帰っておいで
赤い炎と蒼い炎が絡み合い、剣と剣が交じり合い、互いの身体へ傷をつけていく。
魔技と魔技がぶつかり、魔法と魔法がぶつかる。激しい戦いの中、柊稀はすべてを思いだした。
(華朱に、会ったことがあった。俺がつけた名前だった……)
朱華に似ているからとつけた名前。彼女はあのときまで普通の女性であった。
きっと、あのとき変わってしまったのだ。すべてを知り、彼女は変わってしまった。
だからといって、華朱を選ぶことはできない。救いたいとは思っていたが。
「思い…だしたよ……」
「……そう。ならわかるでしょ、私はあなたの敵よ」
「違う……」
敵じゃない。思いださなくても、思いだしても、柊稀は敵だとは思っていなかった。
気持ちはなにひとつ変わらない。柊稀はただ、朱華といたいだけなのだ。それだけだ。彼女を取り戻すには、その気持ちだけで十分だ。
「違わない。私は敵よ」
敵だと言え。冷淡な表情から、なぜかそう訴えられている気がした。
「僕の幼馴染みで、僕の大切な人だよ」
どれだけ望まれても、柊稀は言わない。彼女には別の言葉が必要なのだ。
聞いた朱華は驚いたように目を見開く。そして、二人の距離は縮まないまま、動きも完全に止まった。
傷だらけの二人は、戦いが始まったときとは違う雰囲気をだしている。戸惑ったような表情を浮かべ、彼女は見ていた。
「言っただろ、思いだしたって。あのとき、僕を護ってくれたよね」
華朱の前で殺されるところだった柊稀。父親が目の前で死に、完全に無防備だったのだ。ライザは容赦なく攻撃をしてきた。
けれど攻撃から庇ったのは朱華で、その直後に背後から強い力が爆発した。
今ならわかる。華朱が持つ精霊眼が発動したのだろう。
「私は護ってなんかない」
「見間違えだと? 華朱だと言いたいの? 僕は朱華と華朱を間違えたりしないよ」
二人は同じ顔をしているかもしれない。声も同じだった。
けれど同じではない。性格も違っていたし、なによりも柊稀の中での存在感はまったく違う。
華朱は友達でしかない。友達としてしか見ることができない。たとえ彼女が、自分に好意を抱いていたとしても。
ゆっくりと柊稀が距離を縮めていく。
「僕は、朱華がいいんだ。朱華じゃなきゃ嫌だ」
今なら彼女の心に届く。自分の気持ちを届けるのだ。
「な…なに…言ってるの……私は!」
「知ってる。造られたんだろ」
知っても気持ちが変わることはなかった。それよりも、今まで以上に気持ちが強くなったほど。
彼女はどんな気持ちで自分といたのだろうかと思えば、心が痛んだほどだ。無知な自分はなんて愚かだったのだろう。そう思わずにはいられない。
「関係ない。朱華は朱華だよ。今感じている気持ちは朱華のもの。華朱のじゃない」
造られた命でも、自分で考えて悩み、苦しむのだと、柊稀は黒欧を見てわかっていた。
彼は自分の判断で動き、調べ、見守ってくれた。未来を変えられない苦しみを感じながら。
「そこは、朱華がいる場所じゃないだろ。朱華がいる場所はここだよ。帰っておいで」
柔らかく微笑むと、柊稀は空いている左手を差し出した。おいでと招くように。
差し出された手をじっと見る朱華。とるべきなのか、彼女には判断できなかった。
自分は造られた存在。華朱を苦しめるためだけの存在でしかない。彼といたって、彼を不幸にしてしまうだけなのではないだろうか。
様々な思いが思考を駆け巡る。
「朱華……朱華の気持ちを教えて。華朱は関係ない。朱華が本当に感じている気持ちを教えて」
本当はどうしたいのか。問いかける眼差しは優しくて、朱華の気持ちは激しく揺らいだ。
「私…は……」
帰りたい。あの腕の中へ帰りたい。彼女の気持ちはそれしかなかった。
朱華の手から大剣が落ちる。頬を涙が伝い、二人の間にあった残りの距離を朱華が埋めていく。
「あの子を…苦しめるため…そう思ってた…けど…けど、私……」
「うん、わかってる」
腕の中へ抱き止めた大切な人。言わなくても気持ちはわかっている。
本当はそんなことしたくはなかったのだという気持ちも、言わなくてもわかる。
「好きだよ。朱華のことが、大好きだ」
なにも知らないときに言っていたら、もっと彼女を苦しめたかもしれない。
そう思えば、この日々は無駄じゃなかったのだと柊稀は思えた。
やっと取り戻せた温もり。嬉しくて、嬉しくて、注意力は薄れていた。
「お兄ちゃん!」
柏羅が危険を察し駆け寄ろうとしたが、黒いローブの集団が囲むのが先。
邪教集団の者が数十人と二人を囲む。
「やはり裏切ったか。裏切りには死を」
「やはり? どういうこと」
朱華はなんだか嫌な予感がした。裏切るのを前提に、彼らは自分を見張っていたことになる。
裏切る素振りは見せていない。むしろ、柊稀に殺されるつもりでいたほどだ。
「ライザとミルダが裏切った。やはり、欠陥者だな」
感情のこもらない声。無機質な声が切り捨てるように言う。
「お父さんとお母さんが……」
朱華は酷く驚いた。あの二人は自分の監視だと思っていたからだ。組織の命令に忠実で、裏切るように見えない。
「お父さん、か。笑えるな。造られたお前が、そう言うのか」
血の繋がりなどない。それどころか、造られた家族なのに。邪教集団の一人はそう告げた。
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