聖なる一族
早朝の森を散歩するのは、少女の日課であった。木漏れ日を浴びながら、涼やかな風を感じて歩く。
その風が、いつもと違い血の匂いを運ぶ。少女は怖い反面、気になってそちらへ歩いて行った。
なにかあればすぐに里へ引き返せばいい。一族の長である兄に報告するのだと。
「誰だ!」
「キャッ」
背後から突きつけられた刃。恐ろしいほどの殺気。鋭い視線が背後から自分を見ている感覚。
どれもが生まれて初めての体験で、怖くて少女は涙が溢れた。やはり近づくべきではなかったと後悔したほどだ。
「女……ちげぇ…あいつじゃ、ない。天使族…か……」
苦しげな声が耳元で聞こえたかと思えば、ドサリと音をたてて何者かは倒れる。
このまま逃げてしまうべきか。けれど、なにか事情がありそうだ。
勇気を振り絞って振り返った先には、見事なまでの金色の髪をした青年が傷だらけで倒れていた。
血の匂いは彼が原因だったのだ。
誰かに追われているのか、逃げてきたのだとすぐにわかった。少女は追っ手と思われたのだと。
(どうしよう。里に連れていったらやばいかな。でも、ほっとけないし……)
悩む少女の前で、青年が呻く。傷が痛むのだ。見えないだけで、もっと酷いのかもしれない。
「そうだ! あそこなら」
口笛を吹くと、一匹の雷獣が姿を現す。首に少し変わったペンダントをぶら下げた、見事な雷獣が。
「ジェイド、小屋に彼を連れていきたいの。手伝って」
「いいのか? なにがあるかわからないぞ」
明らかに問題を抱えた青年。助ければ天使族が巻き込まれるかもしれない。それでもいいのかと問いかける。
「だから、小屋なの! あそこは兄様しか入れないじゃない」
「わかったよ。背に乗せな」
巻き込まれる可能性は否めないが、怪我人をほっとくなどこの少女にはできない。
いざとなれば兄がなんとかするだろう。それに、この少女を護るだけなら、自分だけでも問題ない。ジェイドと呼ばれた雷獣は、青年が背に乗せられると走り出した。
天使族はどの種族よりも医療が発展している。専門にしていなくとも、ある程度の治療はできた。
「う、うぅー……あ、うー」
「莱輝呼んでくるか?」
「だ、大丈夫!」
何事にも例外というものはある。珍しくも、少女は治療が苦手。さらに男性に免疫がなく、青年の裸に視線を逸らしながらやるからまったく進まない。
「くっ……」
「キャッ」
手を強く握られ、少女が驚いたように声をあげる。
「自分で…やれ…る……」
じっと自分を見てくる緑の瞳。警戒心が強く、まだ疑われているのだ。
「大丈夫! 私やれる!」
(おいおい……ん? こいつ、どこかで見たことがある)
強い眼差しに、ジェイドはどこで見たのか思いだそうとしてみたが、思いだすことはできなかった。
それよりも、悪戦苦闘しながら怪我の手当てをする少女に同情すらする。
(痛そうだ)
扱いがあまりにも乱雑過ぎた。かなり傷が痛んだことだろう。声を漏らすことはなかったが、表情にはあからさまにでていて、ため息を漏らす。
それからというもの、少女は朝と夜の二回、小屋へ行き青年の包帯を取り替えるのが日課となる。
「ジェイド、これでいいのよね」
「大丈夫。間違ってない」
少しでも痛みを和らげるよう、小屋に香を炊いてみたが、少女は苦手なだけに不安だった。
本当に効果があるのか。青年は辛そうにしていたから、余計に気になったのだ。
包帯を交換するのも、最初のうちは警戒されていたのだが、強引にやっていた。傷が痛むのを利用して、わざと傷口を叩いたりしたのだが、そのお陰で数日もすれば大人しくしてくれた。
もちろん、ジェイドは苦笑いしながら見ていたが。
「莱緋、毎日どこへ行っているかと思えば」
そんなある日、ついに兄にバレてしまった。大慌てで隠そうとしたが、隠せるわけもなく。
「兄様、その、あの……」
なんて言い訳しようか悩んでいた莱緋の後ろを見て、兄は驚いだように見る。
「星霜殿?」
「えっ?」
怒られるのを覚悟していたが、どうやら兄の知り合いだったらしい。
「よぉ…あんたの…妹だったか……」
「えぇ。無事でしたか」
「俺だけ、な……」
兄と知り合いだと知り、少女はほっとしたのもつかの間、なぜ彼が傷だらけだったのかその理由を知ることになる。
そして、しばらく彼を看るよう兄に頼まれた。
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