憎しみの先へ
とても優しく微笑む女性だった。血の繋がりがないと言っていた両親とも、仲良く暮らしていた。
そんな女性に救われたのだ。だから、救いたい。
彼は今、魔法槍士としてではなく、一人の男として思っていた。
「くっ……」
「黒耀!」
二人の間に割り込む一本の槍。炎が腕へ巻き付き、締め上げる。
「もう、やめろ」
自分の声など届かないとわかっていても、彼は呼びかけずにはいられない。このままでは、本来の姿を取り戻したとき彼女が苦しむだけだとわかっていたから。
「邪魔するなら、お前も殺す!」
「キャァァァ!」
「くっ…」
三人を襲う炎の渦。まるで華朱の感情を表すように荒れ狂う渦。
荒れ狂いながら、けれど、どことなく助けを求めるような声が聞こえてきた。ハッとしたように三人が華朱を見る。
黒い輝きを発する額の刻印。微かに赤い輝きを見せるのを見て、それが華朱なのだと気付く。
黒燿の目にはハッキリと見える。まだ彼女には自我が残っていることが。
(まだ、自我は残っている)
黒耀の瞳が金色へ変化する。精霊眼の発動余波を利用し、三人を襲う炎をすべて消し去った。
手遅れならそのときは自分の手で殺そう。そう決めていたが、まだ間に合うと確信できれば黒耀は救うだけだ。
「昔の自分を見ているようだ……。君にとって、記憶にも残らない日々だったかもしれないが、俺にとってはとても大切な日々だった」
たった数日の出来事。だから、華朱が忘れていても仕方がない。だが、黒耀にとってはなによりも大切な日々だった。
「会ったことが……」
「……ある」
柊稀が驚いたように問いかければ、黒耀は答える。昔、一度だけ会ったことがあると。
数日だったが、間違いなく華朱との交流があった。黒耀にとって救いとなった日々が。
「俺に、やらせてくれるか」
「……うん」
表情を見た瞬間、彼は察した。普段と違い、少しばかり表情は柔らかい。それが本来の姿なのだと。
魔法槍士としてではなく、自分の意思で華朱を救いたいと思っている。
出会ったときになにかがあり、彼の中では特別な思い入れがあるのだろう。
手元から槍が消えるのを見てさすがに柊稀は驚いたが、彼は信じていいだろう。
攻撃をしないということなのか、他になにかやろうとしているのか。二人が見守る中、黒耀が動く。
斬りかかる剣を見極め、腕を捻りあげる。体格はどう見ても黒耀が有利だが、華朱もおとなしくはしていない。
腕を取られ剣が振るえなくなるなり、激しく炎が襲いかかる。鞭のように身体を打ち付け、肌を焼くように巻き付く。
「離せ!」
金色の瞳が互いを映す。精霊眼とは、本来見えないものを見ることができる。
だからこそ、黒耀にはハッキリと見えていた。奥底に植え付けられた魔力が。黒く、負の力を放つ禍々しい力だ。
「イヤァァァア!」
額に浮かび上がる刻印に触れた瞬間、華朱が叫ぶ。逃れようと暴れ、魔力も同じように激しくなっていく。
それでも黒耀は動じず額の刻印に干渉する。
「思いだせ……お前の記憶に…なにがある……」
憎しみ以外の感情があるはずだ。訴えかけるように彼は見つめた。
どれぐらい前だっただろうか。彼女と出会ったのは――――。
魔法槍士として就任する前、黒耀は一人で旅をしていた。息苦しい肩書きと家。すべてを投げ捨てるように放浪する。
そうすることで、現実を受け入れないようにしていたのだ。
気ままな一人旅は色々な情報が集まる。幼い頃には頻繁に会っていた王は、外に出てみると評価は悪く、仕えたいとも思えない。
幸いなのか次代の魔法槍士として育てられ、彼は感情が表に出ることがなかった。
誰と会っても、彼の中にある感情を悟られることはない。
(酷いな。管理が出来てないのか……)
当時、意図的に野放しにされていたなど黒耀は知るよしもなく。治世の悪さに憤っていた。
史上初の双子の天竜王。二人とも王になるという今までにない試みに、民も町の管理者も戸惑っていたと聞いていた。
反対する者がいた中、強引に継いだのは一部では有名な話だった。
(それはそうか。結果、悪い方にしか動いていない)
気弱で言いなりの兄と、女たらしの弟。どう考えてもいい王ではない。
酷評の嵐を聞き、生活に苦しむ民を見る旅。次第に気持ちは荒んだ。
そんなときだった。小さな村の近くにある森で彼女と出会ったのが。
「ここで、寝泊まりしているの?」
「……」
話しかけてきた女性を一度見ると、彼は関わりたくないとあからさまに出した。
「あの…もうすぐ雨も降るし、風邪引くよ?」
「……」
何度も話しかけてくる彼女に、関わるなというように拒絶するのは簡単だ。だが、彼女は諦めなかった。
動かないと知ると、雨が降りだしても彼女はその場に残ったのだ。ただ、無言で黒燿を見ていた。
「主殿、まだ帰らないのか?」
「だってぇ」
水色の見たこともない獣が、気がつけばそこに立っていた。
見たことはないが馴染みのある気配。少し観察するように見て、父親といるときに感じられる気配だと気付く。
「ほっとけばいいだろ。そんな見知らぬ男」
そっけない言い方をするのは金色の獣。どことなく無愛想で、苛立ったように尻尾を振る。
「すまないが、主殿が風邪を引いてしまう。嫌かもしれないが付き合ってくれないか」
水色の獣が見上げてくるのを見て、女性を見て、仕方ないと諦めたように黒耀は従う。
彼女を巻き込むのは本意ではないから。
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