登ってくる敵と休む間もなく戦い続ける騎士達。至る所に落ちている手足や損傷の激しい死体の数々に思わず息を呑んだ。
「フリオ、ダグラスの隊は城壁上の救援と援護へ。エルト、エンディーの隊は工作兵の援護を。その他の者はわたくしに続きなさい」
「「 はっ!! 」」
冷静な指示に我を取り戻した騎士達は一斉に行動を開始した。特に機動力の高いフリオとダグラスの隊が素早く城壁上の援護に入る。
「援軍だ!! 厳しい者は下がれ!!」
「あ、ありがてぇ……!!」
重傷人を誘導しながら敵を退けるフリオ。その前線には豪快に大剣を奮い、大量の敵を容赦なく突き落としていくダグラスの姿があった。
「親父達に比べたらなんてことないねぇ!! どんどんかかってきなぁ!!」
「ひ、ひぃ!! さ、下がれ!! うわああぁぁ!!」
勇猛果敢に攻め続けるダグラスに敵は恐れをなし、攻める手を緩める。その間にフリオとダグラスの隊は重傷人と入れ替わることに成功し、次々と梯子を壊し、敵の進軍を阻んでいく。そのフリオ達を敵のベルフリーと呼ばれる攻城兵器の上に立っていた騎士達がその鉄壁の守護を崩そうと弓を向ける。
「撃て!!」
その時後方で砲弾が放たれ、その攻撃が敵のベルフリーに直撃し轟音をたてて崩れ去る。木造建築の攻城兵器は燃えながら城壁外の敵軍へと向かっていき、その巨体をゆっくりと大勢の敵兵の頭上へと倒れ込ませた。
「……団長!!」
そこには敵に大砲を向けるライラの隊がいた。フリオ達はその後方支援の一撃に士気が上昇する。
「よし! このまま守り切るぞ!!」
「「 はっ!! 」」
奮闘を続けるフリオ達とは少し離れた場所でエンディーとエルト達はゼノース・ロドリと思われる当主の指示に従いながら的確に崩れそうな城壁を直す工作兵の援護を黙々と続けていた。
「そこの小僧!! そのレンガを南壁へ持っていけ!!」
「小僧じゃないっす!!」
子ども扱いにムッときながらも手を動かし続けるエルトの隊とは別にエンディーは城壁内部へと侵入してきた敵を次々と斬り伏せていく。
「工作兵に近づけるな!! すべて殺せ!!」
隊に檄を飛ばし続けながらも援護を続けるエンディーの前に一際体格の良い男が大剣をエンディーの頭上めがけて振り下ろす。
「よぉ色男! お前良い腕してるな! ムカつくぜ……!!」
「……ぐっ!!……そりゃ!……どうも!!」
寸での所で大剣を受け止めたエンディーだが、あまりの衝撃に一瞬怯んでしまった。その隙を逃さずさらに横腹に大剣を叩き込もうと男が嫌な笑みを浮かべる。
「……っ!?」
突如男の眉間を矢尻が貫いた。男は呻く間もなくその巨体を地面へと倒し動かなくなる。その男の遥か先に長弓を構えて不敵に笑うライラが立っていた。
「団長!?……はは! やっぱ団長は俺らの勝利の女神だな!!」
士気が上がったエンディーの隊も防御を突破する敵を休む事なく斬り続ける。そのなかなか崩れぬ城塞を敵総指揮官バッツ・ロニールは自身の豊かな髭を撫でながら見つめていた。
「……動きが変わったね」
「はい。どうやら敵援軍が到着したようです」
バッツの呟きにすぐさま補佐のエルバン・ダードリーが答える。綺麗に整えられた前髪が戦場から吹く風に少しだけ乱された。その前髪に触れながらも詳しく入った情報をバッツに伝え続ける。
「といってもどうやら数は1000名程度。ケディック騎士団はやはり東マイバル国の方へと進軍したためそれ程の援軍を送れなかったようです」
計算通りと小さく笑うエルバンにバッツは冷静に答える。
「エルバン君油断してはいけないよ。本来ならこの城塞を私に変わってから2日で落とす手筈だったんだ。……はぁ。陛下も無茶を言ってくれる。いくら私でもこの堅牢な城は中々難しい。それに比べてケディック殿はさすがだねぇ。こんな短期間で少数とはいえ優秀な援軍を送り込むなんて。やはり東マイバルが囮だと気づいている」
「そんな……! ならばなぜケディック本軍が来なかったのですか?」
バッツという名将を良く知るエルバンは小さく唾を飲み込んだ。
「我ら対帝国連合の策略を逆に上手く利用し、レコンキスタを進める事にしたんだろう。そしてあの援軍はきっとグラニエフ君を討ち取った者だ。あの奇抜で美しい戦術を指揮するなんて並大抵の者じゃない。その者ならこの城塞を守り切れると判断し、ケディック殿は予定通り東マイバルを即座に落とす。そしてここに来るつもりなんだろう。ふふふ、早く落とさないとまずいねぇ」
バッツの予想にエルバンは冷汗をかく。彼の言うことはほぼ当たるのだ。先の先まで見通す目、そして何よりも恐ろしいのは即断即決の電光石火の動きなのだ。この迷いのない決断と指示にいくつもの戦場で勝ちを重ね、命を助けられた。そんな名将が帝国軍の数少ない援軍を警戒している。
「困ったものだ。こちらがこの城塞を落とすために東マイバルというでかい囮で時間稼ぎをするつもりが、こちらが時間稼ぎにされている。いやはや、どうしたものかね」
そう言いながらも新たに現れたであろう強敵と戦える喜びを隠せてはいないバッツにエルバンは安堵する。
「エルバン君。ゼノース殿のいる場所の特定はできているかね?」
「はい。先程ようやく城から出て、今は北東壁にいると」
「ふふふ。いいねぇ。では攻撃を一か所に集中させよう。運が良ければ6日後には帰れる。皆!城塞北東壁へ攻城機用意。……撃て!」
静かな号令により一斉にニザンツ城塞の北東壁へと投石の嵐が降り注ぐ。そのあまりの勢いに城塞内部にいる騎士達から絶叫が上がった。
「やはり城壁は固いね」
猛攻したにも関わらず、わずかにひび割れただけの城塞だったが、バッツは確かな手応えを感じ楽しそうに笑った。城壁内では猛攻が収まり静かに砂塵が舞う中、大量の犠牲者を出したその中に一人の男が頭から血を流し意識を失っていた。
それは壁の修復指示を出していたニザンツ城塞当主、ゼノース・ロドリ伯爵であった。




