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始まりの竜  作者: 朱漓 翼
五部 氷鬼なる琅悸編
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最後の神具3

 常に人が出入りする部屋があった。誰かしらが様子を見に来て、でていく。完全に呪縛が解けたのか、不安があったから。


 つまり、琅悸が寝かされている部屋だ。


「少し休めよ」


「大丈夫」


「でもよぉ」


 あれから数日経ったが、琅悸が目を覚ます気配はない。祈るように氷穂はひたすら傍についている。


 目を離している隙に、彼が死んでしまうのではないか。そう考えたら、離れられなかったのだ。


(どうしたら、目を覚ましてくれるの)


 倒れる寸前、なにかを伝えようとしていた。でも、と言ったその先はなんだったのか。


 彼は、一体なにを伝えようとしていたのか知りたい。あの歌についても、言っていたことがどういうことなのか。


 ユフィに問いかけても、琅悸から聞けとなにも言わないのだ。


(琅悸……)


 そろそろ意識が戻るはずだと、彼を診てくれている天使族の者は言っていた。医療はどの種族より発展している一族だ。


 だから、きっと目を覚ます。彼がこのままなんてことはありえない。信じて、ただ待ち続けた。


 それからさらに数日。飛狛が部屋を訪ねたとき、彼はようやく目を覚ました。


「琅悸!」


 ハッとしたように近寄り、氷穂は覗き込む。すると、ぼんやりとした表情で彼女を見ている。


「……氷穂?」


「わかるみたいだね。気分はどう?」


 穏やかな笑みを浮かべる青年に、琅悸の意識は覚醒した。飛び起きれば身体に走る激痛。


「…っつ」


「まだ無理はしないほうがいいよ。その回復力は、さすがだと思うけど」


 常人なら間違いなく数ヵ月はベッドの中だろう。ここまで回復したのは天使族のお陰だけではなく、本人の回復力が高いからだ。


 この先、彼の戦力は大切になる。引き入れるためには、まず回復してもらわねばならない。


「久しぶりに全力で戦えて、気分がよかったよ。帰るまでに、もう一回手合わせ願いたいね」


「はっ?」


 拍子抜けしたような表情を浮かべる琅悸に、飛狛は声を上げて笑った。


「俺、黒竜じゃん。火竜族の大会も、毎年出られるわけじゃないし、中々相手がいなくてね。君もだろ」


「……妹がいる。たまにしか相手してくれないが」


 少しばかり言われている言葉がわからなかったが、おそらく過去にあるなにかなのだろうと思う。


「……いるんだ」


 少しばかりしょんぼりとする青年に、今度は琅悸が笑う番。


 拗ねたような表情には、氷穂もクスリと笑う。


「うん。笑えるなら大丈夫だね。あとは二人で話すといいよ。手合わせは、ちょっと片隅に入れといてもらえたら嬉しいけど」


 わざとなのか、本気なのか。どちらもなんだろうと琅悸は思った。


 手合わせがしたいというのは間違いなく本音。けれど、目的は笑わせることだろう。琅悸と氷穂、どちらもだ。


(すごい人だ。自分がちっぽけな存在に見えてきた)


 飛狛と戦ったことは覚えている。剣を交えたからこそわかることもあり、彼もなにかしらを抱えているのは間違いないと思っていた。


 その上で魔法槍士という重い肩書きを持っている。魔法槍士である以上、その肩書きによって苦労だってあるのだ。


 それでも自分と違って前を向いていることが、素直にすごいと思う。


 フッと笑う姿に氷穂は驚く。ずっと感じていた、氷のような雰囲気がなくなっているのだ。


(本当に、戻ったの?)


 氷鬼ではない、昔見た優しい笑顔をする青年に彼が戻ったのかもしれない。


 期待するような眼差しで見れば、穏やかな目をしている。


「琅悸…」


 外へ視線を向ける青年へ呼び掛ければ、振り向くことはなかった。


「……こんなに、晴れ晴れとした気持ちは久しぶりだ」


 ただ、話す気がないわけではない。それがわかったから、氷穂は待つことにした。彼が自分から話すまで。


 窓の外から見えるのは、一般公開されていない庭。王族の暮らす別館側の庭だ。


 なにかがあるわけでもなく、一本の木が見えるだけ。


「ユフィ…庭は自由に出ていいのか?」


「あぁ、大丈夫だぜ。いくか?」


「あの木まで、肩貸せ」


 しっかりと自分の足で立ち、ユフィに支えてもらう。そのまま庭へ出ていくと、木へと寄りかかる。


 無事に送り届けると、ユフィは姿を消す。二人きりにするためだ。


 なにをどこまで話すのかはわからないが、琅悸が氷穂に話そうとしているのはわかった。おそらく、これは二人の関係を変えることになるだろう。


 そこに、自分がいてはいけないと思ってのことだ。琅悸はそういったことを気にするから。


「あの歌…歌ってくれないか」


「うん…」


 根本に座ると氷穂は歌い出す。目を閉じて聴く琅悸は、懐かしさを感じていた。


 巫女護衛になってすぐ、こうやって一回だけ歌を聴いた。儀式用の歌で、初めての儀式へ向けての練習だと氷穂が言ったのを思いだす。


 解放される。そう思い、解放されることはなかった。琅悸にとって苦い記憶のひとつ。






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