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第10話:開戦

 丘陵地帯の頂上に立ち、戦場を見渡すとベルは本当に勝てるのだろうかと恐ろしくなった。ここからならよく分かる。ケディック騎士団を率いるライラと対帝国連合の圧倒的数の差が。


 ライラ陣営は中央の歩兵団の数が少なく、横長に並び縦の列に厚みがない。それに対して敵陣営は中央歩兵の数が多く、縦の列にライラ陣営の倍はあるであろう厚みがあった。そしてその両翼には2000の右翼重装騎兵と左翼3000の重装騎兵が布陣していた。もし、敵があの中央歩兵を中心にライラ陣営の中央に突撃してきたらもう終わりなのではないのだろうかとド素人ながらにベルは思った。そんなベルを知ってか知らずか、ケディックがライラの真意を説明をする。


「この場所を選んだのはライラだ。この時点で敵はライラの術中に一つはまっている。本来なら敵の数をもってすれば、そもそも戦列をもっと横に長くし、ライラを包囲するだけでいい。だが、川とこの丘陵地帯に阻まれた狭い空間でそれができないのだ」


「敵は、それで良いのでしょうか? おかしいとは思っていないのですか?」


 ケディックの説明にハラハラしながら問いかけるベルにケディックは嬉しく思った。ライラの役に立つために恐ろしい筈の当主に向き合おうとするその心根に。


「ふっふ。気づいてはいるが、大して気にもしとらんのだろう。なんせ敵は6万。これ程の大軍を指揮するのに広がられては指揮系統が行き渡らず困るからな。それにライラのもう一つの重要な策は自陣の左翼の重装騎兵よ」


 ケディックが差す指の先をベルは目で追う。そこには、ライラ陣営の一番奥、川の手前に布陣するミハイル率いる重装騎兵の6500人がいた。それはベルにも何となく分かってはいたが、なぜ重要なのかまでは分からなかった。なぜなら、ケディックの指し示すその左翼の重装騎兵は、ライラ陣営の中でいびつなほど数が多かったからである。中央歩兵を挟んだ手前の右翼にも同じ重装騎兵がいたが、その倍はいた。


「確かに不自然なほど数が多い気がしますが、どういう意味があるのでしょうか?」


「それは口で説明するよりもここで見ていた方がよく分かるだろう」


 不思議そうな顔をするベルにもはや先程までの緊張感はなかった。思った以上に話しやすい当主に少しだけ心許した瞬間だった。


「……始まったな」


 ケディックの呟きに違う緊張感がベルを襲った。ライラの無事をまた祈る様な気持ちで戦場を見つめる。下では大きな争いはなく、軽装歩兵達による軽い小競り合いが展開されていた。両者の大きな陣にまだ動きがないことにベルは少しだけホッとしたが、ここでライラの陣が動きを見せる。その動きに困惑しつつ、いつ本格的な戦闘が始まってしまうのかとベルの感情はまるでジェットコースターの様に上がり下がりしていた。



 戦場の真っ只中で小競り合いを開始した軽装歩兵を隠れ蓑にし、ライラは指揮を飛ばす。


「中央を突出するように前へと進みます。それに合わせて両側後方の重装歩兵はその位置で縦に展開しなさい」


「「「はっ!!」」」


 ライラに続いて中央歩兵はゆっくりと前へと出て行く。その形は上から見ていたベル達には良く分かった。だがどういう意味があってその形にしたのかまではベルには分からない。


「ケディック公爵様。あの形はどういう意味があるのです? あれでは敵に不審がられてしまうのではないでしょうか」


 上から見るとライラの陣形はまるで三日月の様な形をとっていた。そして突出した中央部分の戦力を厚くするように新人騎士達の800人が後ろに配置されている。だがこの不思議な陣形は敵に何かあると警戒されてしまうのではとベルは焦った。


「上から見ているわしらはよく分かるが、敵からは見えてはいない。あの形を悟らせないためにわしらはこの場所に布陣している。さらに軽装歩兵の小競り合いで完全に分からないように展開しているから安心しろ」


 ホッと胸を撫で下ろすベルにケディックは笑ったが、スッと顔を真剣な表情にする。


「侍女よ。ここからが本番だ。よく見ておくがいい。こんな戦術、この先お目にかかれることはないだろう」


「はい!!」


 今度こそベルは覚悟を決め、ぎゅっと両手を胸の前で組んだ。



 ライラとグラニエフはお互いを見つめていた。グラニエフは遠くで白く輝く人物に一瞬戸惑ったあと、また怒りが湧いてくる。


「ふん! ケディックではなく女が相手とは。あの風体からして身内か?……どこまでも舐められたものだ……!! だが貴様らの進軍はここまでよ!! 我ら連合軍が全力で貴様ら諸共帝国を踏み潰す!!!」


 グラニエフはその怒りの勢いのまま士気を高めるために全軍に(げき)を飛ばし続ける。その姿をライラは楽しそうに静観していた。そんなライラにグランツは頼もしさを感じる。あれだけの大軍を前に物怖じせず、楽しみを見出すその姿に父ケディックによく似ていると小さく笑って敵を見据えた。


