隠された神殿3
話を聞き終えた黒耀は、迷うこともなく槍へ手を伸ばす。
「くっ…」
触れた瞬間、神具に宿る禍々しい力が身体へ流れ込む。まるで支配して新たな使い手にしようとするように。
これに負けるわけにはいかない。押し返すように自分の魔力を流し込み、逆に神具の中へ送り込ろうとする。
「柏羅!」
驚く声と、触れてくる小さな手。
「闇の使い手…細やかだが力を貸そう……」
始祖竜の力、そう思われる力が道標となるように突き進む。精霊眼で見抜くのが困難なほど、微かに魔力が薄いところを伝えるように。
細く弱い力であるが、精霊眼を持つ彼にはハッキリと見えた。
「今は…これが限界だ……」
「十分だ」
これだけ手助けしてもらって、失敗などできない。失敗すれば、柏羅も柊稀も死なせてしまう。
そのようなこと、黒竜族最強と言われている魔法槍士としては絶対に許せない。
力を高めるため黒耀は目を閉じ、意識を集中させた。
すぐさま不思議な感覚が身を包む。槍の中へ自分が入っていくような錯覚だ。
いや、錯覚などではない。今自分は槍の中へと意識だけ入っているのだとわかる。
冷たく淀んだ空間に身体が放り込まれたような感覚。意識だけとわかっているが、体感できる感覚は不思議なものだ。
「……これは」
辺りを見渡せば、そこには懐かしい景色が広がっている。幼い頃に育った小さな村だ。
少し歩いてみたが、誰かがいる様子はない。家の中も確認してみたが、どこも空き家でしかない。ただの風景でしかないようだ。
「なぜ、このようなもの……」
神具が見せているのだろうか。それなら、この風景になにか意味があるのか。それとも意味など初めからないのか。
考えながら歩いていれば、小さな少女がお墓に向かって手を合わせている。よく見てみれば、黒い髪には赤が混ざっていた。
「まさか……」
振り返った少女は、まったく知らない子。けれど、さっきまで戦っていた女性。髪色だけではなく、外見とは違う力強い瞳がそれを物語っている。
「ここは、なんなんだ」
本人なら、問いかければ答えてくれるだろうか。敵意を感じないことから、試してみようと思った。
『神具の中。微かに残された力。私は最後の使い手』
やはり本人だった。言葉短く言われたが、黒曜には十分な情報量。
神具の中に残れた微かな力。それが最後の使い手の意思を具現し、取り戻しに来る新たな使い手を待っていたのだ。
つまり、この事態を想定した上でのことなのだ。
『力のほとんどは奪われてしまった。けれどここでならもう一度力で満たすことができる』
姿は幼いが、目の前にいるのは間違いなく元魔法槍士。子供とは思えない威圧を放っている。自分よりも長い歳月、魔法槍士として過ごしてきた差が、そこにはあった。
言葉数は必要ない。言わなくてもわかるだろう。目の前の少女は、そう視線だけで言う。
今も昔も、魔法槍士に変わりはない。むしろ、時代を重ねた魔法槍士の方が知識は多いのだ。
視線だけでの言葉に応えるように頷くと、少女が柔らかく微笑む。戦っていた女性がこんなふうに微笑んだら、とてもきれいなのだろう。
黒耀は珍しくも、そのようなことを考えていた。
『さぁ、魔法槍士として成すべきことをしなさい』
強い風が吹き、風景が揺らいでいく。残されていた力が薄れているのだろう。この空間を維持することが限界に近づいている。
「必ず……」
助けます。小さく呟かれた言葉。誰とは言わなかったが、目の前の少女はありがとうと言った。
彼女は未来を知っている。柊稀が過去へ行ったからではなく、闇の神具の力で知ってしまったのだ。
だから残されていた意思なのだと、黒耀は気付いた。遠い血族を心配して。
再度集中する。神具としての力を失った槍へ、再び力を与えるために。
槍は与えられた力に反応し、淡く輝き出す。禍々しい力から、純粋な闇の力へ変化しているのだ。
次の瞬間、槍は丸い光へと変わり、柏羅が右腕にしていた腕輪へ吸い込まれていく。
「消えた?」
――違います。始祖竜の中へ戻ったのでしょう――
なにが起きるのかとしばらく見ていれば、腕輪は輝き出す。そのまま柏羅の身体から闇が溢れだしていく。
「力を望むなら受けとれ…闇の使い手よ……」
始祖竜の言葉を聞くなり、黒耀は迷わずに手は伸ばす。
黒い闇の塊と言えるものへ触れた瞬間、強く輝きだし、再び槍へと姿を変えていく。
「闇狼槍……我が力を受け…新たなる姿となった……」
「闇狼槍……」
「我が力は…完全ではない…それも…完全ではないと思え……」
ふらっと崩れ落ちた小さな身体に、黒耀は慌てて受け止める。
小さな身体を受け止めると同時に、黒耀の身体がふらつく。思っていた以上に、身体へ負担がかかっていたようだ。
「大丈夫?」
――少し休まれた方がいいです――
「あぁ、そうする」
壁へ寄りかかり座る黒耀。同じように座ろうとした柊稀は、なにかが落ちていることに気付く。燃えた灰の中に、丸い物があったのだ。
拾ってみると、微かだが魔力を感じる。魔具なのかもしれない。
(黒耀ならわかるかな)
魔具の知識はないが、もしかしたら彼女を造ったときに使ったのかもしれないと、持っていく。
「黒耀、これが落ちていたよ」
彼ならこれがなんなのかわかるだろう。見せた瞬間、黒耀は眉をひそめた。
「竜玉か……やはり、墓荒しでもしたな」
墓荒し、それは嫌な響きだった。静かに眠る死者を冒涜するような、いや、冒涜している。
「黒欧、こんなことあと何人分?」
――神具の数だけ、と見るのがいいでしょう――
(許せない)
墓荒しをされたのは、過去へ行き、関わった人達の知り合い。そう考えたら、自然と怒りが込み上げた。
「とりあえず、少し休んだらベリヤードへ行こう。詳しい話をするために」
怒りで握り締められた拳。その拳を落ち着けというように黒耀が触れる。
「ごめん、怒っても仕方ないよね」
「いや、そんなことない」
――今から怒っていたらきりがないですよ。まだ、これは始まったばかりですから――
まだ、神具は一個目。残りの数だけ、造られた使い手達がいる。その中には、自分が過去で知り合った人物もいるのだ。
未来に戻る前日、白秋に言われた言葉。彼と戦うという意味も、こういうことなのだ。
「飛狛さんのお母さんは、どこに埋葬されてるの?」
――魔法槍士は、埋葬先を明かされないのです。私は別の主に仕えていて、どこに埋葬されたかは――
特定のお墓はない。短命の魔法槍士は、大体が伴侶の判断で埋葬されるのだ。
「でも、どっかにあるんだよね。見つけたら、これを返したいな」
「氷穂に聞いてみよう。フェンデの巫女に、なにか伝わっているかもしれない」
(そっか、氷那さんが知っていて、伝えたかも。待っていてください。必ず、戻します)
きっと誰かと埋葬されていたはず。竜玉を包むように持ち、柊稀は語りかけた。
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