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第9話:ライラの策略

「お父様ー!」


「ライラー!!」


 馬を降りて大好きな父の胸にライラは嬉しさから思わず飛び込んだ。両腕でしっかりと抱きしめられ、父の勝利に貢献できたことを噛みしめる。


「よくやってくれた!! 父は鼻が高いぞ!!」


 喜ぶ父娘を副団長のグランツは信じられないものを見るように目をぱちくりさせていた。新人騎士達も自信が持てたのか、皆晴れやかな顔をしている。だが、これで終わりではない。


「喜んでいるところ悪いがケディック。次はどうする? ここで布陣して奴らを迎え撃つのか? それとも追撃か?」


 ケディック騎士団の中でも特に体格が良く、重装騎兵第一大隊の隊長でもあるミハイル・カインドが団長に指示を仰ぐ。


「このまま追撃しながら前線を上げる。奴らの本拠地近くで陣を張るぞ。敵も長い戦争で物資も気力も限界に来ている。この勝利の勢いに乗って奴らに圧力をかける」


 気合を入れるベテラン騎士達だったが、新人騎士達は本拠地近くという言葉に一気に緊張した。北方の対帝国連合は7万近くいる。その大軍近くに陣を張るというのだ。先程までの自信が一気に消え失せ体が震える。


「お父様。地図を確認してもよろしいでしょうか?」


「もちろんだ」


 地図を広げてサッと確認し、フッとライラは笑う。その笑いにケディックは期待が高まった。


「ライラ。お前ならどうする? 遠慮なく申してみよ」


 皆の視線がライラへと集まる。


「うふふ。では、お父様ここは敵軍を引きずり出すべきです。この戦場、我らに完全なる勝機があります。もし、叶うのであればお父様の騎士団をわたくしにお預けしてはくださいませんか?必ずやこの一戦で敵軍を殲滅させてごらんにいれます」


 自身に満ち溢れた不敵な笑みでとんでもない事を提案するライラにケディック以外の皆が絶句した。


「ふはははははは!!! よくぞ申した!! いいだろう!! お前の実力を知るいい機会だ。よし! 皆は追撃の準備を!! グランツ達はわしらと軍議だ!!」


「ちょっ!? 待ってくれよケディック!!」


 慌てて追いかけるグランツとその他隊長格の者達、そしてミハイルを最後に天幕へと消えて行った。上官達の姿を困惑しながら見送っていた騎士達だったが、団長の命に従うためにそれぞれ足早に動き出す。そして、その先輩達のあとを慌てて新人達が追った。


ー・・


 追撃の準備を済ませ進軍への隊列を組んでいた時、ケディック達が軍議を終え天幕の外へと出てくる。グランツは先程と打って変わって真剣な顔で黙りこくっていた。それを心配したグランツ率いる重装歩兵第一大隊の仲間が話しかける。


「隊長、どうでしたか?……グランツ隊長?」


「……。もし、この作戦が上手くいったら……。あのお嬢さんは間違いなく天才だ……」


 まるで熱に浮かされたようにフラフラと馬を前へと進めるグランツを騎士達は不思議そうに顔を見合わせ、後に続いた。


ー・・


 北方においての対帝国連合、混合部隊総指揮官のグラニエフは怒り心頭であった。約7年かけたにもかかわらずあまり進展しないどころか、ここにきてルラン国においての重要拠点を巡っての戦争で全面敗走などという最悪の結果に加え、敵はその勝利の勢いのままこの本拠地まで攻め込もうと進軍している。こんな報告を聞いて黙っていられるはずがなかった。


「おのれケディック! どこまでも邪魔な奴め!! たかが4万の兵でこの地に攻め込もうなどふざけおって!! もう我慢ならん!! こうなったら全軍で奴らを踏み潰す!!!」


 対帝国連合は怒りのままに7万の大軍をもってして進軍を開始する。そして今、両者は長きに渡る戦争に決着をつけるために、ガナント川沿いにて対峙するのであった。


 天気は快晴。だが春になったばかりのこの季節はまだまだ息が白く、手が痛みを帯びる程には寒かった。新人騎士達は眼前に続々と集まり、陣を敷いていく敵軍に寒さとは違う震えが全身を襲っていた。


「や、やべーまじでケディック様の騎士団より大軍じゃん。俺達ほんとに勝てんのかな……?」


 いつになく弱気になるエルトにフリオもエンディーも気持ちは同じなようで、答えることができずに緊張を隠せずただ敵軍を見つめることしかできなかった。そこへ逞しい軍馬に跨ったライラが駆け寄って来るのが見えた。白い髪をキラキラと輝かせながら、余裕な表情を見せるライラになぜだか少しホッとする。


