憎しみの先へ2
激しく降る雨を見ながら用意された部屋にいれば、彼女はやってきた。その手に食事を持って。
「たいしたものはないんだけど……」
「……ここも、貧しいのか?」
貧困が酷い町とそうでない町。旅をしていて、そのどちらかしかなかった。裕福でも、町全体が裕福なわけでもなかった。
治世が悪いからこそ、町の管理者も悪さをしてしまう。結果がこれだと、黒燿は嫌な気持ちになる。
「んー、裕福かって言われたら、裕福じゃないよ。けど、飢えるほど貧しくもないね」
「そうか……」
珍しいのか、今までそういった町にたまたま行かなかっただけなのか。小さな村なら自給自足で普通の暮らしができるのかもしれない。
その方が、今は幸せだな、と黒燿は結論を出す。
「ここね、いい薬草が採れるんだって。だから、今の天竜王になってから保護されているの」
「えっ…」
今の天竜王に、村ひとつであろうが守る力はない。一体どうやって守っているのか。
一瞬、言葉を聞き間違えたのかと思ったほどだ。
「私は会ったことないけど、たまに来るみたい」
会ってみたいなぁ、と瞳を輝かす彼女は、外の噂など知らない。だからそんな風に言えるのだ。
(知らない方がいいな)
夢は壊さない方がいい。せっかく、酷評が届いていないのだから。
自分ががっかりしたように、彼女もそうなってしまう。この笑顔が陰るのは見たくないと、珍しいことを思った。
雨は翌日も止まなかった。黒耀は気にもしなかったが、彼女のことを考えると村を出ることもできず。
「ありがとうございます。あの子を気遣って残っているんですよね」
「いえ…別に……」
「無理をなさらず、予定があるなら言ってください。次代の魔法槍士殿でしょう。すぐにわかりましたよ」
なぜと驚いたように本人は見たつもりだった。実際は、驚いているようにも見えていない。
それでも察してくれたのは、歳の功なのかもしれない。
「王がたまに来るんですが、おっしゃっていましたから。次来るときには、無表情の堅物魔法槍士を連れてくると」
「……」
(あいつ……)
到底本人には、直接言えないような言葉を内心ぼやく。これだけでどちらが言ったのかわかったのだ。
「現在のではないのですか、と聞いたところ、あれは先代のだからすべてを託せないと言ってましたよ」
にこやかに言われ、次は表情に出るほど彼は驚いた。
町を巡っていれば、噂の中には魔法槍士のものもあった。王との相性が悪いとよく言われていたのだが、これが正解なのかもしれない。
父親とは相性が悪いだろうと、ずっと考えていた。
けれど、この女性が言う言葉を信じるなら、意図的に情報が与えられていないということになる。これでうまくいくはずがないのだ。
「王様が嫌いなの?」
「あっ…いや……」
素直に聞かれれば、別に嫌いなわけではない。考えてみれば、よく遊んでいた仲だ。
正確に言えば、遊んでくれていたのだろう。二人で治世をするため、ある程度の自由な時間があったのだ。
「すごいね。普通じゃ見られない姿が見られるんだ」
「普通じゃ、見られない姿……」
「王様が遊ぶ姿なんて、普通見られないでしょ」
自分の前でしか見せない姿。それが二人の本来の姿なのかもしれない。そう思うと、噂は噂なのかもと思えた。
けれど生活に苦しむ者がいるのは、見てきた事実だ。どちらが本当の姿なのだろうか。
彼にしては珍しいほど悩んだ。
「噂に流されちゃダメだよ」
無邪気に笑う彼女は、噂に流されず天竜王を信じていた。
その言葉は、魔法槍士として当たり前のことを見失っていたのだと気付かされる。
苦しむ民がいるのは確かに事実だが、それと天竜王の噂はまた違う。
民のほとんどは天竜王の本当の姿を知らないのだ。ただ噂に流されているだけ。
けれど自分は、と考えて止まる。自分は幼い頃から二人の天竜王を見てきたはずだ。それが二人の本当の姿。
「待っているのかな? あなたが王様のところにくるの」
「そうかもしれないですよ。自分の魔法槍士は、あなただけと思っているのかもしれませんね」
そのようなことは考えたこともなかった。一人の王に魔法槍士は三、四人仕えるのが当たり前。
なぜなら、それだけ世代交代が早いからだ。短命な彼らは世代交代も早い。
黒耀からすればその中の一人でしかなく、たいして意味はないと思っていた。自分の存在は、所詮その程度だと。
(……待っているのか)
もしもそうなら、自分が魔法槍士にならなければ、二人の治世が始まらないのかもしれない。
なぜだかそんな気持ちになった。だから酷評が流れても放置されているのかと。
「明日、戻る」
雨が降っていようが、降っていなかろうが関係ない。これ以上、自分が仕える王を待たせるわけにはいかないだろう。自分が行かなければ、民も救われない。
迷いが消えた、強い眼差しが外を眺める。
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