最後の神具3
常に人が出入りする部屋があった。誰かしらが様子を見に来て、でていく。完全に呪縛が解けたのか、不安があったから。
つまり、琅悸が寝かされている部屋だ。
「少し休めよ」
「大丈夫」
「でもよぉ」
あれから数日経ったが、琅悸が目を覚ます気配はない。祈るように氷穂はひたすら傍についている。
目を離している隙に、彼が死んでしまうのではないか。そう考えたら、離れられなかったのだ。
(どうしたら、目を覚ましてくれるの)
倒れる寸前、なにかを伝えようとしていた。でも、と言ったその先はなんだったのか。
彼は、一体なにを伝えようとしていたのか知りたい。あの歌についても、言っていたことがどういうことなのか。
ユフィに問いかけても、琅悸から聞けとなにも言わないのだ。
(琅悸……)
そろそろ意識が戻るはずだと、彼を診てくれている天使族の者は言っていた。医療はどの種族より発展している一族だ。
だから、きっと目を覚ます。彼がこのままなんてことはありえない。信じて、ただ待ち続けた。
それからさらに数日。飛狛が部屋を訪ねたとき、彼はようやく目を覚ました。
「琅悸!」
ハッとしたように近寄り、氷穂は覗き込む。すると、ぼんやりとした表情で彼女を見ている。
「……氷穂?」
「わかるみたいだね。気分はどう?」
穏やかな笑みを浮かべる青年に、琅悸の意識は覚醒した。飛び起きれば身体に走る激痛。
「…っつ」
「まだ無理はしないほうがいいよ。その回復力は、さすがだと思うけど」
常人なら間違いなく数ヵ月はベッドの中だろう。ここまで回復したのは天使族のお陰だけではなく、本人の回復力が高いからだ。
この先、彼の戦力は大切になる。引き入れるためには、まず回復してもらわねばならない。
「久しぶりに全力で戦えて、気分がよかったよ。帰るまでに、もう一回手合わせ願いたいね」
「はっ?」
拍子抜けしたような表情を浮かべる琅悸に、飛狛は声を上げて笑った。
「俺、黒竜じゃん。火竜族の大会も、毎年出られるわけじゃないし、中々相手がいなくてね。君もだろ」
「……妹がいる。たまにしか相手してくれないが」
少しばかり言われている言葉がわからなかったが、おそらく過去にあるなにかなのだろうと思う。
「……いるんだ」
少しばかりしょんぼりとする青年に、今度は琅悸が笑う番。
拗ねたような表情には、氷穂もクスリと笑う。
「うん。笑えるなら大丈夫だね。あとは二人で話すといいよ。手合わせは、ちょっと片隅に入れといてもらえたら嬉しいけど」
わざとなのか、本気なのか。どちらもなんだろうと琅悸は思った。
手合わせがしたいというのは間違いなく本音。けれど、目的は笑わせることだろう。琅悸と氷穂、どちらもだ。
(すごい人だ。自分がちっぽけな存在に見えてきた)
飛狛と戦ったことは覚えている。剣を交えたからこそわかることもあり、彼もなにかしらを抱えているのは間違いないと思っていた。
その上で魔法槍士という重い肩書きを持っている。魔法槍士である以上、その肩書きによって苦労だってあるのだ。
それでも自分と違って前を向いていることが、素直にすごいと思う。
フッと笑う姿に氷穂は驚く。ずっと感じていた、氷のような雰囲気がなくなっているのだ。
(本当に、戻ったの?)
氷鬼ではない、昔見た優しい笑顔をする青年に彼が戻ったのかもしれない。
期待するような眼差しで見れば、穏やかな目をしている。
「琅悸…」
外へ視線を向ける青年へ呼び掛ければ、振り向くことはなかった。
「……こんなに、晴れ晴れとした気持ちは久しぶりだ」
ただ、話す気がないわけではない。それがわかったから、氷穂は待つことにした。彼が自分から話すまで。
窓の外から見えるのは、一般公開されていない庭。王族の暮らす別館側の庭だ。
なにかがあるわけでもなく、一本の木が見えるだけ。
「ユフィ…庭は自由に出ていいのか?」
「あぁ、大丈夫だぜ。いくか?」
「あの木まで、肩貸せ」
しっかりと自分の足で立ち、ユフィに支えてもらう。そのまま庭へ出ていくと、木へと寄りかかる。
無事に送り届けると、ユフィは姿を消す。二人きりにするためだ。
なにをどこまで話すのかはわからないが、琅悸が氷穂に話そうとしているのはわかった。おそらく、これは二人の関係を変えることになるだろう。
そこに、自分がいてはいけないと思ってのことだ。琅悸はそういったことを気にするから。
「あの歌…歌ってくれないか」
「うん…」
根本に座ると氷穂は歌い出す。目を閉じて聴く琅悸は、懐かしさを感じていた。
巫女護衛になってすぐ、こうやって一回だけ歌を聴いた。儀式用の歌で、初めての儀式へ向けての練習だと氷穂が言ったのを思いだす。
解放される。そう思い、解放されることはなかった。琅悸にとって苦い記憶のひとつ。
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