「皆、待たせましたね。これより作戦を伝えます。あなた方は、中央歩兵の後ろに固まり何があっても後を続き、万が一敵が突破しそうになったら殺しなさい。誰一人通してはいけませんよ。それでは、わたくしはお父様の変わりに総指揮をとりますのでもう行きますね」


 そう言って本当に駆けだそうとするライラを皆は必死で引き留めた。


「ちょっ!? ちょっと待ってください!! そ、それだけっすか!?」


「そうだよ! さすがにそれだけじゃわかんないって! お嬢さん! もっと説明してくれよ!!」


「お言葉ですが団長。さすがに二人に同意させてください」


 フリオ達の困惑に全員が同意し、ライラを強く見つめた。その姿に思わずライラは小さく溜息を吐く。


「わたくしを団長と呼ぶのであれば、何も疑わずに命令に従ってほしいものですが仕方ありませんね。時間がないので手短に説明します。これからわたくし達は敵を包囲殲滅させるために動くので、あなた方はその援護をするだけです」


「はぁ!? この平原地帯で包囲ってまじで言ってんの!? しかも敵より少ない数で!?」


 エンディーの驚きに他の騎士達も啞然とした。なぜならここは先程エンディーの言った通りの平原地帯。見通しも良く、隠れる場所もないため伏兵を置くことも奇襲を仕掛ける事もできない。しかも敵はこちら以上の大軍。そんな敵を真正面から包囲すると言っているのだ。正気の沙汰とは思えない。だが、ライラは楽しそうに笑った。


「うふふ。そうです。あの驕り高ぶった愚かな者達を包囲殲滅させます。安心なさい。帝国一誉れ高い騎士達が戦うのです。あなた方はしっかりとその騎士達の活躍を目に焼き付けなさい。それが未来のあなた方の姿なのですから」


 帝国一誉れ高いケディック騎士団が未来の自分達の姿。その言葉に胸が熱くなった。何でもない様にサラッと若き騎士達の胸に小さな闘志を灯させてライラは颯爽と駆けて行ってしまった。そんなライラの後ろ姿を騎士達は見つめていたが、ハッと我に返る。


「団長が俺達に期待してくれてるってことでいいのかな!?」


「……。悔しいけどそうなんじゃない? でも俺はまだ信じちゃいないぜ。この作戦本当に大丈夫なのか? 無謀としか言いようがないけどな」


 エンディーの冷静さに一同はまた暗くなりそうだったが、フリオはかまわず命令に従うために歩き出す。


「とにかく、俺達は命令に従って援護に行くぞ。それに、団長の言う通りだ。あのケディック騎士団の勇姿を間近でゆっくり観察できるチャンスだぞ!」


 フリオの明るい声に皆は顔を見合わせ、ニカッと笑って後に続いた。


ー・・


 ケディックは丘陵地帯の頂上で敵が登って来ないよう見張りをしながら両者の陣を見つめていた。その後ろではベルが緊張しながらも心配そうにライラの無事を祈っている。


「そこの侍女。遠慮せずに隣に来い」


「え!? あ、しかし私は……!!」


 身分が下に加え、ロンチェスター家の当主の隣などベルはとてもじゃないが恐れ多くて身がすくみ、体がこわばった。


「お前はライラに付き従っているんだろう? これから先の戦場で主の考えが分からないは通用しない。今ならわしが説明してやれる」


「!!……はい!! 失礼致します!!」


 ケディックの言葉にベルは恥ずかしくなった。自分の主はライラだけなのだ。主の役に立てるのなら当主だろうが何だろうが臆してはならない。とはいえ、帝国一の歴戦の雄の隣に行くまでギクシャクと体を動かし、ケディックの隣に立つ。そしてケディックに(なら)ってこれから熾烈な争いを繰り広げるであろう戦場を見下ろす。それはなんとも壮観だった。


「……すごい。これが……戦場なのですね」


 ベルの眼前の下に広がる光景は美しいものだった。何万もの騎士達が整然と並び、互いに睨み合っている。その奥には大きな川が流れ、更に奥には山々が連なり大きな鳥が優雅に空を飛んでいる。これから血で血を洗う争いが起こるとは思えないと言っても過言ではなかった。だが、今は嵐の前の静けさが具現化されたもの。この数分後には両者の激しいぶつかり合いが待っていると思うと、同じ女性である主に感嘆たる想いだった。


「ライラお嬢様は、本当にこの戦場の中にいらっしゃるのですね……」


 そう呟いてふと気づく。ライラ陣営と敵の陣営の大きな違いに。


「あ、あのケディック公爵様。その、お嬢様の方が数が少ないように思うのですが……」


「そうだ。ライラはこの圧倒的数の不利をものともせず、野営地にいる1万を除いた6万の敵をこの一戦で殲滅させる。そう断言したのだ」


 楽しそうに笑うケディックにベルは新人騎士達と同じく意味が分からず冷汗が頬を伝った。




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