凍てついた心
西の大地エルゼート、タンディール地方――妖精の暮らす地と呼ばれる小島は、深い森と濃い霧が広がり、旅人を迷わせる。
港を出ればそこは濃い霧がかかる森。ユフィが霧を払うように手を振れば、驚くことに霧がさっと消え、町の姿が見えた。
「とりあえず町行こうぜ。まずは許可をもらわねぇと、神殿へ入れねぇ」
神具が保管されているのは、セーフィという町にある森の神殿。入口では水獣が守っていて、妖精族の長が許可しない限り中へ入れてもらえないのだ。
強行も可能ではあるが、この先を考えればいい選択とは言えない。
「妖精かぁ。楽しみだなぁ」
「私も、妖精は会ったことないわ」
蒼翔と瑚蝶がわくわくしながら町へ歩いていく。二人だけではない。柊稀や虚空、表情には出さないが黒耀ですら好奇心が刺激されていた。
興味がないかと聞かれれば、誰もがあると答えるだろう。それほど、妖精族との関わりはない。なにせ、このタンディール地方から出てこない種族。ここまでこなければ、たとえ天竜王ですら会えないのだ。
町へ入ってみれば、妖精達は家の中にこもっているようだ。視線は感じるが姿は見当たらない。
「あー、魔法槍士がいるから怯えてんだな」
この地に魔法槍士が入ったことは一度もない。だから、なにかあったのかと怯えているようだ。
「だそうですよ、飛狛」
笑顔で隣を見れば、飛狛は渋い表情を浮かべる。
「俺じゃないだろ。黒耀だろ」
「いやぁ、どっちが怖いって言ったら、飛狛だよなぁ」
「どういう意味だよ」
笑いながら言う秋星に、今度は軽く睨む。
――私も、飛狛殿の方が怖いかと――
突然の乱入者。さすがに飛狛の頬が引きつった。
「……黒欧、笑ってるだろ」
――まさか。遊んでいるだけです――
あっさりと言われれば、飛狛は深くため息をつく。彼は主で遊ぶのだ。
過去から来た飛狛がいることで遊ぶ対象が二人になり、どうやら楽しんでいるようだ。
黒耀もそれがわかっているのか、呆れたような表情を浮かべて見ている。
町中を歩いていけば、一人の女性が向かってきた。深緑の長い髪を揺らしながら。
「あれは、長か?」
虚空が問いかけるようにユフィを見れば、頷いた。
「竜族の旅人よ、ようこそいらっしゃいました。この地に、また地竜王の末裔が来てくださるなんて、とても嬉しいですわ」
微笑む女性は、後ろに立っていた琅悸を見る。むしろ、琅悸しか見ていないようだ。
「ファーラ、森の神殿へ行きたいんだけど構わねぇよな」
「えぇ。地竜王の末裔が望むならどうぞ。連絡はしておきます」
妖精族の長と普通に話すユフィ。それを探るように見るのは琅悸。
「疑われていますね」
視線に気付いた長が小声で話しかける。
「今朝、ちょっとやらかしちまって」
苦笑いを浮かべる精霊に、呆れたような視線を向ける妖精。彼の性格を誰よりも理解しているはずだというのに、なにをやっているのだと思ったのだろう。
「気を付けてくださいよ」
「あぁ」
真剣な表情で答えると、ユフィはいつものように笑う。
妖精族の長がいたエルゼからセーフィへ行けば、微かだが異様な力を感じるようになった。
町の入口には水獣が立っており、一行を待ち構えていた。本来なら神殿前にいるはずなのだが、なぜか町の入口にいたのだ。
「待っていた。現在町は閉鎖となっている。原因はわかると思うが」
神具の影響だと誰もが察した。ある意味で、ここが一番の山場となるだろう。白秋は力を抑える手を打っていたが、ここはそうではない。
「無事を祈っている」
「ありがとう」
その場から動き、中へ入れるようにする水獣。お礼を言うと、柊稀は中へ入っていく。
「なんだか変わったな」
「えっ、そうかな」
誰もが柊稀の変化を感じていた。どことなく頼りない青年から、頼りになる青年へなったと。
「うんうん。いい感じだよ」
虚空と蒼翔から言われれば、少し照れたような表情を見せる。
褒められたことがないだけに、どうしたらいいのかわからなかったのだ。
妖精はみな避難していたのか、町には誰もいない。エルゼのように視線を感じることもない。そのまま真っ直ぐ中心部を歩いていけば、奥にそびえ立つ石造りの神殿。
中へ入れば薄暗い神殿内。場所まではユフィが先頭に立ち、案内した。
案内しながら、ここへ来たときのことを思いだす。ここは、彼の闇が明確に見えたところ。
(出会った頃から、気付いちゃいたけどよ。あいつはなにかを抱えてるって)
明確に見えたのは、ここに来たときだったなと思い返す。そのまま、色々なことを思いだぜば、それほど彼との思い出がたくさんあるのだと気付く。
「冷気か…」
近づくごとに気温が低下していく。黒耀は寒さに慣れていない瑚蝶へ、上着を貸す。
「ありがとう…」
ベル・ロードで暮らす氷穂や蒼翔はいいが、そうではない瑚蝶にはさすがに厳しい寒さだった。それほど気温は低下していたのだ。
「引き込まれる! 気を付けろ!」
最初の異変を感じたのは黒耀。いや、警告をしたのがだ。気付いたのは琅悸が最初だった。
さりげなく氷穂を引き寄せている。離れないようにしているのだ。
強い力が全員を引き込むように放たれていく。抵抗は危険と思ったのか、誰もが抵抗することなく、流れに身を任せた。
ただ魔力の流れに乗るよう、別の空間へと引き寄せられる。
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