孤独の記憶2
進んでいく記憶を見ながら、自分だったらと、誰もがそのようなことを考えたほど、飛狛の記憶に衝撃を受けていた。
魔法槍士とはこのように育つのか。そう思うが、時代の違いもあるかもしれないと思う。
『魔法槍士の後継者は、あの幼いのか』
『二人しか子がおらんからな』
『飛朱殿は三人目を産めないだろう』
『そうだな。父親があれだ。身体が弱い子にならねばいいが』
『どうにも頼りない子供だな』
竜王山で暮らしていたからこそ、このような話を聞くことも珍しくない。聞くたびに、飛狛の表情は暗くなっていく。
「もう少し、場所を考えて言えないのかしら。本人に聞かれる可能性がある場所で言うなんて」
ありえないと怒る瑚蝶に、同意するように頷くのは朱華と華朱。
「それに、さりげなく父親を愚弄しているね。僕が知る限り、聖なる王の従兄だったはずだけど」
「えっ……」
陽霜の言葉に、その場にいた全員が固まる。まさか、飛狛の父親が天竜王の従兄だとは思わない。
――白秋殿は、その、一応王族なのです。魔法槍士の家系になってしまえば、関係ないですが――
親に甘えることを許されず、親から離れて暮らし、魔法槍士の後継者という重圧を受ける日々。ただ強さを求められ、応えるためにと鍛錬をこなす。
周囲の噂と好奇心の眼差し。媚びるような者。どれもが黒耀には理解でき、けれど、まだ自分はマシだと思えた。
黒燿は竜王山で暮らしていたわけではない。だから、それらに晒される日々ではなかったのだ。
「あれは……」
「なにか見えるか?」
柊稀がなにかに気付く。彼は飛狛の幻惑を無意識に破るほどの、不思議な目の持ち主。
記憶の中に道を見つけたのかもしれない。
「光…僕達を呼んでるみたいな……」
「行ってみようよ。もしかしたら、飛狛さんが呼んでるのかもよ」
そうじゃなくても、飛狛の元へ案内してくれるのかもと朱華が言えば、黒耀もありえると言った。
柊稀だけに見えるという辺り、二人の絆が成していることなのではと思えたのだ。
誰が見ても、柊稀と飛狛達の絆は深い。黒耀から見れば、魔法槍士である彼がここまで気を許していることは珍しいことだともわかる。
だからこそ、その絆は彼を呼ぶのかもしれない。
光を信じて歩き出すと、風景の変化が早くなる。道を進んでいる証かもしれない。
「あれ、夜秋と秋星かな?」
記憶の流れを歩けば、陽霜は幼い双子を見つけた。双子の前には優しい笑みを浮かべた飛狛の母親。
『双子ちゃん、また大きくなったねぇ』
『姉ちゃんなんて、あっというまに越すからな!』
『その前に身長が止まったりして』
『はぁ? あるわけないだろ! 絶対伸びる!』
『伸びないこともあるんだよ。秋星だけ、とかさ』
今と変わらない双子のやりとり。見ながら笑う姿は、弟を可愛がる姉のもの。
そして、遠巻きに見る少年の表情は、とても寂しそうなものだった。
自分の母親へ甘えることもできないだけではなく、優しく笑いかけてもらうことさえしてもらえない寂しさ。
そこに、母親の優しい笑みを向けられる双子への小さな妬み。歪な感情が積み重なる。
『……飛狛』
『大丈夫だよ! 僕は、お母さんの跡を継ぐんだもんね!』
心配するように男性が呼び掛ければ、にっこりと笑い見上げる少年。
『強いな…俺と大違いだ……』
『はくお兄ちゃん…』
強くなどない。強がっているのだ。ただ、それだけなのだと柊稀は感じた。
しばらく進んだ先、一人の女性が現れた。過去へ行った柊稀だからわかる女性は、男性の隣で微笑んでいる。
向けられた男性も、少し前まで寂しげにしていたのが嘘のように、幸せそうに笑みを浮かべていた。それだけで、大切な者を得たのだとわかる。
『僕だけ…一人かぁ……』
ぼそりと呟く。思わず漏れてしまった本音。膝を抱えて座る少年に、華朱は胸が痛むのを感じた。
どのような経緯があったとしても、飛狛を憎んでいいたことがあるのは変わらない事実。自分が憎しみをぶつけた相手は、なんて孤独な少年だったのかと手を握り締める。
実の両親は亡くしてしまったが、それでも華朱は暖かい家庭の中で育っていた。
親がいるのに親といられないとは、どれほどのことなのかと思うと、やるせない気持ちになる。
『ふきゅ?』
『うわっ! うさぎさん? うさぎさ…ん……お父さん来てるんだ!』
寂しげにする少年に近寄ったのは、彼らもよく知る九兎。当時、飛狛の父親といたうさぎのような獣。
父親が来ているのだと知り急いで部屋から飛び出し、姿を見つけて動きは止まる。
『お父さん、遊んでよー!』
『わかったわかった』
一人の少女がべったりと引っ付いていたのだ。
『あっ、お兄ちゃんだー!』
無邪気に笑う妹。父親譲りの緋色の髪をした妹を見ていると、父親は妹のものだから奪ってはいけない、という気持ちになる。
自分は傍にいられないとはいえ、母親を奪ってしまっているのだから。父親まで奪うわけにはいかないのだ。
自分は兄なのだから、という気持ちがそこにはあったかもしれない。それ以外のなにかがあったかもしれないが、それは本人しかわからないことだ。
寂しげな表情も、辛い姿も見せられない。見せてはいけないのだと少年が笑う。自分は魔法槍士になるのだから、弱みなど見せられない。
(笑えば笑うほど、孤独が深まってくみたい)
なぜだろうと柊稀は思った。なぜ、彼はここまで孤独に育ってしまったのか。まるで愛情に飢えた子供だと、思わずにはいられなかった。
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