第12話:この世の地獄
歴史に刻まれるであろう戦争を大勝で飾った日から5日目の穏やかな早朝の時の事である。新人達はまだ白い息が出る中、整然と立ち並んでいた。エルトは前に立つ我らが美しき団長とその後ろに控えめに立つ副団長とその隣に立つ新たに仲間となった男を見つめる。そして男が仲間に加わった経緯を何気なく思い返していた。
フリオが副団長に任命された次の日に、ライラから紹介されたのはミハイルの息子であるダグラスだった。ダグラスは父と同じ重装騎兵であり、エルト達よりも少しだけ早く騎士となって戦場を駆けていた男だ。
「今日からこの騎士団に配属させてもらう事になったダグラス・カインドだ! ライラ団長の手腕に惚れて自分からこの騎士団への入団を父に頼み込んだから、気持ちは皆と一緒だと思っている! よろしくな!」
ニカッと人好きする笑顔を見せた男だったが、さすが重装騎兵であるダグラスはフリオよりもガタイが良かった。だが、物静かな父ミハイルとは真逆な性格のようで、明るく豪快なためすぐさま皆と打ち解けることに成功していた。
そこから歓迎のどんちゃん騒ぎをしたのは良い思い出である。今、ダグラスはこの騎士団の重装騎兵中隊の隊長として選ばれ前に立っている。そんなダグラスに羨ましい気持ちを抱きつつも、敬愛するライラへと視線を集中させ、ライラの言葉にエルトは耳を傾ける。
「皆。今日から総撤退の訓練をいたします」
総撤退という言葉に騎士達は小さくざわついた。エンディーは皆の意見を代弁するように手を上げ質問する。
「あの-団長? 撤退訓練なんて士気が下がっちゃいません? 普通は攻撃とか、剣術とかじゃないんですか?」
他の騎士団であれば新兵の口答えなど処罰ものだが、ライラはあえて質問を許していた。まだ発足したばかりの軍団にとって信頼は何よりも重要である。指揮官の真意を身をもって知ることでいざ本番という時に何の疑問もなく迅速に行動できることは着実な勝利への大事な一歩であるとライラは地獄で学んでいた。
「エンディー良い質問です。戦場において撤退とは一番混乱を招き、命を落としてしまうものです。では逆に問いましょう。敵が総撤退を開始した時、パニックもなく整然と素早く引き返していったらあなた方はやりづらいと思いませんか?」
「……あ、確かに」
なるほどと新人達は納得した。撤退時パニックにならずに整然と逃げれば生存率が格段に上がる。そしてまたすぐさま立て直すこともできる。それは敵にとって最も嫌なことであるのは間違いない。
「さすが団長っす!!」
エルトはキラキラとした目をライラへと向けた。
「うふふ。わたくし達は今、お父様の騎士団と共にあります。帝国一誉れ高い方々にご教示いただけるなんてあなた方はやはり選ばれた存在なのかもしれませんね」
ニコッと笑ってライラはケディック騎士団を見る。その視線につられるように新人達も同じ方向を向き、冷汗をかいた。そこにはニヤニヤと悪い笑いを浮かべ、なぜか武器を構え大砲をこちらへと向けているベテラン騎士達がいた。とても嫌な予感がした。
「と、いうわけで、今から実弾入り混じる撤退訓練を開始いたします」
「「 !!?? 」」
「お父様の騎士団から良く学び、冷静に逃げなさい。捕虜となった者は実践と同じく身代金を要求されますので手を抜くなんて考えは捨てることです。それではお父様、お願い致します」
いつの間にかライラの隣に立っていたケディックは自分の騎士達に容赦のない指示を出す。
「皆! 今日は好きなだけ暴れるがいい!! 一番多く新人共を捕虜にした者はわしが好きな物を何でもくれてやる!!」
さすが団長! と物凄い盛り上がりを見せ、獲物を見る様なギラついた目を向けるベテラン騎士達に新人達は震えあがった。
「きばって逃げろよ! 新人!!」
そう言って何のためらいもなくグランツが砲弾を撃ち込んでくる。それを合図に一斉に駆け出すベテラン達に新人達は弾かれたように慌てて逃げ出した。その新人達を嬉々として追うベテラン騎士達。そこかしこから爆発音と男達の悲鳴が上がるその光景はまさに地獄のようだった。
「うふふ。滑稽ですね。あれ程冷静にと伝えたのに。まぁいいでしょう。フリオ、ダグラス。この光景をしっかり観察しておきなさい。次はあなた方も参加し、あの無様に逃げ惑う愚か者共をしっかりとまとめあげるのですよ。それが上に立つ者の役目です」
クスクスと笑うライラにフリオとダグラスは恐怖と緊張から思わず唾を飲み込んだ。二人の眼前にはいまだ容赦のない地獄が展開されている。無策で逃げる新人を見事な連携で囲い込むベテランや、果敢にも反撃を試みた新人をあしらい簡単にボコして吊るし上げるベテランなど、次々と仲間が為す術なく捕まっていく姿を見せつけられ思わず、今日だけでも安全地帯にいられて良かったと心から安堵した。と同時に悲鳴を上げ逃げ惑う仲間に心の中で謝罪しつつ、次のために必死で観察し活路を見出そうとする二人であった。
そんな新人達にとって地獄の様な日々とベテラン達にとって懐が潤う楽しい日々が半月経とうとしていた。新人達は少しづつだがベテラン達から上手く逃げられる回数が増え、捕虜となる者が減っていった。中でも頭角を現したのが副団長でもあるフリオと重装騎兵中隊長ダグラス、そしてエンディーとエルトであった。
まずフリオが地形を覚え的確に指示を出し、エンディーが素早く先導し襲い来るベテランをいなす。そしてエルトが道中敵の気配をすぐさまキャッチし、情報を共有しながら機動力の高いダグラスと連携し、別の退路を確保する。他の者達も指示に口を挟むことなく粛々とそれに従う。
団長不在の中これ程上手くまとめられたのはやはりベテラン騎士達の実践さながらの迫力と機動力、そして戦術による恐怖の賜物であろう。個々が突出し、バラバラに逃げる事は戦場では死を意味すると身をもって経験することができ、的確な指示を出せる者に従う事は軍そのものの生存率を上げるという意味も理解できるものであった。
そしてさらに半月が経とうとしていた。新人達は身なりはボロボロだが騎士団結成当初よりも精悍な顔になっていた。だがまだまだ詰めの甘さも残っているため、新人達のレベルに合わせて上手くベテラン達も攻める激しさを増していった。
今日も今日とて騎士達の悲鳴がそこかしこで上がる中、ロンチェスター親子はベルの淹れる香り豊かな紅茶を口にしながらケディックのもとへと入って来た急を要する報告を共有していた。
「ライラ。ルラン国北方にあるニザンツ城塞を任されていたゼノース・ロドリが帝国へと寝返った。そのゼノースが援軍を送ってくれとのことだ。頼んだぞ」
「はい、お父様。必ずや吉報をお父様に届けてみせます」
ようやく動きを見せ始めた戦況に親子は小さく笑って腰を上げるのだった。




