もう一人の朱華3
見たこともない飛狛の雰囲気に、柊稀は息を呑む。これが魔法槍士なのか、というほど威圧を放つ。
普段穏やかな青年なだけに、この豹変は驚かせるには十分すぎた。
「ふふっ、やっと出てきた!」
力強く踏み込むと、一瞬で間合いを詰める。剣と槍が重なり、離れ、また重なる。
「すごい……さすがね。本調子じゃなくても、これだけやれるなんて。幻惑も伝えられている通りの力。けど、私には通じない」
憎悪を宿した瞳は金色に変わった。見た瞬間、飛狛が目を見開く。
飛狛だけではない。その場にいた誰もが、金色の瞳に言葉を失う。
「精霊眼の持ち主…まさか……」
緋色の髪をした女性。それだけで彼らは気付いてしまったのだ。彼女が誰の血族者なのか。
だが、彼らを驚かせる事態はまだこれからであった。このあと、さらなる事実を突きつけられるなど知るよしもない。
本調子ではない飛狛が精霊眼に対抗するには、精霊眼を発動するしかない。
黒い瞳に金色の筋が入り、広がっていく。さらに銀色の筋が入るのを見て女性が笑う。
「そこまで使いこなすのね。直系じゃないのに」
さすがだと女性は思った。歴史に名を残す魔法槍士。聖なる王に仕えた歴代の魔法槍士は、誰もが優秀だったと未来には伝えられていた。
特に、始めの三人。火竜族の大会にも名を残す強者だという。
けれど、長期戦になれば勝てる自信がある。なぜなら、彼は本調子ではないからだ。
(精霊喰らいが失敗したなら、こいつを殺すしかない)
殺してみせると思った。ここで殺せなければ、なんのために過去へ来たのかわからない。
未来はなにひとつ変わらないことになる。それでは、彼女にとって意味がないのだ。
すべては未来を変えるためだけに、過去までやって来たのだから。
剣と槍が交わり、魔法と魔法がぶつかり合う。誰も割り込めない戦いに、みな息を呑み見守っている。
しかし、次第に飛狛が押されだした。長期戦に突入し、体調が回復していない身体が限界を迎えていたのだ。
「飛狛さん!」
金色の炎が渦を巻いて襲いかかる。氷那が飛狛を庇おうとしたのと、第三者の乱入は同時だった。
弾かれるように消えた炎。そこに立っていたのは、聖なる王と呼ばれる天竜王。
「魔封じ…違う。魔法が効かないわけね」
「俺には、だけどな」
魔法を無効化にする力。それを利用して二人の間に割って入ったのだ。
「はく、兄さん…」
「病人はおとなしく寝ていろ。お前らも、すぐそこにいるんだから呼べよな」
もちろんすぐに気付いていたのだろう。これだけの騒ぎを気付かないわけがないのだ。
しばらく様子を見ていたのかもしれない。
女性がどうするかと状況を把握する。周りは問題ない。魔法槍士も今なら殺れる。
目の前の聖なる王は殺るわけにいかない。未来がどう変わるかわからないからだ。
どうするべきか悩んでいたのは、一分ほどだった。その間を狙われ真横から攻撃を受け、女性は慌てたように引く。
「よくわかんねぇけど、俺の息子を殺そうとするなら手は抜かねぇぞ」
「父さん…」
「白秋……怒ってるか?」
天竜王の問いかけに、当たり前だろと返すのは飛狛の父親。彼があからさまに怒りを見せることは、今まで一度もない。
なにがあっても冷静にマイペースに対応するのが、普段の彼だからだ。
呪文もなく一瞬で放たれた魔法。応戦する女性も負けずに呪文を唱えず魔法を放つ。
――もう引け!――
そのまま激しい戦いになるかと思われたが、それはこの声により阻まれた。
――この戦況、主殿だけではどうにもできない!――
止めるように姿を現したのは一匹の獣。赤い瞳が印象的な水色の毛並みをした、まるで狼のような獣。
「嫌よ! 目の前にあいつがいるのよ!」
――この時代の天竜王は殺せぬ。未来が大幅に変わってしまう。その上、魔法槍士の父親がいる。戦力的にも厳しい――
誰よりも実力を知っているからこそ、その獣は止めている。魔法槍士の父親は、彼女では止められない。
「なんで…私はただ…取り戻したいだけなのに…あいつがあんなもの見つけなきゃ、今でも柊稀といられたのよ! 始祖竜なんかに、すべてを奪われないで済んだの!」
「えっ……」
悲痛な叫びに、飛狛の動きが止まる。自分がなにを見つけるというのか。みつけることで、この女性になにが起きてしまったのか。
過去を変えたいと願うほど追い込んでしまった。そんな未来の変事に自分が関わるなど、思いもしなかったのだ。
女性の叫びに柊稀の動きも止まる。どこかで彼女と会っただろうか。考えてみたが、なにも思いだせない。
(でも、僕を知っている)
彼女は柊稀を知っている。彼女はあまりにも朱華に似ている。似すぎていた。
無関係なはずがない。きっと、どこかで会っているのだ。村にいたのかもしれない。
「絶対に…殺す…殺して取り戻す!」
――主殿!――
溢れる炎を見て、獣が必死に抑えようとする。言葉はどちらへかけられたのか。
それはわからないが、白秋は意を決したように金色の魔法陣を描いた。
次の瞬間、女性の背後からとてつもない力が溢れる。黒い影が姿を現し、獣の姿へと変わっていく。
「……お前もか」
新たな獣を見て、白秋が呟く。事情を詳しくわからないが、なんとなく察しもつく。
――撤退する――
黒い翼が女性を包み込む。あの力を受けるわけにいかない。そう判断したもう一匹の獣が言う。
黒い光が辺りを包み、やがて小さくなっていく。そのまま女性も獣の姿も消えていた。
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