 そして両者同時に合図を出し、ついに開戦の火蓋が切られた。


「うふふ。では左翼重装騎兵前へ! 敵右翼の重装騎兵を消しなさい!!」


「中央歩兵全軍進め!! 圧倒的火力で帝国軍を踏み潰すのだ!!!」


 両者一斉に駆け出し一気に戦場が激しい怒号に包まれる。先に戦闘を開始したのはミハイル率いる重装騎兵だった。ミハイル達は馬の上から大剣や斧を振り回し、自軍よりも数が圧倒的に少ない敵の重装騎兵を次々に撃破していく。この時点でミハイル達の勝利は確定したも同然だった。そしてこのタイミングでライラは次の指示を出す。


「右翼重装騎兵前へ!! 敵左翼の重装騎兵へ進軍しなさい!!」


 男達はその号令に雄叫びを上げながら敵に突っ込んで行く。その攻撃にグラニエフは構うことなくライラのいる中央へと突撃する。


「全軍!! 帝国軍の中央を殲滅させるのだ!! ここを潰し尽くしてしまえば敵は終わりだ!! 押せ!! 数で押し切るのだ!!!」


 グラニエフの号令に敵の士気はどんどんと高まっていきその勢いのままとうとう本陣同士がぶつかり合う。その敵の物凄い物量にライラの陣営は徐々に押されていく。上から見ていたベルはライラ率いる中央歩兵の見間違う事のないピンチに絶叫を上げた。


「いやあぁぁ!!! 公爵様!! お、お嬢様のいらっしゃる中央が押されていますうぅぅ!! お嬢様!! ベルがすぐにお側へ参ります!!!」


 ライラ率いる中央歩兵団が敵の火力に負け、徐々に後ろへと下がって行く光景にベルは思わず丘を駆け下りようとした。そんなベルを他の騎士達が慌てて止めに入る。女性の金切り声を真横で聞いてしまったケディックは耳を痛めながらも冷静に説明する。


「落ち着け侍女よ。あれはわざと後退し負けを演出しているだけだ」


「……え!? では負けてはいないのですね!?」


 ライラの策略だと知ってホッと胸を撫で下ろしベルはその場に留まった。そんなベルに周りの騎士達も安心し、少しだけ脱力する。


「鮮やかな後退よ。わしの騎士団とはいえ、初めて指揮する者達をよくあれだけ見事に動かすものだ」


 ライラは中央を徐々に後退させ、反三日月形の陣形へと変えていく。そしてその流れに沿う様に敵軍はへこんでいく中央へと戦力が雪崩れ込んでいく。後方ではミハイルが敵の右翼重装騎兵を潰し、味方の右翼重装騎兵を援護するため敵の後ろに回り込み挟撃をしている姿が見えた。


「うふふ。そろそろいいでしょう。重装歩兵前へ!! 敵を側面から攻撃なさい!!」


 その号令にライラ率いる中央歩兵が下がったことにより、前方で縦に展開する形になっていた重装歩兵が敵を囲う様に側面へと襲い掛かる。中央に集中しすぎていた敵はまだ重装歩兵に気づかない。その鮮やかな展開にベルは目をぱちくりさせた。


「公爵様! これは、なぜこのような事になっているのですか!?」


「敵はライラの最大の術中にはまったのよ。わざと負けていると思わせるように徐々に後退しつつ、ミハイルが敵の両翼重装騎兵を潰す時間を稼いだのだ。加えて、最初の陣形で前に膨らんだ状態から後ろへと下がっていく事で敵の圧力を上手く受け流し、へこませていく中央へと敵の戦力と攻撃を集中させる。敵は己が勝っているように錯覚したことだろう。その勝利の勢いのまま下がっていくライラを追いかけ、中央を突破できなかった奴らにもはや勝利はない」


 ケディックの説明に目をキラキラとさせながらベルは戦場を見つめる。下ではライラ本陣に三方を囲まれ、その後ろを蓋をするように敵重装騎兵を撃破したミハイルが駆けつけていた。対帝国連合は身動きの取れない突然の状況に驚くしかなかった。


「な、なんだ!? なぜ囲まれているんだ!! 突破だ!! 早く突破するんだ!!!」


 あぶら汗をかきながらも全軍に号令を飛ばすグラニエフだったが、もはや手遅れだった。外側を敵に囲まれているため、中央には味方しかいない状況で武器を振れるはずがない。狼狽するしかない対帝国連合をライラは馬上から楽しそうに見る。


「ふふ。……ふふふ! あははははは!!! とても楽しかったですがもうお別れですね!!……全軍!! 殺し尽くしなさい!!」


 悪魔の様な笑い声を上げながら非情な号令を出すライラに、騎士達は一斉に対帝国連合へと襲い掛かる。中央へ競う様に嬉々として向かっていくケディック騎士団に対帝国連合は為す術なく全滅した。


「ふはははははは!!! ライラ!! 見事だ!! 本当に敵6万をこの一戦で殲滅させてしまいよった!!!」


「お嬢様-!! さすがでございますぅ!!! ベルは、ベルは安心致しました!!」


 上機嫌に笑うケディックと嬉しさと安心から顔をぐしゃぐしゃにさせて泣くベルに周りの騎士達も笑って勝利を祝った。




名将ハンニバルの囲い込み戦術。

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