凍てついた心4
冷ややかな視線が琅悸を射抜く。目の前にいる人物は、本気で殺しにくる。氷穂を巻き込んで。
琅悸は剣を左に持ち変えた。一度目を閉じ、気持ちを切り替える。自分のこだわりなど、今は意味をなさない。氷穂を護るために不要なものは切り捨てた。
同時に、目付きは鋭く、氷のような冷ややかさを宿す。
「左利き、だったのか。だから……」
何度か一緒に戦っていた虚空は、微かな違和感を覚えていた。それが、利き腕とは逆の手で戦っていたからだと知る。
「うぅ」
感じたこともない殺気に、蒼翔が虚空へしがみつく。
同じように、柏羅も怯えたように柊稀へしがみついていた。
「まずいな……負の感情が強い」
険しい表情を見せる黒耀。負の感情は、ときに身体を蝕むもの。なにが起きるかわからない。
――だからこその、霜瀬殿なのですね――
「なんだと思う。あの人は、経験者だから」
誰よりもその危険さを知っている。身を持って体験しているから。
飛狛もその現場は見ていた。父親と本気で殺し合う、目を逸らしたくなる現場を――――。
とてもじゃないが、見ていられない戦い。氷穂は目を逸らしてしまいたかった。
「逸らしたらだめだよ」
けれど、飛狛がそれをさせない。許さない。彼がいなければ、今すぐにでも目を逸らし、見なかったことにしていただろう。
「俺も、昔同じようなことを見た。父さんと霜瀬さんが本気で殺し合う戦いだった」
子供心にも苦しみがひしひしと伝わり、辛かった記憶。母親にしがみつき、泣かないようにするので必死だった。
すべてを知っていたからこそ、父親が死ぬのではないかと、不安でたまらなかった。あの身体で、どれだけ耐えられるのかと見続けたのだ。
「僕も覚えていますよ。朱秋が大泣きして大変でしたね」
「あぁ……あれほどの憎悪は、見たことがなかった。凍りつくかと思ったぜ」
目の前の戦いは、少しそれに似ていると双子は言う。憎悪なのかと聞かれれば、琅悸から感じるのは殺意だけではあるが。
その殺意が凄まじい。これだけの殺意は、彼らでも感じたことはない。
黒耀は落ち着いてみているし、過去組みの三人も気にしていないが、他のメンバーは怯えていたり、落ち着かないのかそわそわしている。
殺意がこもった攻撃に、さすがの霜瀬からも余裕が消えた。琅悸ほどの力量となれば油断はできない。真剣な表情で攻撃を受けていく。
「お前の剣では、大切な者は護れないぞ」
「うるさい!」
激しいやりとりに、霜瀬が冷静に判断していく。おそらく、今は無理だという判断だ。
これをどうにかするきっかけにはなれるが、それ以上はできない。彼自身がここにいるわけではないからだ。
再び視線を飛狛へ向ける。気付いた飛狛が、正確に意図を察したのかゆっくりと頷く。
あとは任せたということだろう。それに対し、飛狛は了承したのだ。彼は頑固な魔法槍士ということもあって、引き受けてくれるかは霜瀬でもわからなかっただけに、内心安堵する。
確認すると次はユフィを見た。彼の口が任せろと動き、満足げに笑みを浮かべる。
「もっと力がでるだろ。本気でこないと……次は殺すぞ」
彼を逆撫でするのは簡単なこと。分かりやすいほどの弱点だ。
案の定、煽れば琅悸は乗っかってきた。かなり苛立っていることもあり、わざとやられても気付かない。
少なくとも、目の前にいる彼はだ。周りで見ていた仲間は、霜瀬が斬られるのを見てすぐさま気付いた。
柏羅ですら、その事実はわかったほどだ。
使い手を失い、草原に突き刺さる斧。無造作に掴む琅悸の手。
そして、変化は一瞬で終わった。苦もなく平然とやる魔力は、瑚蝶と変わらない。いや、瑚蝶よりも早かったかもしれない。
神具の光は柏羅に戻り、琅悸はようやく振り返る。
左腕を赤く染め、凍てついた氷のような瞳をした青年。別人のように変わり果てた姿に、誰もが言葉を失う。
「琅悸……」
動けたのは氷穂だけ。怪我を心配するように近寄り、触れようとする。
「…触るな」
「…っ」
凍りついたような表情。時折、彼が見せる冷ややかな目が氷穂を見ていた。
「なんで…そんな顔するの……巫女の護衛だから? 昔は、笑ってくれたのに……」
どうしてなの、と小さく呟く。どうしてそのような表情をするのか。
わからない。氷穂にはわからなかった。彼を変えてしまった原因が。
「琅悸、今をもって、護衛の任を解きます」
「氷穂!」
ユフィが慌てたように叫ぶ。しかし、琅悸の鋭い視線が次の言葉を封じさせた。
「なら…俺が一緒に行くのはここまでだ……」
誰もが言葉を失い動けずにいる中、琅悸が静かに去っていく。
完全に彼がいなくなると、氷穂はその場に泣き崩れた。なにが彼を変えてしまったのか、それがわからず、ただ泣き続ける。涙が枯れるまで。
巫女護衛が理由なら、解き放てば戻るかと思ったが、どうやら違うらしい。それだけは理解した。それだけしか、理解できなかった。
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