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始まりの竜  作者: 朱漓 翼
二部 過去編
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もう一人の朱華3

 見たこともない飛狛の雰囲気に、柊稀は息を呑む。これが魔法槍士なのか、というほど威圧を放つ。


 普段穏やかな青年なだけに、この豹変は驚かせるには十分すぎた。


「ふふっ、やっと出てきた!」


 力強く踏み込むと、一瞬で間合いを詰める。剣と槍が重なり、離れ、また重なる。


「すごい……さすがね。本調子じゃなくても、これだけやれるなんて。幻惑も伝えられている通りの力。けど、私には通じない」


 憎悪を宿した瞳は金色に変わった。見た瞬間、飛狛が目を見開く。


 飛狛だけではない。その場にいた誰もが、金色の瞳に言葉を失う。


「精霊眼の持ち主…まさか……」


 緋色の髪をした女性。それだけで彼らは気付いてしまったのだ。彼女が誰の血族者なのか。


 だが、彼らを驚かせる事態はまだこれからであった。このあと、さらなる事実を突きつけられるなど知るよしもない。


 本調子ではない飛狛が精霊眼に対抗するには、精霊眼を発動するしかない。


 黒い瞳に金色の筋が入り、広がっていく。さらに銀色の筋が入るのを見て女性が笑う。


「そこまで使いこなすのね。直系じゃないのに」


 さすがだと女性は思った。歴史に名を残す魔法槍士。聖なる王に仕えた歴代の魔法槍士は、誰もが優秀だったと未来には伝えられていた。


 特に、始めの三人。火竜族の大会にも名を残す強者だという。


 けれど、長期戦になれば勝てる自信がある。なぜなら、彼は本調子ではないからだ。


(精霊喰らいが失敗したなら、こいつを殺すしかない)


 殺してみせると思った。ここで殺せなければ、なんのために過去へ来たのかわからない。


 未来はなにひとつ変わらないことになる。それでは、彼女にとって意味がないのだ。


 すべては未来を変えるためだけに、過去までやって来たのだから。


 剣と槍が交わり、魔法と魔法がぶつかり合う。誰も割り込めない戦いに、みな息を呑み見守っている。


 しかし、次第に飛狛が押されだした。長期戦に突入し、体調が回復していない身体が限界を迎えていたのだ。


「飛狛さん!」


 金色の炎が渦を巻いて襲いかかる。氷那が飛狛を庇おうとしたのと、第三者の乱入は同時だった。


 弾かれるように消えた炎。そこに立っていたのは、聖なる王と呼ばれる天竜王。


「魔封じ…違う。魔法が効かないわけね」


「俺には、だけどな」


 魔法を無効化にする力。それを利用して二人の間に割って入ったのだ。


「はく、兄さん…」


「病人はおとなしく寝ていろ。お前らも、すぐそこにいるんだから呼べよな」


 もちろんすぐに気付いていたのだろう。これだけの騒ぎを気付かないわけがないのだ。


 しばらく様子を見ていたのかもしれない。


 女性がどうするかと状況を把握する。周りは問題ない。魔法槍士も今なら殺れる。


 目の前の聖なる王は殺るわけにいかない。未来がどう変わるかわからないからだ。


 どうするべきか悩んでいたのは、一分ほどだった。その間を狙われ真横から攻撃を受け、女性は慌てたように引く。


「よくわかんねぇけど、俺の息子を殺そうとするなら手は抜かねぇぞ」


「父さん…」


白秋(はくしゅう)……怒ってるか?」


 天竜王の問いかけに、当たり前だろと返すのは飛狛の父親。彼があからさまに怒りを見せることは、今まで一度もない。


 なにがあっても冷静にマイペースに対応するのが、普段の彼だからだ。


 呪文もなく一瞬で放たれた魔法。応戦する女性も負けずに呪文を唱えず魔法を放つ。


――もう引け!――


 そのまま激しい戦いになるかと思われたが、それはこの声により阻まれた。


――この戦況、主殿だけではどうにもできない!――


 止めるように姿を現したのは一匹の獣。赤い瞳が印象的な水色の毛並みをした、まるで狼のような獣。


「嫌よ! 目の前にあいつがいるのよ!」


――この時代の天竜王は殺せぬ。未来が大幅に変わってしまう。その上、魔法槍士の父親がいる。戦力的にも厳しい――


 誰よりも実力を知っているからこそ、その獣は止めている。魔法槍士の父親は、彼女では止められない。


「なんで…私はただ…取り戻したいだけなのに…あいつがあんなもの見つけなきゃ、今でも柊稀といられたのよ! 始祖竜なんかに、すべてを奪われないで済んだの!」


「えっ……」


 悲痛な叫びに、飛狛の動きが止まる。自分がなにを見つけるというのか。みつけることで、この女性になにが起きてしまったのか。


 過去を変えたいと願うほど追い込んでしまった。そんな未来の変事に自分が関わるなど、思いもしなかったのだ。


 女性の叫びに柊稀の動きも止まる。どこかで彼女と会っただろうか。考えてみたが、なにも思いだせない。


(でも、僕を知っている)


 彼女は柊稀を知っている。彼女はあまりにも朱華に似ている。似すぎていた。


 無関係なはずがない。きっと、どこかで会っているのだ。村にいたのかもしれない。


「絶対に…殺す…殺して取り戻す!」


――主殿!――


 溢れる炎を見て、獣が必死に抑えようとする。言葉はどちらへかけられたのか。


 それはわからないが、白秋は意を決したように金色の魔法陣を描いた。


 次の瞬間、女性の背後からとてつもない力が溢れる。黒い影が姿を現し、獣の姿へと変わっていく。


「……お前もか」


 新たな獣を見て、白秋が呟く。事情を詳しくわからないが、なんとなく察しもつく。


――撤退する――


 黒い翼が女性を包み込む。あの力を受けるわけにいかない。そう判断したもう一匹の獣が言う。


 黒い光が辺りを包み、やがて小さくなっていく。そのまま女性も獣の姿も消えていた。






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