朱華と華朱2
物心がついたとき、少女は真っ暗な部屋にいた。ひんやりとした、ごつごつした床。
それがなんなのかもわからず、一日二回運ばれてくる食事を食べるだけの生活。運んでくるのは黒いローブで身を包んだ者で、一言も言葉を交わすことはなかった。
どれぐらいそうしていたかなんて、少女にはわからない。なにも感じることはなく、ただ淡々と過ごしていた。
ある日、よくわからない場所へ連れていかれ、そこで出会ったのが柊稀。
「誰? 朱華にそっくり……」
言葉を聞いたのもこのときが初めて。それまで一回も聞いたことがなかった。だから言葉を話すこともできなかった。
彼と知り合ったことで少女に感情が生まれ、名前をもらい、言葉を含めて色々なことを覚えていく。
なによりも、少女は柊稀に恋をした。少なくとも、この当時は恋だと思っている。
けれど、突然彼の元へ行けなくなり、小さな村へ放置される。
親切な夫婦に拾われたおかげで、それからの生活に苦労はしなかったが、少女は柊稀に会いたかった。
だから地理を学び、あの場所がどこにあるのか調べ、自力で見つけ出したのだ。
ようやく見つけ、やっと行けた村。これからはここで暮らせると思っていた。
村に自分と同じ顔をした女性がいたのには驚いたが、このときは特に気にすることもなく。
ただ、彼と毎日会える日々に喜びを感じる。その後、絶望に落とされるなど知らずに。
「私は…あそこにいるはずだった……」
「そう。あの村に生まれ、育つはずだった」
柊稀が殺されそうになったとき、華朱は精霊眼の力を発動させ、気がついたときには別の場所へいた。そこには一人の少女がいるだけ。
「あなたは、あの子に居場所を奪われた」
「奪われた……」
少女の言葉は胸にスッと入っていく。
「私と…同じ顔…だから……」
「彼の隣にいられたのは、あなただったかもしれない」
「それを…奪った……」
少女のような風貌をした何者かが、華朱のすべてを話した。そこには真実と嘘が織り交ぜられていたが、それに気付くことはない。
「これは、あなたの父親が持っていた物」
「これで…殺してやる……」
父親が持っていた剣だと渡され、受け取った華朱の瞳には憎悪が宿る。
なぜこの少女が知っているのか。そんなことを考える余裕は、彼女になかった。
二人の刃が激しくぶつかり合う。憎悪ひとつでここまで強くなるのかと、朱華は心が痛む。
少し前なら殺されてあげたかもしれない。柊稀も両親も、返さなくてはいけないと思っていたから。
けれど、両親も造られた存在だと知ってしまった。返したくても、彼女に親を返すことはできない。
柊稀が朱華を選んだことで、彼女も傍にいたいと願うようになってしまった。
(私は、彼女になにができるの?)
目を逸らすことなく、憎悪の瞳を見ながら自問自答。なにかしてあげたくても、どうすればいいのか。この憎悪を受け止めることぐらいしか思いつかない。
「朱華!」
迷いに揺れる朱華の剣が弾かれた。目の前に迫る刃に、受け止めたのは柊稀の剣。
「庇うの……」
ゾッとするほど低い声に、背筋に冷や汗が流れるほど暗く濁った憎悪の瞳。
「造られた子じゃない……。壊してなにがいけない!」
二人を吹き飛ばすほどの強風と同時に、華朱の瞳は金色へ変わった。
吹き飛ばされた柊稀が朱華の身体を抱え込む。その行為が、さらに華朱を煽る。
引き剥がそうと炎が二人を襲う。魔法の腕も瑚蝶に劣らない華朱。呪文を唱えることもなく、次から次へと放たれる。
「柊稀! 離して!」
「くっ…離さない!」
狙いは朱華なのだから、離せば柊稀に被害はない。わかっているからこそ、絶対に離せないと彼は思う。
「絶対、護る!」
強い気持ちに応えるよう、蒼い炎が吹き荒れる。炎は華朱の放つ炎を次から次へと消し去った。
「……邪魔、するの。そう…そうね…邪魔するなら……二人仲良く殺してあげればいい」
ぶつぶつと、まるで誰かと話すように呟き出す。そんな華朱の額に黒い刻印が浮き上がる。
「なんだ、あれ?」
「私も見たことないよ」
見たこともない刻印。なんとなく悪いものだと判断できたが、二人にはそれにたいしての知識はない。
声が語りかけてくる。自分からすべてを奪い、造られた命を選ぶなら彼も殺してしまえと。
(ダメ……)
彼は自分にいろんなことを教えてくれた。彼は特別な存在なのだ。
殺してはいけないと叫ぶ自分がいる。まだ引き返せると叫んでいる。
(引き返す……)
一体どこへ引き返すのか。家族はいない。すべて殺されてしまったのだ。実の親も、育ての親もいない。
帰る場所など、もうどこにもないのだ。
声が言う。こちらに来てしまえばいいのだと。そうすれば楽になれると呼び掛ける。
(楽に…なりたい……)
見たくない。彼が自分を選ばず、自分からすべてを奪った者といるところなんて。
華朱は自分の思考がおかしいなど気付くことはなかった。自分の中へ仕掛けられたものがあることに。
ただ、たったひとつ植え付けられた感情を膨らませるだけ。
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